最後の言葉
10
街に出て、スクルは真穿の詰め所に向かった。
情報を得られないので、今どこが激戦地なのか分からない。その只中に迷い出る可能性はあったが、とにかく仲間との合流を目指した。幸いにも激しい戦禍に巻き込まれる事なく、スクルは目的地に辿り着いた。
ただ、そこには誰の姿もなかった。激しい戦闘の痕跡はなく、ここで戦いがあった訳ではなさそうだった。
「―――先に打って出たのか?」
反乱を聞きつけ、真っ先に鎮圧に向かい、今はもぬけの殻になっていると言う事だろうか。それならば、どこへ向かえばいいのか。独りで争闘の只中に飛び込むのは避けたい。
「いや、もしかしたら―――」
そうではないのではとスクルは思う。皆無事に落ち延びているような気がした。なぜなら、変事があった時は、すぐさま逃げるようにとサイトから言い含められているからだ。
それはスクル個人の話だと思っていたが、街を巻き込んでの規模での変事が起こりうると、サイトがそう予想していたのならば、残された部隊にも同じ指示を出しているかもしれない。
下手に抗戦しても、どこまで粘ろうとも、残された戦力だけではいつか限界が来る。一旦撤収して、本隊が戻ってから合流する。そのように、隊長達――トオワとジル・月――に指示してあったのかもしれない。
「だとすると……」
詰め所から街の外へと向かうのに、最適の順路が割り出されていた。撤退の際に使えるようにと、その道筋は口外されていない。こうした秘密の経路は真宮にもあり、シントとカント階の者に伝えられている。真穿ではサイトとソンヴも知っており、そこを参考にして経路は考案された。
その道を辿り始めた所、多数の人間が通過した痕跡があった。それもかなり新しい。普段から人は寄り付かず、通れる道があるようには見えなくしてある。ところが今では、埃が乱れ舞っており、通るのに邪魔なものがどけられている。真穿がここを通って逃れたということだろうか。
そう思い、観察しながら歩いていると―――。
突然、物陰から人が飛び出し、背後からスクルに飛び掛かってきた。
前方にのみ注意を払っていたので、通り過ぎてからの伏兵には完全に無防備だった。あっという間に組み伏せられた。
「なんだ、このやろう! くそ、重いぞ!」
「―――なんだ、お前か」
のんびりした声がどこから降ってきたか、すぐには分からなかった。
「え……?」
押さえ込まれているにしては、のし掛かる重みが少ないことに気付いた。ただ、要所をがっちりと押さえ込まれ、動こうとすると身が軋む。
今の声は――――。
首を限界まで捻り、ようやく上に乗っかっている者を確認する。
「もう死んだものかと、思っていたよ」
感情を窺わせない声で言ったのは、スクルと共に居残りを命じられた隊長格、ジル・月だった。
「ちょうど今、そうなる感じがしますよ……」と、スクルは力なく言った。
「それは構わないが……」
「いや、構ってくださいよ」
「そんなに重いか?私は?」
さらに押さえつけられ、方々の関節が競って激痛をあげ、スクルは待ってくれと叫んだ。
*
「すでに、撤収は完了しているのですね」
痛めつけられた箇所をほぐしながら、スクルは問う。ああ、とまるで関心がないといった風に、ジルは頷く。
「サイト様に、そう命じられていたのですね?」
ああ、とジルは全く同じ反応を返す。全くこの女ときたらと、スクルは苦い顔をする。
「鎮圧に向かおうとは、思わなかったのですか」
三度同じ反応が返ってくるかと思いつつ、スクルは尋ねた。期待を外さず、全く同じ返事が繰り返された。
「どこがどの規模で動いたのか、それは判っているんですか? 何も探らずに、さっさと逃げたわけじゃないですよね?」
「知らないね、私は」
がくり、と力が抜けた。
「狙いが適確で素早い危険な動きに思えた。展開の広さからして、かなりの規模と見た。つまり、私らだけでは手におえない、そう見極めた。なので、あの人の指示通り、部隊を逃がすことにした」
お前もそう思ったのだろう、だからここを伝って来た訳だろう、とジルは言う。
「では何故貴女はこんな所に残っていたのですか? まさか、私を心配して、残って―――」
いや、とジルは素っ気なく否定した。
「……そこは、あぁ、と繰り返して下さいよ」
「何でだ? よく分からんが、部隊は外に出した。そこに私がいる必要はないだろう。待機中の指揮は信頼できる者に任せてきた。お前がいたら、お前に任せざるを得なかったから、ちょうど良かった」と平気な顔で言う。
「あー、そうですか。そりゃあ、よかったですね! 参考までに、その頼りになるお方が何方なのか、お教え願いませんかね」
「これから忙しくなる。あの人は、お前など相手にしない」
独特の感性を持つジルが敬意を示している。あの人とは、誰だ―――とスクルは考えた。
そういえば、と思い出したことがあった。いつだったか、サイトより聞いたことがあった。
真穿の中でも腕利きの部類に入るジルであるが、この世にはさらに強い女がいるという。瑗真・ショウ・源の護士で、その名をヴ・兵という。
瑗国最強の女という触れ込みは、まだ控えめで、おそらくは昂国で一番強い女。あのサイトにここまで言わせる女とは、本当に人なのかとスクルは思っていた。
さらに、そのヴ・兵に対しては、あのジルが敬語を使っていたという。二人の雰囲気が似ているのは、ジルが彼女に憧れているせいだろう、とサイトは言っていた。
ということは、もしや、今近くにそのヴ・兵がいる? と考え、スクルは首を振った。瑗の有名人がどうして綜の都にいるのというのか。それより今は、とスクルは考えを切り替えた。
「真穿の無事は確認できました。指揮も問題なく行えるとのこと。では、私は行きます」 と言って、スクルは背を向けた。
「戻らないといけないんです」 とスクルは言う。
「死ぬのか」
「いや、そこは……。止めるとか、何故とか聞いて下さいよ」
「……事実だ」
「……かもしれませんが。良いです。止せとか、言ってくれる方じゃないのは承知していますよ。なので、私も勝手にします。私には、行かなくてはならない所がある。トオワ隊長が捕まったんです。グントラターグの奴に」
「ほぅ」
「私の所為で捕まったようなものです。だから、私が助けにいかないといけないんです」
「そうか。分かった」
「……これでも、止めようとはしないんですね」
「そうしたいのだろう? そうしても、大して問題は生じないから、構わないぞ」
「……そうですか。トオワ隊長が気にならないんですか? 私も助けに行こうとか、ならないのですか?」
「連れて行ったのなら、すぐに殺しはしないだろう。生きているのなら、直にどうにかなる。それに、グントラターグ、だったか」 と、ジルは言う。「そんな男は放って置けばいい」
「放っておけって、しかし」
「良いんだ。もう気にしなくても。南はもう来ている。東は、あと少しというところだ。その前に、逃げ出すだろう」
「はい? え、どういう意味ですか?」
「どういう意味も何も、言った通り」
「……ああ、そうですか。そうですね。では」と、スクルは諦めて立ち去ろうとした。
「待て」 と、ジルの方から制止がかかった。自分も付いていってくれるとか、そうした気遣いらしきものを、スクルは期待した。
「それでいいのか?」
「え、だけど、放ってはおけませんから」
「いや。最後の言葉が、では、だけでいいのか、と思ってな」
「あぁ……」
苦虫を潰したような顔をして、スクルは頷いた。せめて最後くらいは、無言でかえしてやろうと思った。




