黙ってろ
4
同じ三大将の一人が、殴り倒された。その様子をみていたデトーは、ラヅモに狙いを定めた。安心した所為なのか、盛り上がって見えた体格も萎んでいる。筋肉が元に戻るにつれ、斬りつけられた傷から血が吹き出ている。
「良い頃合じゃない」 と、デトーは唇を舐めた。
同じ三大将にあって、デトーのあげた手柄は多い。それは、こうして獲物が弱っている所を嗅ぎ付け、逃さないようにしてきたからだった。
「美味そうだぁ」 と、弱りつつあるラヅモに狙いをつけ、距離を狭めていく。デトーにはラヅモが十獅であるかどうかは分からない。だがルンルスを打ちのめした実力からすれば、手柄として申し分ないと判断した。
一時的にとはいえ、自分達を率いてくれたラヅモを庇おうと、セグ隊の者達がデトーを阻もうとする。だが止まらない。デトーの目には弱ったラヅモしか目に入らなくなっていた。子供を打ち払うかのように、セグの部下達を蹴散らしながら近寄ってくる。
「……ん、なんだ?」
ぼんやりとした目でラヅモが見上げる。その眼前に立ったデトーは、舌なめずりをした。失血のため意識が朦朧としているラヅモを見て、絶望している表情と勘違いして、さらにデトーの興奮は高まっていた。
そこで何を思ったか、デトーは拳を固め、ラヅモがしたように、殴りつけた。
ガシッと、鈍い音がする。ふだんデトーが得意とするのは杖術などであり、徒手には慣れていない。ゆえに、ラヅモに効果的な傷を与えられない。ラヅモはふらついたが、倒れるまでは至らない。その事にさらに悦びを見出し、デトーは執拗に同じ行為を繰り返した。一撃で倒すよりも、だんだんと相手を弱らせることを愉しんでいた。
デトーの非道な行いに、綜の統士は怒り、止めさせようとした。だが、駆け寄った者の殆どは、デトーの部下により阻まれ、返り討ちにあった。
「ヒヒヒヒ、雑魚は黙ってみていなさいよッ! 死んだ魚の、濁った眼でなぁ!」
デトーが狂ったような笑いをあげる。彼の配下達すらも、主の狂乱振りに顔を顰めていた。
「全くだ」 と、唐突に誰かが言った。
「……」
デトーはそちらに眼をやらず、顎をしゃくる仕草で、配下達に殺れと意思を示した。
どしん、と物音がして、何か重量のあるものが、デトーの視界の端を転がっていった。驚いて見ると、どうやら猪か何かの死体であるらしい。かなりの大物であり、これを投げるにせよ蹴るにせよ、ここまで飛ばすにはかなりの怪力がいる。
デトーが振り返ると、一人の男がいた。
「お前が、やったの?」
「おう、そうだぜ。こうやってな!」 と男は言って、近くにいたデトーの配下を殴りつけた。その哀れな男は、動物の死体と同じように、ゴロゴロと転がっていった。
「だ、誰だ、お前?」
「―――おいおい、さっき、自分で言っていただろうが―――」 と男は言って、拳を振り上げた。
「ま、待てっ、だからお前は―――」
「―――雑魚は黙ってろ、てなぁ!」
みし、と鈍い音をたてて、男の拳はデトーの顔面にめり込んだ。
「オオゥっ!」
男はそのまま拳を振り切った。配下達と同じようにデトーは吹っ飛ばされて、そのまま動かなくなった。
ふんっ、と男は鼻息を吐いた。それから、のしのしとラヅモの傍まで歩いていく。恐れをなして、デトー隊の者達は散っていった。
辛うじて立っていたが、周囲が静かになった事に気付き、ラヅモが目をあけ顔を少し上げた。
「……クウー」
「おぅ」 と、男は応じる。そして、ラヅモの肩をがっしりと掴んだ。
「遅せぇよ」 と、ラヅモは苦笑しながら言う。
「すまんな」 と、クウーは素直に謝った。「猿が逃げ回りやがるもんだから、ちぃさいのしか獲れなかった。失態だな」
「ふん、熊殺しが、なんて様だ」
「あぁ、そうだな」 と、クウーは再度繰り返して、十も上の相手に向かって、これからちゃんと働くからよ、といった。
「頼んだぜ」 といって、ラヅモは黙り込んだ。そこから動かず、意識を失ったようだ。
「ネノンッ!」 と、クウーは戦場に響く大声をあげた。
隊長の声を聞きつけ、ほどなくしてネノンが駆けつけて来た。心得たもので、何も言わずともラヅモの手当てを引き受けた。そして、クウーがいつも使っている小斧を差し出す。
「いや、いい」 と、クウーは首を振る。ラヅモが使っていた小斧を拾い上げ、今日はこれでいい、とクウーは言う。
「さあ、行こうぜ」
「ええ、あまり、待たせないでくださいよ」 と、ネノンは嬉々として答える。クウーの下にいる者達は、やはり皆して好戦的な統士ばかりなのだった。




