思わぬ所で
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緒戦の後、数日に渡り、小競り合いを繰り返した。
だが、力で押し切ろうとしても、煌の兵は巧みに立ち回る。予想外に組織立った動きに慣れている。
疑問を覚えたバシーは、煌の兵を捕らえ、情報を聞き出そうとした。下っ端であるらしく、大した事は知らなかったが、一つ気になる話があった。最近指揮を任されるようになった人物がいる。その名が、ダズグスル・鋒だと聞き、リェンは納得の面持ちだった。
「ダズグスルか、思わぬところで邪魔をしてくれる」
リェンには、河津に亡命した知り合いがいた。その者から、煌に縁のあるダズグスルという天才的な頭脳を持つものがいたと聞き及んでいた。近年河津統士団の主軸が変わったとは聞いていたが、それほどまめに接触していた訳では無いので、そのダズグスルという者が、今どうしているかまでは知らなかった。
本来、亡命してくると、階級は下落する。だが、カント級以上は、その例外となる。ダズグスルは『考』分のカント級を維持している。その発言力を活かして、煌統士の組織改変を行なったのだろう。
リェンの説明を聞き、煌の手強さは確たる土台に依っている、山の蛮族の集団を相手にするのとは訳が違う。そう正直に認めるに到った。
元々どの程度訓練されていたかは知らないが、シンバンという非道な手段をとる位なので、煌の統士が集団戦闘に手慣れていたとは思えない。それを、ここまで組織行動を身に付けさせ、しかも〈爪〉という武器まで装備させたのは、ダズグスルの手腕によるのだろう。リェンの話通りの侮れない人物である。
ようやく、自分達が煌の統士を軽んじて見ていたのだと、認めるに到った。気持ちを切り替え、作戦を練り直し、死力を尽くしての決戦へと、準備が進められていった。
*
決戦前日、サイトの元にドウゴがやってきた。
「見せたいものがある」 とだけ言い置いて、ドウゴは踵を返した。付いてこいという意味らしい。是非を問わない強引さに苛立つが、そうした横暴にはなれている。彼女の事を思い出し、サイトは苦笑いを浮かべる。
部下の一人が、サイトに対して、何事かを報告しようとしてくる。後でと、手の動作で意思を伝える。それを察した部下は、もうじき合流です、とだけ何故か笑顔で返して来た。
ドウゴは、無言でツークスとは逆の方向へと進んでいく。一点を見据え、その歩みには迷いがない。
「どこまで行くんだ?」 と、サイトは問いかける。
「すぐそこだ」 と、冷たい返答が返ってきた。
森の端までくると、そこに小さな脇道があった。ドウゴはそこへ入っていく。迷ったが、素直に付いていく事にする。少し行くと、急に開けた場所になり、そこに小さな集落があった。
これまで辿ってきた山道にはこうした脇道がある事をサイトは知っていた。一応はその先の状態を確かめさせていたが、道はさほど行かずに、支分の民が暮らす村に出る。ここもそうした平穏な場所であるらしい。
どの集落も、暮らしぶりは豊かではなく、道具も木製・手づくりのものが殆どだ。小さな耕地が周囲にあるが、収穫の成果は薄いらしく、どの民も痩せた体格の者ばかり。
不可解なことに、侵略者を見ても害意を示す所か、何ら反応を見せない。誰がやってこようが関係ないといったように、まるで覇気がない。今も、サイトたちを一瞥した後は、顔を上げる事も無く、小さな畑などを耕し続けている。
見渡すと、切り出した巨岩がそこら中に転がっている。加工途中で放棄されたか、半端な形のまま苔生したものが多い。昔は作業場だったのだろうかとサイトは思った。
平然とドウゴはその集落の中心を進んでいく。
「見せたいものは、この先だ。先日、俺が偶然見つけた」
「こんな所へ何をしに来たんだ?」
「心配ない。どれだけ偉い者が一人で来ようとも、何の問題も起きない」 と、ドウゴは答える。噛み合わない答えに、どういう意味だろうかと、サイトは訝る。
ドウゴの側を、子供達が駆け抜けて行った。
遊びに興奮して呂律が回っておらず、しかも訛りもあり、何と言っているかはっきりしない。だが、詳細は分からずとも表情を見るだけで大体の事は伝わる。
楽しい、悔しい、くすぐったい、堪えきれないほどおかしい。それほど豊かな感情を、子供達は内から溢れ出るままに表わしていた。違和感のある衣装であっても、見慣れない顔つきであっても、内に秘めた純粋さは、どこでも変わらないものであるらしい。
どこかほっとした気分でサイトは子供たちを眺めていた。皆が皆覇気がないという訳では無いらしい。数少ないが、子供たちは元気だ。
では、大人達の間に見られるあの諦観は、大きくなるにつれ自然と備わっているものなのか。他の地でもそうであるように、しがらみに満ちた世界の狭さを知って、否応なく、諦めが顔に張り付いたものであるのか。だとしても、過酷な環境だからというだけでは説明できないように思える。
「―――ここには他にない何かがあるのだろうか。そう考えてしまうだろう?」 と、見透かすようにドウゴが声をかけてくる。
振り返らずに進んで行く背中をサイトは見つめる。
「この目で見る前は、ここまでとは思っていなかった。過酷な地で生き抜くには、余分なものを切り捨てなければならない。そうした生き方を当然のものと強いられてきたのならば、ただ生きることのみに心を託すことも、諦観が滲み出ることも、仕方がないことだろうと、考えていた」
子供が一人、くるり、くるりと回るように駆けながらドウゴの前に出た。片手に装着した異様な剣を見て、我に返ったようだ。異国の者の邪魔をしてしまったと思い至り、子供は肩を強ばらせた。おそるおそるドウゴを見上げた。
その子の頬に手を添えて、ドウゴは中腰で何事か囁く。意外と柔らかい動きで優しさを感じた。子供の表情が安堵したように緩み、それからパッと輝いて見え、大きく頷くと駆け去っていった。むしろ何か誇らしげなものを得たかのようだった。
一体どんな表情をしているのだろうと、サイトはドウゴの顔を窺おうとした。だが、その前にすっと姿勢を正し、ドウゴは再び歩き出す。
サイトが口を開こうとした矢先に、「ただ機嫌を取っただけだ」 とドウゴは素っ気無く言う。
「……減るもんでもあるまいに」 素直ではないな、 とサイトは小声で呟いた。




