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星火燎原  作者: 更紗 悟
第四章【奮迅】
92/117

強襲


     5


「民の平穏を守る身、その立場としていえば、ここは停戦交渉を進めるべきだろう」 と、仮面の男は言った。

 ドウゴの肩がピクリと反応したが、押さえ込むことに成功したらしい。話が終わるまでは動かないでいてくれるようだった。

「ハライ・コウの原因が何であるか、しっかりと見極め、それに対処する。煌が困窮の極みにあるとすれば、手を差し伸べ、煌の民を救う。恩を売っておくことで、今後、煌との武力衝突を避けるようにもっていく―――――」

「それが、貴方の答えなのか?」といったドウゴの声は、微かに震えを含んでいた。煌を討つのではなく、停戦の交渉に来たというのなら、キョウの流した血は全く報われない。

 俄かに周囲に緊張感が増していくが、全く動じていないかのように青年は言う。

「――――綜真としては、そう答えるべきなのだろうな」

「ならば我々は……」 と、ドウゴが不穏な事を言いかける。

「だが、俺としては、別の見解がある」 と青年は、ドウゴの言葉を遮って、言った。

 みんな、死んでくれ、と。

「何だと……?」

「綜のために、ダロル・シンを誕生させる為に、死んでくれ、と言っているのだ」

「お前の無謀すぎる大願のために、捨て駒になれというのか」

「そうだ。だが、俺のためにじゃない。未来のダロル・シンのために、だ」

「お前の身勝手だろう。同じ事だ」

「それが、そうでもない」

 そう言って、青年は仮面に手をかけた

「おいっ、それは……」 と、サイトは思わず口を挟む。

「こうするのが誠意だろう」

 そう言って、青年は紐を外して仮面を取り払った。

 その下の素顔を見て、サイトはやはりそうだったかと、納得する。

 ドウゴやツ・ローは、意味が分からず、呆けたまま青年の顔を見つめる。素顔は、まあ、端正ではあるが絶世というほどでもない。

 無理もないことだった。彼らは、オウ・青に直接会える立場になかった。だから、オウだと思われていた男が、その仮面を取った下に、微妙に異なる顔をしていたとは気付きようも無い。

「俺は、綜真ではない」

「いや、しかし……。偽物だというならば、サイト・成や、あの男はどうしてそこまで……」 といって、ドウゴはサイトへ険しい目を向けた。

「オウの弟、オウル・青だよ」 と、サイトは言った。

「オウル? ……真弟か」

 ドウゴはますます険しい目でサイトを睨む。俺もつい最近気付いたんだと、サイトは正直に答えた。

 仮面をしていたが、背格好はオウに酷似している。過去にそうした行動に出た事が何度もあったし、付き人も同じだった。てっきりオウ本人がまた戦場に出向いてきたのだと、サイトは信じ込んでいた。

 それが間違いだと気付いたきっかけは、仮面の男がシンバンに襲われたときのこと。敗れた衣服の下、露わになった右手首には、オウ・青の特徴がなかった。ダロル・シンの証とされる、手首の輪が、無かったのだ。

「ううむ……」 と、ドウゴは唸る。

 一歩前へ踏み出して、サイトは言う。

「お前は、綜真自ら出向いてきて、煌と和平交渉するのではと疑っていた。キョウが受けた恨みを晴らす戦ならともかく、その憎き相手と交渉するためにキョウの命を散らしてきたと言われたら許せないだろう。だが、彼はごらんの通り、綜真とは別人。国同士の対等な交渉などできやしない」

「では……」

 ああ、と頷いてオウルは言う。

「オウ・青には重要な闘いがあって、今ここには来られない。だが、その意志は変わらない」

 ()()()()()()()()、とオウルは宣言した。言葉の重みを知りつつ、はっきりと言い切った。

 ドウゴの頬が微かに引き攣る。どう受け取るべきか、悩んでいるようだった。やがて、苦々しい顔をしながらも、ドウゴは頷いた。

「俺達と共に闘ってくれるか?」

 ドウゴは、オウルを見据えて答える。「貴方は綜真ではない。だが、その意志を体現しに来たものとして受け入れよう。それに真弟という立場にある貴方が最前線に赴き、闘うというのならば、俺達も並び立とう」

 どうやら、オウルの心意気に応え、共闘を決意してくれたようだ。

 サイトが密かに安堵の息を漏らしたその時。

 会話に参加してこなかったツ・ローの身に、変化が起きていた。言葉こそ発しないものの、怒りに燃える表情になっていた。そろりと、ドウゴにも気付かれないように、剣を持ち上げていく。そして、緊張感が解けつつあるオウルの背に向かって、刃先を突き立てようとしていた。

 そこへ、乱入してきたものがあった。森の中から、何か重量のある大きなものが転がり出てきたのだ。

「お、おお?」

 ツ・ローは、手にした武器をその方向に向ける。眼前に迫ってきたのが、巨大な猿似の生き物だと知り、さっと顔を青ざめる。厚みのある手足に、圧迫感すら覚える重量感のある巨体。それでいて重力を無視したように軽やかに飛び跳ねてくる。その存在がもつ重圧は、鍛え上げた統士の心を竦ませるのに充分だった。

「キジュラガルだっ!」

 ツ・ローの後ろにはもう深い堀があるのみだったが、その生き物は構わず突進してくる。

 迎え撃つか? 倒せるか、この巨体を?

 受け止める? この圧力を――――?

 いやムリ。

 ツ・ローはオウルとは逆の方向に、身を投げて逃げる事で、辛うじて直撃を避けた。

 その生き物は僅かに踏みとどまるか迷いを見せたが、それは一瞬のことだった。結局その勢いのまま止まろうとはせずに、穴の中へと転がり落ちていった。すれ違う瞬間、毛皮に血が滲んでいる事と、酷く混乱した状況にあることが見て取れた。

「なんだ……、自分から落ちていった、ぞ?」

 皆が呆気に取られていると、ガサガサと葉を分け除ける音がして、またしても森から何かが跳び出してきた。先行者と同じ猛烈な勢いであったが、今度は人だった。

 それが誰かに気付き、サイトは驚いた。

「クウー・骸! お前、ここで……」

 クウー・骸。サイトの部下の一人で、真穿古参の十獅の一人。

 だが、隊長の声も存在も目に入らないように、クウーは真っ直ぐ前を向いて駆けて来る。

「逃がさんぞぉ!」 そう一声吼えると、獣が落ちた穴に向かって直進する。

 その進路にはツ・ローがいた。今度は避ける体勢を取れそうになく、わたわたと慌てて、挙げ句クウーに向けて剣を突き出した。

 そこ邪魔だ、という一声と共に、クウーは彼を片腕で殴り飛ばした。クウーはそのまま、底の定かではない深淵に、迷わず飛び込んでいった。

「おいっ、クウー――――」と、慌ててサイトは穴の縁に駆け寄った。

 土煙が上がった上に、底の方が日の光が届かず暗いこともあり、よく見えない。ただ騒々しい物音が聞こえてくる。

 何かが必死に走り回り、何かが笑いながら駆け回っている、ような不穏な気配が伝わってくる。

 クウーに追い回され、恐怖のあまり正気を失った獣は、怪我をすると分かっていても、逃げ道を求めて穴に転がり落ちたのだろう。だが、その決死の逃避を見逃さず、獲物と定めた獣を追うために、クウーも後を追った、ということだ。そして並の人なら落ちたら助からない奈落の底で、二匹とも元気に駆け回っている。

「うーむ……」 と、オウルが呆れ返ったという声をあげる。「あれは、放っておいてよいよな? 助けに行かなくても?」

「ええ。良いと思います。ちなみに、助けるとは、どちらを?」

「確か、あの人は真穿の十獅の一人だよね?」

「いや、見間違いじゃないか。猿が二匹駆け抜けただけではないですか」 と、サイトは見てみぬ振りをする事にした。

 オウルと、ドウゴまでも、苦笑いをしていた。


 後で部下に聞いて確かめた所、サイトの所在を聞き出したクウーは後を追って山を登ってきた。具体的な場所までは不明なはずだが、動物じみた直感が導いたのか、クウーはここを嗅ぎ付けた。

 ここまではよいが、途中、森の中で出会ってしまった。手を出してはならないとされる獣を好敵手と定め、狩ろうとした。

 あの様相では、混乱したキジュラガルは、相手が人だとは認識しないかもしれない。全力で逃げに転じている獣を捕らえることは無理かもしれないが、もし仕留めたとしても、これなら報復される事はないだろうが……とサイトは息を吐いた。


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