心中
4
サイトは本気で怒っていた。今にもドウゴに切りかかりそうな殺気を発した。けれども、辛うじて抑えていた。下手な動きを見せれば、若者の命が危ういのだ。
ツ・ローは、サイトの名を出して仮面の男をここまで誘い出したらしい。護衛のいない場所に首尾よく連れて来られたのなら、後は何が起こっても不思議は無い。
顔は見知っていても、ツ・ローの腕前は分からない。だが、仮にサイトがドウゴを瞬きする間に切り捨てたとしても、二人の所に駆けつける前に、青年を亡き者にするくらいはできるだろう。
幸い、この場所に至るには一本道で、この遺跡で行き止まりだ。森の脅威をよく知るドウゴなら、伏兵を森に入れたままにするという選択はしないだろう。現にドウゴの部下が潜んでいる気配はない。ツ・ローさえ何とかできれば、状況は変えられる――――?
「ドウゴ、これは何のつもりだ」 と、サイトは声を低くして言う。「お前は以前、ルブラの統士の軽率を責めたではないか。その際、真を敵に回すのかと言っていたな。そのお前が、何故こんな事を―――」
「こんな事? 安心しろ。そんな不遜な事はしない。ただ、本心を聞き出したいだけだ」
「本心だと? 付け上がるな、本来ならお前など……」
「お前など? キョウなど、相手をするに値しないか?」 と、無表情でドウゴが言う。背筋に冷水を注がれたかのように、ぞっとする声だった。その反応を見て、ドウゴは一つ頷く。
「こうすれば本心が窺える。表面上はどうあれ、お前の認識では、俺達キョウの者など、辺境に生きるものなど、関わりを持たぬどうでもよい存在なのだ」
「違う。出自などの話ではない。俺もお前も、真に比べればただの民の一人で……」
サイトは懸命に言葉を探す。だが、その口調はいつもより焦りが含まれており、やはり消しきれない嫌悪感がにじみ出ているのだなと、自覚せざるをえない。
「彼は……。オウ・青様は、大事な方だ。いずれ世界を変えるかもしれない。だから、その方に危害を加えようなどとは思わないでくれ」
真摯な目で、サイトはドウゴに訴えかけた。その視線を受け止めて、ドウゴは言う。
「分かっている。だからこそ、聞いておきたいのだ」
「聞けば、納得できるのか」
「多分な」 といって、ドウゴは青年に向かって声を張り上げた。 「さて、ごらんの通り、煌にはこうした不可思議な建物がいくつもある。説明も聞いたと思われる」
「興味深いが、それがどうした」 と応える。暗殺の危機にあるとは把握しているはずだが、変なところで度胸のある若者だった。
「知識を得た上で、実際に見て、どう思う? これは何のためのものだと想像する?」
緊急用の施設だろうな、と青年は答えた。
「ほぅ。それは?」
「やはり聞くのと自分の目でみるのと、違いはあるものだな。煌の民が裕福ではないと聞いていたが、実際どの程度の水準にあるのか、どれほど餓えているか、見てみないと分からない」
「ふむ、それで?」
「道中、村をいくつも見てきた。どこも瀕死に近い状態だった。ハライ・コウが起きている時、上の方でも厳しい状況にあるのだと分かった」
ドウゴは一瞬、顔を強張らせたが、何も言わなかった。
「ソンヴ・識はまた別の見解を持っていたようだが、その詳細はまだ言えないと言っていた。とはいえ、おおよその所は検討がついた。私も今見てみて、そうだと同意できる」
「それが、緊急避難用の施設だと?」
「ああ。作物や物資などをいざという時のために蓄えておく公共の場所だ。蓄えを狙う獣や幻獣も多いだろうが、ここならまず入り込めない。内部が見える所もあり、そこには高床式の保存加工施設などが数多くあったという」
「どうかな。外敵の侵攻に備えた砦かもしれない」
「そのようにも使えるだろうな。だが篭城するには限界がある。あの岩盤の上では水も満足に得られない。いずれ食べ物は尽きる。それは自明の事だろう」
これには反論しないようで、ドウゴは頷いた。
「常にこうした守りの完璧な施設に蓄えを設けておく。国をあげて、世代を越えて、そうしていざという時に備えてきた。煌の地は平地に比べると乏しい。平時は何とかやっていけるが問題が起きると厳しい。その前に、物資を共有できる体制作りが、この建物を生んだのだと、私は思う」
返答を聞いたドウゴは、黙って建造物を眺めていた。一見落ち着いて見えるが、これは危険な兆候だとサイトは思った。遠くを見つめて、爆発しそうな感情を散らしている、と感じた。
ドウゴは静かな声で言う。
「それで? 煌の現状を我が目で確かめることができた貴方は、こうした緊急用の施設が必要な状況を見た貴方は、これから、どう動く? これまで通り煌の統士を殺し尽くし、この地の平定を進めるのか? それとも、可哀相な辺境の民をそっとしておき、ハライの横暴を見逃すのか? ここまで攻めて来ておいて、大変そうだからと帰るのか? あるいは、親切な隣人として援助でもするか?」
「それは……。どうなるかは分からない。だが、クドゥの望んでいたように、一方的な侵攻で平定して、完全な支配下におくというのは避けたい」
「――――ふざけるなっ!」 と、ドウゴは怒りの声をあげた。
突然の変化に、三人とも身構えた。ツ・ローは、剣の柄に手をかけたが、そこには迷いがあった。
過去、どれだけキョウが辛酸を舐めてきたのか。激昂したドウゴは語る。元々こんな場所に籠もったのは彼ら自身だ。祖先がここで生きることを選んだのだ。ならば、窮したからといって、他所を侵略するのは邪道だ。そういうドウゴの言葉は、尤もに聞こえる。
だが、と青年は首を振る。「現にこの地で生きていくことは困難だ。土地は痩せ、冬は過酷で、人の交流も少なく、獣の被害も多々あるだろう。だからこうした施設が必要になるのだ。それを……」
「そうだ。生きていくことは困難だ。だが、豊かな南の地で暮らす者に、その現実が想像できるとは思えないな」
「確かに、想像が追いついていなかった。だが……」
「待て。先ほど言っていた煌における蓄え。それらは、どこから生じていると思う?」
「少しづつでも、余剰物を溜めていって、それを……」
ああ、とサイトはため息をついた。そういうことか。思っていたより、ドウゴ達キョウの民の煌への恨みは深いようだ。
「それもあるかもしれんな。だが、大半はそうじゃない。この地は乏しいと言ったな? ならばどこから調達してくる? どうやって取りに行く?」
青年も気付いたのか、必死で上手い答えを考えようとするが、すぐには出てこないようだ。
「ハライ・コウだよ」 と、ドウゴは憎々しげに言った。 「奴らはただ降りてくるだけじゃない。耕地を分けろと無理強いするだけじゃない。奪っていくんだ。被害といえるほどではなく、ほんのわずかと思えるかもしれん。だが、何しろ奴らは数が多い。俺達が作った大事な作物を、そして、命を奪っていく」
「命……?」
「こんな山奥まで来るシユがどれほどいると思う? 確かに、そんな奇特な奴もいるかもしれないな。だが、もっと手っ取り早い収穫方法もあるだろう」
次に何が続くかを悟って、青年は絶句した。
「奴らはただ気紛れに擦り寄ってくるだけじゃない。奪っていくんだ。何もかも、人であってもな」
ハライ・コウは只南下してくれるだけではない。物を奪い、人間も攫っていく。それが現実だと、ドウゴは告げた。
「生きるために必要だったと言うのならば、こちらも生きるために闘う。そのための犠牲を払ってきた。守る為ならば、腕を失ったことも諦めはつく。これから待っている決戦が、どちらかの生存を賭けたものだというのなら、俺は最後まで、戦い抜く」
けれども、命を賭ける前に、確かめておきたい事があると、ドウゴは質問を投げかけた。オウ・青、お前達は、本気で煌と闘うつもりでいるのか、と。
「何を言っている? そうでなければ、こんな所まで来ないだろう」
「来る理由か。それなら、闘うため以外にも、あるんじゃないか」
なぁ、オウ・青さんよ、と険のある話し方でドウゴは言う。「自ら赴いたのは、実は、煌と会話をするためではないか?」
言葉を失った青年に、ドウゴは容赦しない。
「煌の上層部は決して下山しようとしない。交渉を持ち掛けようと思ったならば、こちらから出向くしかない。独断で来たというのは偽りで、実は和平交渉のために来ていたのではないか? 例えば、案内役のサンノジ。奴が末端とはいえ、サンに繋がる人間だというのは周知のこと。サンは今煌で戦事を仕切っている家柄だ。煌真を落としたという噂もある。次期シンを輩出するであろう家柄に対して、ノジを窓口として、停戦の密談に来たんじゃないのか」
今更温厚な決着などありえない。命を散らした後に、中途半端に和解などされては適わない。やるなら最後まで。どちらかが立てなくなるまで。それを邪魔すると言うのならば、綜真とて許せないと、ドウゴは宣言した。
怨敵を前に、彼らはじっと堪えてきたのだ。自分達だけでは抗し切れないから、綜の一部となってまで、その時を待ってきた。長年の恨みを確実に煌にぶつけられるその時を。
ところが、死力を尽くそうとした所で、横槍が入ったのならば―――。部下の命を散らしたその後で、今更和平などの話が浮き上がったのならば―――。
そうなれば、綜も敵として憎むことになりかねない。それは、キョウを破滅に追い込むことに他ならない。だからこそ、その長であるドウゴは、戦うべき時を見定めなければならない。
オウ・青の心中を確かめておかなければならない。思ったより煌も窮していると知ってなお、断罪を突きつけることができるのか。その点をドウゴは確かめたかった。だから、煌の現状を示すと思われる建物を見せた上で、煌をどう思っているのかと問い質したのだ。
この返答に綜真の命が掛かっている。そうではなく、自分が答えて、危険から遠ざけるべきだろう。ドウゴと綜真、両者に怨まれようとも、ここは自分が―――と、サイトは決断しかけていた。
「分かった」 と、先に青年が言った。
驚いてサイトが見ると、彼は深く頷いた。




