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星火燎原  作者: 更紗 悟
第三章【遭遇】
82/117

手頃に

 

     5


 スクルは『考』分の者に繋ぎを求めた後に、エヌイの元を訪ねた。ところが、予告していたのにも関わらず、主人は不在であり、一度出かけたら中々帰って来ないと家人は言う。

 約束が違うとスクルが憮然としていると、きっと見つけてしまったのだと、家人は申し訳なさそうに言う。

「見つけた?何を?」

 聞けば、時間をかけるつもりはなくても、たまたま興味をひくモノを見つけてしまうと、もう採集に熱中してしまうという。暗くなれば見えなくなるのでさすがに帰って来るのですが、と言って、家人は空を仰ぐ。まだまだ夏の日は高く、また外出するのにとても気持ちいい青空である。

 その日はしばらく待って、スクルは諦めて帰った。

 失礼な奴だと、スクルは親友に愚痴を言うが、『考』の人間にはそうした己の興味中心の者が多いと言われた。

 ジエルはまた、スクルが会おうとしているのが、エヌイだと知ると、それは是非顔を拝んでおけと助言する。何故かと問えば、三つの理由でエヌイは有名人だという。

 一つは、特異な研究で功績を挙げている。国も彼女の研究と成果に興味を持ち始めているという。

 二つ目は、変わり者が多い『考』の中でも、特に彼女は変っていると言われている。成人となりユト階級となる以前から、ふいに姿を消し、長いこと帰ってこない。師となった者がよほど懐の深い人物であったらしく、咎められる事はなかったのが、変わり者具合に拍車をかけたようである。

 そして最後に、絶世の美女だという噂。三十を越えてもその魅力は衰えず、頭脳明晰で容姿も整っているとあり、彼女の気を惹こうと言う者が後を断たないという。

 研究だか何だかの理由で不在の事が多いが、上位層では是非嫁にという声が多い。師の元に居着くまでは、出自のはっきりしないキョウも同然の身柄だったというのに、それでも構わないとまでの惚れ込みようだと言う。

 噂では、あのレクトまでが彼女を狙っていたと聞いて、スクルは何としても会いたい、と思うようになった。


 来訪するが、やはりいなくなったと言われた。本当は中に籠もっているか、または長期的に家を空けているかしていて、スクルに会う気がないのではないかと疑った。仲介をしてくれた『考』の者を問い詰めると、最近になって都に帰ってきた事は確かで、出入りする彼女らしき者を見た者は確かにいるという。

 つい先日、トオワがようやく帰還したこともあり、スクルには時間があった。スクルはある日、遅くなりそうなら自分がそこに出向くと申し出た。埃っぽい土地でも構わないならばと、場所を教えてもらうことができた。

 からりと良く晴れた、空気の乾燥した日であった。そんな中、エヌイは、郊外の切り通しの一つにいるという。


     *


 熱がこもる街中に比べると広大な外は風が心地良いが、それでも照り返す熱は体力を奪っていく。ごつごつとした岩の合間を風が吹き抜けるたび砂塵も巻き上がり、衣に埃が付着して、スクルは不快感を覚えた。

 汗を拭いつつ、スクルはエヌイを捜した。聞いた場所は確かにこの辺りはずだが、それらしき人影は見当たらない。時折通りかかる支分の者に問うても、こんなところでそのような麗人など見ていないと言う。

 騙されたか。家人にそう言い含めたのか。そこまで会いたくないかと、スクルは腹が立った。苛立ちを紛らす為に、近くにあった手頃な石を手にする。

「くそっ―――!」と、手近の岩に向かって叩きつけた。砕け散るかと思われたが、その石は意外と硬かったみたいで、甲高い音を立てて飛んで行った。

 すると、少し離れた岩陰から、ひょっこりと頭が持ち上がった。薄汚れた格好をした少年のように見える者が、ひょこひょことこちらに駆けてくる。ビドが物乞いにでも来たかと、スクルはうんざりしたが、その人物は先ほどの石目指して寄ってきている。

 そして、そこに人がいると気付いていないかのように、石を拾って眺め始め、ほぉう、と嬉しそうに歓声をあげた。その声を聞いて、初めてその人物が小柄な女であるとスクルは気付いた。

「え、もしかして―――?」

 こんなに小汚い者が絶世の美女? とスクルはがっかりした。とにかく本人かどうか確認してみようと思い、近寄ろうとした。

 スクルが投げた石を掲げ、女は砕けた面を興味津々と眺めている。幾らなんでもと違うかと、スクルは立ち止まった。疎かになった足元で、ジャリ、と不用意に踏まれた砂利が音を立てた。

 その瞬間、立て続けに幾つもの事が起きた。しばらく経って、己の状況を確認して、ようやく何が起きていたかと遅れて理解したほど、電光石火の出来事だった。

 まず、音と共に、女が素早く身を翻した。広がった黒髪の間から垣間見えたその瞳は鋭く細められていた。瞬間、複数の礫が空中に出現した、と思えた。実際は、背後に向けると同時に、隠し持っていた礫を両手で投げて飛ばしてきたのだ。

 考えるよりもまず、直撃を避けるためスクルは斜め後ろに上体を反らしてかわした。何とかかわして視線を戻した時、そこにいたはずの女は消えていた。いや、違う。消えたと思えるほど、女は急速に距離を詰めてきたのだ。しかも、スクルが態勢を整えるより先に、女は手中に握った石を、スクルの顎元に目がけて突き出してくる。

 石と言っても、鋭く尖っている。喉に刺さされば、深い傷を負う。

「―――――くっ!」

 その鋭い一撃をかわせたのは、偶然であった。足元を確認せずに不用意に体重をかけたため、足が砂にめり込み、体勢を崩した。

 かすかに皮膚をかする形で礫が通りすぎる。だが、女の拳の一部が顎に当たる。その途端、かくん、とスクルの体が崩れた。己の意思が断ち切られたかのように、力が入らない。

 顎を掠めた衝撃で、頭の中が揺れていた。そのせいで、体が動かせない!

 仕損じたのではなく、むしろこれが狙いだったようで、女の目が満足げに弧を描く。

 握っていた石の向きを変え、振りかぶった。

「ま、待て! 違う、俺は―――――」 とスクルは慌てて叫んだが、力が入らず、何とも情けない声になった。




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