スクルは思う
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スクルは首を傾げたい思いでいる。
動向の気になる男グントラターグ。その勇猛で知られる男が、ソンヴ・識という一人の女を恐れていると、レクトはいう。それはどうだろうかとスクルには疑問だった。
確かに、彼女の失踪が、ハライ・コウへの武力的な対応となった最後の一押しとなっている。サイトが撃退を主張すれば、場の雰囲気は一気に変わる。それを案じたサイトは、自身が何よりも心配で悔しく思っていたのに、その件について触れようとしなかったのだろう。
サイトと彼女の事は、スクルも多少なりと知っていた。片や考分きっての天才、片や未来の太真を救出してきた英雄。
その才気溢れる二人は、幼年の頃、同じ環境にいた。分野こそ違えども、二人は互いの才能を認め合っている。放っておいても出世は確実なのに、臨時従軍してまでソンヴが戦線にいるのは、サイトの手助けをしたいという心情があるのだろう。
サイトは、幼い頃、慕っていた女性を炎を崇める邪教により惨殺されたことがある。その時の無力感からか、誰かを守るという事に執着を見せる。ソンヴはその最たる対象だろう。サイトは、気が気では無かったはずである。
けれどもサイトは、私情を押し殺して、大局を見ようとした。
結局、彼の内心などお構い無しに、最後に爆弾を投じてしまったのはスクル自身である。今思えば、有効打を欲していたクドゥにより、上手いこと利用されてしまったと分かる。
けれども、とスクルは思う。
そこまで皆が口を揃えて絶賛するソンヴ・識は、今は居ないのだ。確かなのは行方不明であること、その死は確認されていないこと。もしかしたら、煌の奥深くで生き延びているかもしれないが、少なくとも今、ダウスにはいないと思われる。
レクトもそれは承知している。だからといって、認めることはできない。女一人いない、それで敵が攻めてくる、と心配していると口にはしずらいことだ。それなのに、そういう事態が起きるのではと、考えてしまう。認めているが、認めたくない。だからこそ、あの自嘲的な笑みとなったのではないか。
ソンヴ・識。一体、どれほどのものだろう、とスクルは思わずにいられない。
『考』でも評価は高いときく。三十を少し回ったばかりという年にしては過分なほどの評判だ。同じ道を探る者、先達や同輩の者達は、どう思っているのだろう。やはり、畏れを抱かせるほど超越しているのだろうか。
気になったスクルは、一度『考』の者に、ソンヴの話を聞いてみたいと思った。
伝手を辿り、『考』分でありながら『統』に関わる者を探した。最終的に、レクトに話をもちかけ、彼の部隊に随伴する『考』の者に渡りをつけることができた。
その者はすでに初老に達していた。『考』では華々しい業績を残せず、先が見えなくなっていた。他の分では年を経る毎に階級も上がるが、『考』では成した事がすべて。このまま終わってしまうのは嫌だと、彼は焦りを覚えた。『統』に助力することで一時的に昇格する制度を利用して、己の立ち位置を高めた。
ただし、『考』で身をたててきた者は、その大多数が戦闘においては無力である。提案した戦略が上手く機能している内はいいが、失策して、敵が迫ってきた時は為す術がない。己の命がかかった危険な賭けでもある。
その男は、幸い戦略を立てることに才があったようで、むしろ元から『統』を選ぶべきであったとさえ言われるほどであった。そうして生き残ることができた『考』の男は、ソンヴは実に例外的だと語った。
全くの畑違いの世界であり、役に立つのは己の知力のみ。四苦八苦して策を講じるのが大抵であるのだが、その中でソンヴは、いとも簡単に統の世界に馴染み、歴戦の統士を唸らる策を次々と生み出した。武器を振り回すことは無かったが、それでも戦場に立ち、表立って統士を指揮していたという。
単純に力で相手をねじ伏せる戦い、数がものを言うぶつかり合い、運が左右する戦場、はすでに時代遅れになりつつあると、ソンヴは言う。生え抜きの『統』の者が聞いたら激怒するだろうが、闘いの性質は変わっていく。そして、移り変わり行く先には、ソンヴのような多彩な才能が必要とされるだろう。ゆえに、上層であればあるほどソンヴの存在を認め、重視しているのだと男は言う。
とはいえソンヴの本分は『考』である。その才がいかに卓越しているか知りたいなのなら、彼女の本分である『考』の者に聞けば良い。彼女と競い合っていた者がいると、男は教えてくれた。
その女は、エヌイ・葵と言った。




