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星火燎原  作者: 更紗 悟
序章
8/117

手の内


     7

 

 サイトは、少年の言葉を受け入れ難く思った。こんな明るく広い場所で、ふいに目の前に現れた男が、瑗・ショウ・源、すなわち瑗真だというのだ。それも、綜の領土側から、こちらに向かって、だ。

 時間的にみて、サイト達を追い越して一時的に綜に入ったのではなく、相当前から綜にいた、と言う事になる。

「ショウ・源……? そんな、こんな所にいるはずがない」

 こちらの動揺に気付いたのか、男が立ち止まり、連れの者達も足を止めた。男は少年に向けて、鋭い目を向けていた。

 二つの集団がふいに止まったものだから、他の通行者たちは、騒動でも起きるのかと迷惑そうに立ち止まった。

 少年の言葉を裏付けるものを求めて、サイトは男を凝視した。

 彼の胸元にある身分を示す玉は、見慣れない色形をしていた。陽の光を閉じ込めたような、半透明な茶色をしている。それは、支・統・考、いずれの〈分〉に使われる輝石のどの色とも異なっている。

 しかも、通常ユトから上の〈階〉は、玉を囲む外輪の装飾によって判別できるようになっているのだが、この男が身につけている玉には、層を示す外輪がない。

 輪を用いず裏側で固定されているようだが、これはどうしたことだろうか。手製の偽物ではないかと思えてしまう。

「……成、迷うな」 と、リンズ・(ろう)が囁いた。何気ない振りを装いながらも、凝視する先を見て、サイトは彼の狙いを察した。

 瑗真本人か偽者か、そもそも少年の勘違いか。真偽はともかく、今ならその身柄を抑えることは不可能ではない。考えるのはとにかく身柄を確保してからでもいい、ということか。

 サイトは、無言で隊長と意志を通じ合わせ、行動に出ようとした。ところが、まるでその機先を挫くように、ショウの側にいた男がすっと前に出てきた。

 警戒する心が半分と、手ぶらでひ弱そうな男など、という心が半分。

 男は何も持っていないが、何故か、槍を構えるような姿勢を取った。厳しい表情で気合を溜めている。槍は見えないが、今にも突き出してきそうである。

 この男には、本当に特別な力があるのだろうか。伝説にある、物の素(ものそ)を自在に操るという組成士とでもいうのか? 彼らは何も無い中空から、自在に物を作り出す事が出来ると言うが、まさか―――。



 固唾を呑んで見守る中、リンズが我に返った。悪ふざけにしろ本物にせよ、先手を取られてはまずい。

 足を踏み出そうとした瞬間、男が動いた。あたかもその手には槍があるかのように、気合の声と共に腕を突き出した。しかし、実際にそこに槍は存在せず、幻の刃先がサイト達に突き刺さる事はない。

 拍子抜けしかけたが、その時異変が起きた。鈍い音と共に、何かが倒れる音がした。驚愕の声と、苦悶の声が続く。

 ―――後ろ。音の出所が背後の仲間にあると察して、サイトは振り向く。数人の仲間が倒れこんでおり、その背には大きな傷がある。その側には、血塗られた剣を持った者達が立っている。

 通りすがりの無関係な者達と思いこんでいたが、それは敵の扮装した姿だったのだ。

 勿論そうした事態を想定し、警戒はしていた。すれ違う際には注意を払っていた。だが、前方に気を取られている間、背後には気が回っていなかった。こっそりと武器を取り出していたのに気づかないほど、男の演技によって意識を奪われていた。

 数人が驚いて逃げていくが、それは本当の野次馬だったのだろう。あとは、淡々と包囲を完成させた事、身のこなし方からして、それなりの経験を積んだ統士だと思われた。

 後方を突破するのは難しい。ならばやはり、とサイトは前を向こうとした。

「やれやれ……。魚籠に入れられて、ようやく気付くとは……」 と、陰気に呟く声がした。その声の出所が、驚くほど間近にあったことで、サイトは凍りついた。

 後方を見ていた隙に、先ほど幻の槍捌きを演じた男が間を詰めていた。小さな小刀を手にして、リンズの側にいる。刃先は彼の喉元にピタリと当てられている。

「魚ですら、もう少し賢く察するものではないか?」

 リンズを始め、皆、声も無かった。

「あの御方が、ゲンカク様」

 サイトの背後でリェンが囁いた。

「ゲンカク?」 サイトは振り返る余裕もなく、ただその名を繰り返した。

「瑗随一の策士、カク・源様。そして、ゲンカク様が側に仕えるのは、ただ一人。瑗真、ショウ・源様」

 やはり、本物―――。しかも、完全に敵の術中に落ちている―――。



 驚きの目でゲンカクを見るが、当の本人はやる気を失っていた。

「つまらぬ」 そう言って、あっさりと小刀を下げ、リンズから離れていく。

 リンズが憤怒して、猛然と駆け出すまで少しの間があった。

「舐めるな!」 といった大声は、侮辱された事に対してではなく、己を鼓舞する意図があったのかもしれない。

「わが手の届く内に入るとは、愚かな!」

 頭に血が上ったリンズは、ショウ目掛けて突進していく。ゲンカクは、その動きを阻むでもなく、逆に、ひょいと後ろに下がった。

 リンズの部下達も、慌てて彼の後に続いた。サイトは、動けなかった。側にいた少年を護ろうと思ったわけではない。ふいに背筋に薄ら寒いものが伝った気がして、動き損ねていただけだ。

 悪寒を覚えた明確な理由は思いつかない。強いて言うならば、ゲンカクの顔が目に入ったからだ。

 彼は、残念そうな顔をしていた。主が危機にあるからか? 違う。彼の嘆かわしそうな眼はこちらに向けられている。自分達のしている事が、彼をがっかりさせている、という気がした。

 ショウまであと数歩、といった所までリンズは肉薄した。ショウは動こうともしなかった。恐れも不安も抱いていないようだ。

 腕に自信があるのか? この状況を、ショウ一人だけであしらえるとでもいうのか? それは幾らなんでも、慢心ではないか……。

 ―――ひとり?

 サイトは、悪寒の正体に気づいた。もう一人女がいたはずだ。あいつは、どこに行った?

 リンズの前を、何かが横切った。




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