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星火燎原  作者: 更紗 悟
第四章【奮迅】
94/117

その女は

 

     7


 新たに闘争が始まったようで、スクルは恐る恐る近寄ってみた。

 問題の女の仕業ではなかったようだ。傍に寄る頃には決着が付いていた。統士が数人と、先ほどの無法地帯から溢れてきたような者達が倒れていた。剣を抜き、荒々しく肩で息をしている男が一人。その男を守ろうとして統士が奮闘して、どうにか相打ちに持ち込んだ、というところか。

 その男が誰か気付いて、スクルは驚いた。普段の威圧的な雰囲気は消え去り、怯えた表情をしている。最初は見間違いだと思った。好ましい相手では無いので、気が進まなかったが、もしかしたら情報を得られるかもしれない。

「クドゥさん、ご無事でしたか」 と、スクルは声をかけた。

 名を呼ばれただけで、クドゥは非常に驚いた顔をした。それから、スクルを認識しているのか、ああ、と頷いた。

 この混乱を収めようとする意志は微塵もないらしく、逃げなければ、と呟くだけばかりで、まともな会話にならない。見れば、傷も負っている。致命傷とまではいかないだろうが、血に濡れた右腕がだらりと下がっていた。

 そういえば右腕代わりのゴウトクを失ったという速報を受けて以来、支えを失ったと感じたのか、クドゥは一気に威厳を失っていたなと、スクルは思い出した。その上この苦境にあって、もはや完全に生気を失っていた。

 駄目元でと、スクルはクドゥに、この乱の首謀者は誰だったのだと問いかけた。彼ほどの人物なら、情報が集まっていただろうから、知っているかもしれないと期待した。しかし、一向に答えが返ってこない。順に怪しいものの名を上げていくが、返答は要領を得なかった。

 真弟たちはどうしていると問うと、戦っているという。何に対してかと問うと、獣という意味不明の答えが返ってきた。

 レクトは無事かという質問に対しては、何故か自嘲的な笑みが返ってきた。生きているなら居場所を教えてくれというと、ど真ん中だよとまた意味不明だった。

 グントラターグはどうか? すべて奴の仕業か、と問うと、何事か喚起されたのか、「お前……。そう、お前だ……。こんな事になるなら……」 と、クドゥの様子がおかしくなった。

 何を言いたいのかと問い質すと、クドゥは、こんな事になるなら、奴と話しておけば良かったと、震える声で言った。

「グントラターグが、どこにいるか知っていたのですか?」

「お前に見張りをつけていた……」

「それは、どういう……?」

 グントラターグがいるスクルの家に対して、その動向を監視する為人員を配置していたと、クドゥは白状した。誰かに見られているというスクルの勘は正しかったのだ。

 グントラターグの居場所を知り、見張っていたというのなら、もしかして? とスクルは思った。興奮を隠し切れず、ならば隠れ家を知っているか、部下達はどこにいたか知っているかと、問い詰めた。

 クドゥは、虚ろな目で頷いた。

 監視の目を眩まして、唐突に姿を消したグントラターグとその配下、その居所。クドゥはあっさりと吐いて、それから震え出した。完全に心が折れているようだ。

 主の変事を知って警護の増員が駆けつけて来たので、スクルはその場を後にした。



 謎の女に斬られた男は、と見に戻ると、すでに事切れていた。

 正体は分からないが、そんな怪物に出遭いたくない。スクルは先を急ぐことにした。


  *


 クドゥより聞き出した、グントラターグ達が潜伏していた場所、それはダウスの外、ガーレという街だった。

 かつて綜統国の都であった場所だが、現在では、階級を示す玉を持たないビドや流れ者達が多く住み着く無法の街と化したと聞いていた。生まれに誇りを持つスクルは、この街に足を踏み入れる用途などなく、無知の者の溜まり場と蔑んでいた。


 ダウスは混乱していたが、ガーレは静寂が支配していた。外を出歩く者はまれで、多く見られるのは、始終忘我の体である無気力な者たちだけだった。カサネという伝説の化け物に魂を抜かれたと噂されるほど、もはや人生を捨てた世捨て人だ。

 街の雰囲気は気味が悪いが、何にせよ、邪魔が入らないのは有り難い。いちいち荒くれ者に絡まれていては堪らない。一心不乱に先を目指すスクルは、その背後を付けて来ている者がいると気付いていなかった。


 クドゥに聞き出した話では、ガーレの中でも、異国の者が集まり易い区画があるという。グントラターグの配下は、同じ綜の民ではあるが、ダウスの民と比べるとはっきり差異が出る。服装などは変えられるが、容姿に違和感があっては行動に支障がでる。目立たないためには、要事の時以外は、こうした場所に潜り込んでいるのが一番だ、ということらしい。

 クドゥから聞きだしたその場所に着いたが、本当に戻ってきているか半信半疑だった。外から様子を窺うが、誰もいないのだろうなと諦めていた。

 ゆえに、非常に驚いた。まさか、彼らが本当にそこにいて、トオワも地面に転がされて、しっかりと捕縛されている、そんな姿を見るとは思っていなかった。

 長時間の不自由と、手酷い乱暴を受けたのか、生きているか危ぶまれるほどトオワは疲弊していた。

 さらにスクルを困惑させたのは、その狼藉を働いたであろうグントラターグの配下達が、一人残らず地面に伏していた、ということだ。

 そして、彼らを見下ろす、一人の女性らしき者。手に持った剣には、彼らの返り血が付いている。

「な、なんだよ、これ――――」

 廃墟と化した住居跡の、入ってすぐの中庭部分。そこに広がっていた、この予想外の景色に、スクルは呆然となった。



 この惨状をなした女を、ジルではないかと最初は思った。屈強な男達を物ともしない腕前の女性を、スクルは他に思いつかなかった。あれこれ言いながら、助けに来てくれたのだと、勝手に思った。

 近寄っていくと、それが勘違いであるとすぐに分かった。この女の方がジルよりも肉付きがよく、背丈もある。また、ジルは顔に布を巻きつけて顔を隠したりはしない。ましてや、身動き取れないトオワに向かって、剣を振り上げたりもしない。

「お前、何を……!」

 慌ててスクルは駆け出し、女の背中に向かって体当たりをかけようとした。ところが、衝突の寸前、ふいに女の姿が掻き消えた、ように思えた。勢い余って、危うくスクルはトオワを踏みつけそうになる。

 先ほどまでスクルがいた場所まで下がり、女はこちらを睨んでいる。背後のトオワが何事か呻いているが、眼を離せない。瞬間移動したかのような素早い動きも侮れないが、それよりも、スクルを射抜こうとするかのような鋭い視線が尋常ではない。目をそらしたら最期で、殺されると感じた。

「ス、クル……」

 普段の覇気ある声ではなく、別人のように弱い声でトオワが呻いた。

「ええ、分かってますよ。今目が離せないんで、待っていてください」

「止めろ。そいつに、手を出すな。そいつは、モウ・牙を―――」

 気になる事を言い出したトオワに、スクルは思わず振り返りそうになる。はっと我に返ったスクルは、女がまた消え去ったかのように移動している事を知る。


     *


 スクルは剣を持つ右手の方向へと向き直った。そして、そこに女が移動してきているのを確認して、迎撃に移る。

 跳び退った女が、眼を細める。どうやらスクルの技量を見損なっていたのか、意外そうなお面持ちである。

 背後に動けぬ仲間を抱えている者が、動きにくい方向はどちらか。右手に剣を持つスクルにとって、左方向に敵がいる場合、そのまま叩きつけられる。だが、右方向に深く切り込まれた場合、少しでも一旦剣を引かなければ、威力が落ちる。そうすると、後ろの仲間を踏みつけ体勢を崩しかねない。

 不測の事態を恐れて僅かでも動きが小さくなる事を期待していたらしい女は、その意図を瞬時にスクルに読まれると思っていなかったようだ。

 不機嫌そうに、コキンと、首を一度鳴らした。その後、構え直すと同時に殺気が強くなっていた。やる気になった様子に、スクルは冷や汗をかいた。

「やばい、よな……」

 女はおもむろ屈み込み、地面に落ちていた礫を拾った。投げつけてくるなら叩き落してやる、とスクルは身構える。

 女は手に持ったそれらを、スクルに向かって山なりに放り投げた。スクルは瞬時に、自分の少し手前で落ちると読み、女から眼を離さないでいた。

 間を置いて、女が突進してくる。ちょうど、落ちてきた礫が目線の高さに到達した所に。

「―――うぉ!」 女の意図を悟り、スクルは焦る。

 ちょうど目の前に落ちてきた礫を、女は剣で打ち据え、スクルに向かって弾き飛ばした。スクルは必死になってそれらを叩き落す。眼や手首など急所を狙って、間近から、猛烈な速度で尖った礫が飛んで来る。

 その合間に、女はぐるりと回転して、他に隠し持っていた礫をスクルに直接投げつけてくる。元々握り込んでいたのか、それらはやけに堅く鋭く尖っていた。

 すべて、は無理―――。スクルは瞬時に決めた。

 幾つかを大事に到らないとみて、スクルは全部避ける事を諦めた。傷は負ったが、そうして女から眼を離さないようにした事は正解だった。

 投擲の直後、女は腕を伸ばして、剣での直接攻撃も織り交ぜてきた。弧を描いて死角となりがちな所からの斬撃。完全によけ切ることはできなかったが、深い傷を負うことだけは避けられた。

 この攻撃法に自信があったらしく、女は仕留められなかった事に驚いているようだった。

「へ、へへ……」

 強がって見せるが、ここまでだった。

 側頭部が痛むと思えば、血が流れていた。そう大きな損傷はないと見込んでいたが、思ったより傷んでいる。辛うじて視界は保てているが、これ以上動けばもう立ち行かなくなる。善戦したスクルだが、限界が見えていた。

「驚いたか、この野郎。俺を雑魚だと思っていただろう?」 と、スクルは言うが、それは誰の目にも明らかな虚勢だった。



 

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