決戦開始
第五章【血戦】
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不思議なことに、その日が勝敗を決する闘いとなると、始まる前から皆が感じていた。緒戦の後続いた接戦の末、綜と煌の戦力差はほとんど無くなっていた。これが勝負どころになると、明確な理由はないがその予感があった。
バシー率いる統正規軍は、正面から攻め入り、ぶつかる事を選んだ。リ・ウ・鵬を討つ事が最終目的で、その過程で問題となる〈爪〉は、以前にも同じ戦法を取る敵と闘ったことがある真穿が押さえ込むことになった。キョウは、最初に〈爪〉をこじ開ける役目を担い、その後はドウゴの判断で正規軍の後押しをすることになった。
バシーはまず、遠距離攻撃で敵先鋒の勢いを削ごうとした。煌側も同じ対応に出て、弓矢による応酬が繰り返された。飛距離・精度とも引けを取らず、楯による防護壁の隙を縫って統士が討たれ、倒れていく。
キョウの一部が側面に回り、奇襲をかけようとした。だがその動きも見逃されず、矢で足止めをしている間に、防衛戦がそちらにも展開された。
楯を抱えて双方ともにじり寄って行き、そしてある程度距離が詰まった所で、キョウの特攻部隊が敵陣目がけて駆けていった。迎え撃つ煌の統士は、途中までは遠距離攻撃で脱落者を増やそうとし、そして直前になった所で、陣形を固めた。勢いを維持したまま突撃、乱戦となったが、塊が崩れないように、しっかりと部隊毎に統制が取れていた。後は、本軍が割り込めるだけの隙間を作れば、キョウの任務は完了だ。
後方で様子を見ていたサイトは、煌統士の練度の高さに改めて驚いていた。煌は他から孤立しており、戦の経験はさほどなく、大規模戦闘などには慣れていないと思い込んでいたが、この統率された動きはどうだ。ダズグスルという頭脳を得て効率的に動くように鍛えられたのだろうが、それだけではここまでに至らない。おそらくは元からそれなりの訓練を経ていたのだろう。こんな僻地にあって、どう知識を得ていたのだろうかと、サイトは不思議に思った。
強力な敵だと気を引き締め直す。そうこうしている間に、変化が出始めた。
「さあ、ここからですね」 とのリェンの言葉にサイトは頷いた。
リ・ウ・鵬を目がけて小気味よく直進するバシーだが、その動きが鈍りだした。敵中央に、こちらを押し戻そうとする手強い集団がある。そして、そこから一部隊が分かれ出て、さも押し出されて流れていくかのようにみせて、自然とバシーの側面へと移動していく。動きのない反対側を見ると、そこにも密かに一部隊が前進を始めている。そうして、三方からバシーを囲うつもりだ。
「出番だぞ」 と、サイトは十獅各人に号令をかけた。
敵の〈爪〉たる三将が動き出したら、サーカ、セグ、トンが迎撃に向かう。各人、キョウの援護を受けつつ、その動きを封じる。何をしてくるか分からないダズグスルには、リェンが待機してその対応に出る。上手く爪を防げたならば、リ・ウ・鵬攻略に向かったバシーを、サイト、ヨウが援助する、というのが作戦だった。
ちなみにクウー・骸は、未だキジュラガルを追いかけてどこかに行ったままだ。獣にやられるような男ではない事はわかっているが、森に入ったまま戻ってこないのは、困りものだった。
*
各部隊は、それぞれ役目を果たす為に展開していった。
何度も死線を潜り抜けてきた真穿は、各個の武力も並ではない。十獅となって日が浅いトン、セグのあたりが不安だったが、最初の衝突では三大将にも引けをとらず、善戦していた。
これなら、爪を抑えて敵が無力化している間に、中央突破に加わり、リ・ウ・鵬まで駆け抜けられるかと、サイトは検討し始めていた。
けれども、やはり三大将ともなると、武力差があるらしい。部隊長であるトン・坂が討たれ、セグも苦戦しているとの報告が飛び込んできた。
古参の十獅であるサーカの部隊は負けていないが、トンの部隊を庇い、セグにも気を配って闘っている。サーカといえど三大将を抑え続けるのは不可能だった。〈爪〉は各個分断して、連携させないことが攻略の鍵である。自由にさせるわけに行かない。サイトは増援を指示しようとした。
ところが、その指示を下す間に、さらなる悪い報せが届けられた。適わないと判断したのか、勝手にセグが戦線を離脱、そのままどこかへ逃亡していったという。
「……ここで、か」
セグは、これまでもサイトの指示に不満を持っていた。反論まではよいと、個々の特色を重視するサイトは彼を許容していた。渋々といった体で従ってきたセグだが、ここにきて、死を色濃く感じさせる局面に到って、落ちる所まで落ちたのだ。
敵前逃亡は個人の名誉を損なう烙道にあたるが、それが隊を率いる者となれば致命的な問題だ。追うべき背中を失った彼の隊は動きがとれず、敵の良い的となるだろう。
「行きます」 と、言葉少なに言って、リェンが動いた。リェンを動かしたくなかったが、仕方がない。
それからサイトは、ヨウ・燈を三将対策に差し向けた。ヨウ自身は新参で、まだまだ経験が浅い。ただ、彼の部隊には、ラヅモがいる。面識はないが、ヨウもラヅモの元で育った弟子のようなものだった。強力を誇るラヅモがいれば心強いことだろう。
新たにリェンらが参入したが、戦線は回復しなかった。しばらくすると、また押され気味になっている。よくよく見ると、サーカの部隊の調子が悪い。遠目に見ている限り、部隊長であるサーカの姿が見えない。
士気は下がっていないようだから、サーカが討たれた訳ではないだろう。おそらくは、彼の悪い癖が出たのだ。つまり、敵将を個人で討ちに回ったのだ。
「こんな時に……。しようがないな」
味方が押されぎみでとにかく押し返そうとする時、本来ならそれのみで頭が一杯になり勝ちな時。そんな時を、サーカは逆に敵の虚を突く好機ととらえ、動くことを好む。
他の部隊と異なり、サーカの隊は変わり者が多い。隊長の影響を受けたのか、元々そうした人材が集まっていたのか。好きあらば、寝首を掻こうとする曲者ばかりで、以前にはサーカごと敵を討とうとしたこともある。隊長がいなくても、すぐに総崩れする事は無いが、さすがに足並みが揃わなくなっている。
サイト直属の部隊を除けば、後は、隊長不在のクウー隊が残っている。ところが、彼らは頭の言うことしか聞かない。これだけ大騒ぎしているのだから、そのうちクウーも戻ってくるかもしれない。それまでは、動く時機の判断をクウーの右腕ネノンに託す事にする。
サイトは、戦況を見ているドウゴに近づいていった。
「行くのか」
ああ、と頷いて、サイトは目線を送る。その先には、仮面の男、つまりオウル・青がいる。亡きゴンヤや働けないサヨウの部隊の一部を護衛につけているが、心もとない。
「彼を頼んでいいか?」
「断る」 と、ドウゴは即答した。「俺も、すぐに死地に向かうことになる。そうなれば、面倒など見てられん」
時間をかければ押し切れるとバシーは考えて粘っているだろうが、敵が何か奥の手を隠しているかもしれない。そうなれば、ドウゴも決死の覚悟で闘わねばならない。お守りなどはしていられないだろう。
だが―――。
「いいのか」 と、サイトは言った。退くべき理由を断り、厳しさを増す戦場に残るということは―――。
「いいさ」 と、ドウゴは頷く。「腹は決まった」
そうか、といって、歩き出したドウゴの背を見つめた。
「オウ・青が創る、ダロル・シンの世界。その実現には、キョウを変えるにはお前が―――」
ドウゴの足が止まる。半身だけサイトを振り返る。
「いや、違う。綜の民として、お前は欠かせない。必ず生きて帰ってこい」
「応」 と、ドウゴは言って、微かに微笑んだ。




