危険な夜遊び
8
エヌイは、さっさと帰って行った。それはそうだろう。都中で噂されている危険な男がいると知って、そこに飛び込んでくる女はいない。スクルですら、自分の家に戻る事を躊躇した。
あのグントラターグが正体を隠して我が家にいた。驚きだが、エヌイの言葉を疑うまでもない。思い当たる節はいくらでも出てきた。
客から目を離すなと家人に言い置いて、スクルは一人急いだ。不自然でない程度に、足早に街を抜けて真穿の詰め所を目指した。
何故我が家にいたのか、いや、どうしてこの時期にダウスにいるのか? 何をしようとしているのか。考えても分からない。
なんにせよ、これは自分一人では手におえない。先日帰還したばかりのトオワに相談しようと、スクルは決めた。奴がどういう意図で潜んでいるにせよ、今後どう扱うにせよ、いつでも動けるようにしなければならない。
ともかく真穿の詰め所に行く。考えるのはそれからだと、スクルは急いだ。
*
スクルが詰め所に駆け込んだ時、トオワは不在で、誰も隊長格はいなかった。
トオワは帰宅したわけではなく、すぐ近くに出ているだけだと知り、慌ててスクルは後を追った。
用を済ませたのか、戻って来たトオワを見つけた。向こうも気付くという距離で、何故かトオワは突然足を止めた。
突如、空を切る音がした。トオワは身軽に跳び退り、素早く直刀の柄に手をかける。地に刺さった複数の小刀が見えた。
さらに物陰から攻撃が飛んで来る。この場では不利と判断したのか、トオワは後方に移動し始めた。
スクルの存在に気付いていたのか分からないが、あっという間に姿が見えなくなる。助太刀せねばと、スクルは慌てて後を追った。
トオワの動きは早い。角を二つ曲がった所で、ようやく追いつき、スクルは立ち止まった。
「――――――なっ!」
通りの隅で、トオワが地に転がっていた。胴元に、何重もの縄のようなものが巻きついている。直刀は離れた所に飛ばされ、身動きが取れなくなっている。
駆け寄ろうとして、その縄の端の先にいる者が見えた。
「ウカイル―――――!」
反射的に身が強張ってしまった。
ウカイル、いや、グントラターグの眼が、こちらを捉えてからは、もう動けない。普段の人懐こさは微塵も無く、離れていても威圧された。
闇に潜んでいた彼の部下らしき男が寄って来て、手早くトオワを拘束していく。トオワは逃れようと足掻き、その目がスクルの姿を捉えた。
そこで体がかっとなり、ようやく動けるようになった。スクルは、駆け寄ろうとしたが―――。
「駄目だ!」 と、トオワが叫ぶ。「行け!」 と続けた所で、当て身を喰らって、トオワは項垂れた。
一旦指示に従ってから助けを呼ぶか、今すぐ独りで何とかするべきか、スクルは迷った。
敵は複数、どこまで準備されているか分からず、明らかに不利。スクルの力量でどうにかひっくり返せる状況でもない。一旦退いて応援を呼ぶべきだとは理解できる。だが、トオワを見捨てていくのか、とスクルは躊躇した。
「スーク、ルぅ」 と、普段のように年長者面して、ウカイルだったものが言う。「夜遊びはほどほどに。言っただろう?」
見慣れた笑顔を造りつつ、グントラターグは近づいてくる。その以前通りの笑顔が恐ろしい。完全に気圧され、スクルは何も言い返せない。
「じゃあ、オジサンがもっと良いところに、連れて行ってやろうな」
グントラターグに先んじて、配下達が間を詰めてくる。
「ん―――?」 と、何かを感じたのか、グントラターグが眉を顰めた。すっと手をあげ、配下達を制した。
配下の一人がトオワの体を担ぎ上げる。そのままグントラターグ達が後ろへと逃げ出すのと、大声が上がったのは、ほぼ同時だった。
突如上がった怒声は、後ろから迫ってきていた。振り返ると、武装した男達が殺到して来ている。
男達の狙いは、スクルではなかった。脇を駆け抜けて、グントラターグの後を追っていく。邪魔者が来るといち早く察したグントラターグは逃げに転じたようだ。
「逃がすな!」 と、聞き慣れた声がした。
スクルははっとして、その声を上げた男を見た。指揮官らしきその男は、スクルのそばまで来て、肩を叩いた。
「任せろ。逃がしはしねぇ」
見飽きた親友の顔をまじまじと見つめ、ようやくスクルは、「ジエル……、何故だ?」 と呟いた。




