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星火燎原  作者: 更紗 悟
第四章【奮迅】
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遺されたもの


     3


 ドウゴは集落の外れに向かう。そこには布が何重にも巻かれた樹がある。おそらくは樹真への敬意を表したものだろうが、ドウゴは気にせずにその後ろ側へと回りこむ。そこから森の中へと分け入り、奥へと向かっていく。

 真を祀る場所の奥である。一見、人は踏み入れないのだろうと思われたが、そうでもないとサイトは気付いた。人が通った跡を、無かったことにしようと隠した痕跡があった。

 葉の密度が薄くなっており、光量が増している。森が途切れて広場のような場所があるようだ。

 森を抜け出たそのすぐそばに、巨大な建築物があった。

 その周囲は、深い溝が掘られている。飛び越えるなど到底不可能な幅が取られており、底の方ははっきりと見えない。

 周りを彫りぬき、真ん中に島が残っている形になっている。残っている所は硬い岩盤であるらしく、その上に巨大な建築物を載せている。

 煌や瑗でも見た事がない、あきれるほどの規模だった。先ほどの集落ぐらいなら、すっぽりと中に入ってしまうだろう。

 見上げるような高さの石積みの壁。その一部が崩れ落ち、中の様子が窺える。煉瓦でできた建物が整然と並んでいる。集落どころの話ではなく、街、あるいはツークスの人口すらも許容できそうな、空間が広がっている。ただ一つ、大きな問題があるのだが。

「見せたいものというのは、これか。すごいな、これは……」

「ああ、これは煌の民が築いたもの。何年も何十年も、数世代に渡って、築き上げてきた―――と聞いたが、真偽のほどは分からない」

「煌の民が……。そいたか、ソンヴが言っていたのは、これか……。一体何なのだ? 何のために、こんなものを?」

「さてな。それも分からないみたいだな」

「分からない? たとえば、俺達がいうのもなんだが、外から敵が来た場合に備えてきたんじゃないのか? 古のコウウは祖国を追いやられたという。その経験から、外の者達の危険を、備えの必要を説いてきた、のでは?」

「その教えはあったかもしれない。だが見ての通り、機能していない」

 ドウゴが言うように、この建物が何であれ、今は使われていないのは一目瞭然だった。ある所は苔生し、ある所は石が崩れている。中の建物も、長年使われずに風化しかけているのが分かる。老朽化どころか、繋ぎは崩れ、物の素に返りつつある。いざという時に使うにしては、心もとないことだろう。

 それよりも肝心なことに、あの建物に至る手段がない。正面の入り口と思われる箇所に向かって、木製の橋が架けられている。だが、遠目に見ても、古び朽ちていると分かる。試すまでも無く、渡ろうと足を踏み出せば、橋もろともに落下するだろう。

 あるいは、一度、底まで下りて、そこから登ってくる手はある。ただ、不可能ではないにしても多大な手間を要する。人はともかく、重い物資などは運び入れようがない。

 ソンヴは備蓄の気配があると言っていたが、ここにはない。彼女がた所とは別なのかもしれない。数十年は使用されていない、または存在すら忘れられていたかのような状態だった。

「平和であることに怠けて、修繕を忘れていた、と見る事もできる。折角作ったのに意味がないな、と」

「そうじゃないのか? だから今、ツークスは必死で街に立て篭もっているのでは?」

「かもしれない。()()()()()()()()のかもしれない。ただ、一つじゃないんだよ、こうしたものは」

「他にも、あるのか。これほどのものを、まだ他所でも?」

「ああ。俺は前にもこれを見たことがある。といっても、ここよりもっと低地で、山の端にあるもので、しかも小型だった。お前は、幼少の頃、やらなかったか? 入ってはならないと言いつけられている廃墟に踏み入って、度胸試しをしなかったか? キョウの近辺の山中にも、似たようなものがあり、俺はそこで見た。規模はこれの何分の一かで、それほど大したものではなかったが」

「そんな所にもあるのか」

「キョウに近い立地だから、戦闘用の拠点だと思っていた。今は使用する者がおらず、ただ廃墟になっているだけだと」

「違うのか?」

「ここに来るまでに、煌の民から聞いた。ここではないどこかで、今も建造中のものがあるのだと」

「今も、作られているのか。これが……」

 そう言って、ふと、サイトは気になった。それは、変ではないかと疑問を口にする。

 ツークスは今、侵略の危機にある。これが戦時に使用される事を想定して作られたのなら、今使わなくて、どうするのか。闘争がやって来ると知れた時点で、手入れをしておくなどの発想すらもなかったのか、と。

 そうだな、とドウゴは頷く。

「俺もツークスが煌の要だと思っていた。その防衛に用いる為に造っているのだと。だが今、危機に瀕してみても、これらの施設は機能していない。直そうとした様子もない。それどころか、全く別の所で作られている最中だという。これは、そもそも防衛用として考えられたものではない、ということだろうな」

「では一体何なのだ、これは。そうだ、煌の民は何といっている? 聞いたのだろう」

「もちろん。だが、ここに関しては、何ら明確な答えを得られなかった。何故ならば、彼ら自身も忘れているからだ。何故、このような物を造っているのか、もはや誰も覚えていない。少なくとも、下の者達には伝わっていない」

「忘れている? そんなこと」

「数世代に渡って引き継がれてきたんだ。当初は意図を教えられ、目指す目的があったのだろう。だが実際に使われる様を見ない事には意味が無い。世代を越えて、ただ造っている内に、真偽は定かではなくなったようだ」

「そして、使われることなく、朽ちていっていると? 一体、何の意味が……」

「それをこれから、お前たちに考えてもらおうと思ってな」

「お前たち?」

 ドウゴが指差す。ちょうど建造物の裏側に、人影が現われた所だった。


 溝の反対側から、二人の男がこちらに向かってきている。

 一人は、ドウゴのユト級の部下だった。名前はツ・ローとサイトは記憶している。そして、もう一人は……。

「ドウゴ、これは一体何のつもりだ……!」

 サイトは怒りを露わにする。ここまではっきりと怒る時は、守るべき者に危機が迫っている時だけだった。

「オウ・青を、どうするつもりだ」

 ツ・ローに伴われていたのは、仮面の男だった。



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