緒戦
第四章 【奮迅】
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丘陵地帯の端、新たな山裾近くまで近づくと、また景色が一転した。
何もない未開の地と思われていたが、森に寄り添うようにして、予想外に大きな街があった。これこそがツークスだと、サンノジが誇らしげに言う。
浅いが幅の広い流れの河に沿ってツークスの街は続いている。かなりの建物が集まっているのが遠方からでも見てとれる。街から方々に伸びる道は荷車を通して余りある幅があり、踏みしめられている。普段は人の行きもそれなりに多いのだろうが、今は人の流れは途絶えている。
ツークスの手前には、緊迫した気配が満ちている。そこには、武装した煌の統士たちが待ち構えていた。
人数的にはこちらの方が多く、ざっと見たところ三分の二ほどに思えた。武装は取り揃えられ、まちまちでなく整然と待機している。煌における正規の統士守団であろう。
西から別の道を辿り、先に到達していたルブラの統士団は、ツークスの直前で待機していた。
単独で手を出したが、さすがにツークスを守る統士団は堅固で、跳ね返され動けずにいた。そこで東から上がってくる綜の本隊を待っていたようだ。
ルブラから山を登ってくる際にも、サイト達と同じようにシンバンからの妨害を受けていたため、彼らは強い緊張状態にあった。そこに斥候が忍び拠って来ていると知り、過剰反応してしまい、攻撃を仕掛けてしまった。
あくまで手違いであり、綜統士団に対して害意があるわけではない、そうグントラターグの副官ミウムは釈明してきた。
タン・アデオにあった槍は、確かにルブラ製だとも認めた。ただ、これまでも数度に渡り、シンバンに武器等を奪われていた。それを悪用されたのだという説明は、同じようにシンバンの手癖の悪さを見てきたので、一応は納得できた。
バシーは不満げだったが、本命の敵を前にして味方同士でいがみ合っていても仕方がない。すぐさま共同戦線が結成された。
依然として、瑗からの増援は現れそうにない。協力とは言葉だけで、実際に統士を派遣するつもりはなかったのだと、諦めかけていた所だ。こちらも期待していなかったが、西からの増援が間に合ったことは大いに助かる。ツークスの守勢を凌駕して、綜攻団の統士数は四千を越えていた。
*
ツークスから迎撃の守団が出てきたが、所詮はお山の大将、すぐにでも粉砕できると、バシーは息巻いていた。
ここまでの道中、煌の戦略は数を減らし足止めをかけることにあった。正攻法ではなく、相手にとっては身動きの取りにくく、自分達には手慣れた場所に誘い込んで、こまめに消耗させようとしてきた。その上討たれたとしても、自陣に影響が出ないシンバンを使い捨てのように使っている。
つまりは、真っ向勝負で闘えば負けると吐露しているようなもの、とも捉えることができる。同じ条件で顔を付け合せれば、負ける道理はないとバシーが思い込むのは無理もない。
開戦後、バシーは猛然と行動を起こした。
煌での闘いは勝手が違うことが多い。どんな手を取ってくるか予測が付かないのだから、侮らず慎重に挑んでくれとサイトにより釘を刺さされていたが、いざ開戦となるともう止められなかった。
バシーの配下の統士達も不慣れな緊張を強いられてきたので、ここぞとばかりに昂っていた。亡きゴウトクの隊を吸収し膨れ上がっていた大軍を率いて、バシーは特攻していった。
サイト、ドウゴはバシーの両側に陣を置いていたが、その動きに慌てて従った。ミウム達は、少し離れた場所に陣取ったまま、まだ動きを見せない。
先陣が接触、切り合いが始まったが、双方の戦闘経験には差があるらしい。闘い慣れた綜の猛者達は、煌の統士を圧倒していた。バシーは猛進して行き、易々と最前線を突破した。
情報によると、ツークス前に陣取っている煌守団の総大将はリ・ウ・鵬という。バシーは大将首目掛けて真っ直ぐに突っ込んで行く。その進行を遮ったのがベアト・熊という、煌三大将の一人である。総大将の前に陣取るからには、相当の堅固さを持っているはずだった。
ベアトと並ぶ三大将、ルンルス・鶤とデトー・鴉を、真穿・キョウの部隊で押さえ、バシーが苦戦したとしても、ルブラ勢の後押しでもって正面を突き破るというのが全体の作戦である。仮に煌の統士が個々の武力に優れていたとしても、大規模での戦いには慣れていないはず、要所を抑え一気に突けば押し通せるというのがバシーの考えであった。
バシーは順調にベアトの陣を押して進んでいく。ミウムはまだ、後押しの機を窺っているのか動いていない。このまま行けば、その機会は来ないかもしれない。そう思えるほどバシーは進んでいく。
あまりに事が上手く運びすぎて、サイトは嫌な予感を覚えた。リェンも同じ不安を抱いたらしく、サイトの所に寄って来ようとした。リェンは何かを察したらしいが、話し合う余裕はなかった。
デトーの軍が前進を始め、その対応に追われる。戦場の反対側を見れば、ドウゴらキョウ勢も本格的に戦い始めたらしい。その中でもバシーの動きを追っていたサイトだが、やはり、気持ちが悪いほど順調に進んでいる。だいぶ奥まで進んでいる。ベアトの陣は蹴散らされ、バラバラになっている。勢いを増して、バシーはさらに突き進んでいく。
リ・ウの目前という所までバシーは進んだが、そこで、また別の一団が割って入ってきた。後に名を知ったが、この時二百人程の統士を率いていたのは、サイアトン・嘴という、まだ若い無名の将だった。
バシーは躍起になって突き崩そうとしたが、サイアトンは意外に強く抵抗してくる。自身の戦闘の合間を縫って、サイトが観察する限りでは、サイアトンはかなりの腕前だった。副官であるトオワといい勝負をするかもしれないと、サイトは見積もった。
思わぬ抵抗に焦れたバシーは、さらに前方に統士を投入した。量で押し切ってしまえると踏んだのだろう。
その時、おかしな動きに気が付いた。蹴散らしたはずのベアトの隊士が、バシーの後方で再び集結しつつある。あえて深く抵抗せず、流されるようにして左右に散っていた、ということのようだ。そして、眼前のデトーの隊にも不審な点があった。向かって右後方にいる者は、さほど武装していないが、左手前にいる者達は動きは鈍いが重武装をしていた。
「これは、まさか……」
サイトの嫌な予感は的中したようだった。慌ててリェンが叫ぶ声が聞こえる。
「これは〈爪〉です! 注意してください!」
〈爪〉。それは、河津が得意とした戦術である。三人の猛者がそれぞれ自由に動いていると見せかけて、突然、その動きを揃える。狙いと定めた敵を三方から囲い込み、殲滅する。三人の内、誰がどう動き、どこを狙ってくるか読めない。河津との決戦では、散々苦戦した戦法である。
バシーも周知であるが、まさか、それを煌が仕掛けてくるとは思っていなかった。気付いた時には敵の手中にあったバシーは、後方からベアト、左右のデトー、ルンルスに包囲され、逃げ道を失いつつあった。
「閉じさせるな! 行くぞ」 と、サイトはバシーの援護に向かう。
爪の一本となる隊には、迅速に動けるようにと、軽装で足の速い者が固まっている。素早い移動を支えるために、重武装兵の配置には偏りが出る。その爪独自の悪癖をいち早く見抜いたリェンにより、狙いとなる箇所が示される。
バシーの左方向を閉じようとしたデトーの妨害には、辛うじてゴンヤ・邱という真穿十獅の一人が間に合った。さらに、後方を閉じようとしていたベアトには、別の十獅が向かっていた。
「あいつ、いつの間に」
サーカ・狸の神出鬼没さには、サイトも舌を巻く。いつも意外な所に現われ、しかも敵に気付かれることなく、背後に忍び寄っているのだ。サーカ個人も、暗殺や隠匿の技に長けている。
ようやく囲い込みの危機を察したバシーと、サーカに挟みこまれ、ベアトも仕事をできなくなった。
だが、あまりに奥に進んでいたバシーを迎い入れるため、ゴンヤもまた不用意に進み過ぎていた。ゴンヤ自身もそこまで踏みいる必要はなかったが、経験の浅い彼には見極められなかったようだ。
バシー達を逃がしたが、その後方に付いてしまったため、ゴンヤは狭まる爪の内部に取り込まれた。救援を、と手を打つ前に、敵は掌を握るように包囲を絞った。ゴンヤ自身の武力は並み程度であり、さほど持ちこたえられそうにない。四方から攻められ、次々と倒れていく。隊長であるゴンヤに敵の手が届くのにも、そう時間がかからなかった。
*
危機を脱したが、自身の迂闊さの所為で真穿の隊長格を失わせたと知ったバシーは、また前を向こうとする。
サイトからでは見えなかったが、バシーの目からは大粒の涙が溢れていたという。平静を保ち、再び向こう見ずの態度を取りながらも、心中では犠牲を悼んでいたようだ。
ただサイアトンの堅固な守りにより、バシーはそれ以上進めない。
いつまでもデトーの動きを封じきれない。キョウ側も同じであるらしい。バシーが退かなければ、綜は中央から潰されてしまう。強引にでも引き止めて、撤退せねばと、サイトは決心した。
デトーの足止めをリェン達に任せて、サイトは単身中央に切り込んだ。向かう先にはサイトの相手をできる技量のものはいなかった。速やかにバシーの傍に駆けつけたサイトは、退けとバシーに言った。
「だが……!」
さすがに頬の跡を拭っていたバシーだが、サイトを見ようともしない。その態度からも、彼がゴンヤの死に報いたいと思っていると分かる。だが今は、これ以上拗らせると、返って意味がなくなる。
「あいつの犠牲を、意味のない事にする気か」
サイトの辛辣な言葉に、実際は気付いていたであろう事を認め、バシーは従った。
「俺がしんがりをする。できるだけ固まって、一旦退くんだ」
サイトは最後尾に立ち、追撃を断ち切った。その際、気になっていたサイアトンという若者と剣を交えた。僅かな間だったが、向こうもサイトの卓越した技量に気付いたようだった。やはり、この若者は将来伸びるなと、サイトは思った。敵というのがな、と残念に思った。
バシーの尻を蹴っ飛ばすようにしてサイトは下がっていく。真穿も適当な所で転進している。ベアトの背後に迫っていたサーカは、獲物を仕留め切れず悔しそうだ。サーカは自分から動いた時、普段なら仕損じる事はない。それだけの腕前をもっている。今回は、バシーを救う為、あえてベアトの注意を引くことを買って出てくれたようだ。
意外だったのは、ドウゴ率いるキョウの側だった。冷静な彼の事だから、全体を見て、今は引くべきだと判断していると思っていた。ところが、バシーよりもさらに、しつこく前進しようとし続け、中々戦線を放棄しようとしない。
渋々と言った感じでキョウ勢も撤退した。その中でドウゴは、紅針の異名の通り全身を返り血で染めていた。仕留めた敵の数に不満があるのか、先に撤退を始めたバシーらを静かに睨んでいた。




