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星火燎原  作者: 更紗 悟
第二章 【キジュラガル】
76/117

いる


     9


「静かに……」 といって、ライは警戒態勢に入る。視線を先に固定したまま、静かに身を潜めようとする。

「無事だったか」 ライの変化に気付かず、ラヅモはほっとして言う。

 少し先に、藪に囲まれ、開けた場所がある。その地面に、仮面を被った男が仰向けに寝ていた。

 その仮面は、視線を確保するために穴があけられている以外は淡白な、粗悪な木彫りのものだった。子供が遊ぶ際に使うものであり、とある化け物を模している。それはカサネと呼ばれ、記憶や知識などを喰らって生きるという。積み重ね層を為す事を尊ぶこの国の民の気質にとっては、忌避すべき性質をもつ化け物である。以前にも、オウ・青はこの仮面を被って戦場に現われたことがあった。

 離れて見ても、呼吸している事は確かだった。大きな傷も負ってはいないようだ。

「追われているのに気付いて、逃げ出したかな」 とラヅモは駆けつけようとする。ライと同じように、サイトはラヅモを留めた。

「罠、のような気がしないか?」

「そうか? 猿公が、落とし穴でも仕掛けているってか?」

「分からん。だがどうにも……」

「離せェ!」 と、大声が上がり、サイトはそちらに目を移した。

 カフだった。ライの静止を振り切ろうとしている。

「待て! 行くな!」

「セイ様、今……!」 カフには誰の声も届かないようで、必死だった。

 その時、近くの茂みから物音がして、何か大きな黒いものが飛び出て来た。機敏に身をかがめ、倒れている男の間近に降り立つ。その顔が、こちらを向く。

「ああ……!」 と、カフが小さく悲鳴をあげる。

 その顔は、人に似ているが、見慣れたものではない。頭は小さく、皺も多く、鼻から顎にかけて前に突き出ている。体全体が異様に毛深く、肌があまり見えない。爛々と光る目が、こちらを見据える。

「キジュラガル、かっ!」 と、サイトは剣を抜いた。ライ、ラヅモも同様に武器を構えた。

 ホォォォゥウウウ!

 その途端、獣が耳障りな奇声を上げた。さほどの音量ではないが、どうしてかその声色は非常に嫌悪感を抱かせる。吐きそうなくらい嫌な気分に、身を強張らせてしまう。

 その生き物は、力強い手で仮面の頭を掴んだ。そして、そのまま側面の茂みへと引き摺っていこうとする。

「何を、するっ!」 と、カフが怒号をあげる。そして、彼にしては珍しく、後先を省みずに突進していった。

 ライも雄叫びを上げ、その後に続いた。サイトは、何か引っ掛かるものを感じて即座には動けなかった。

「おい、サイト」 と、ラヅモが苛立って言う。

 獣は仮面の男を引き摺ったまま、茂みの中へと消えようとしている。わずかに、足先だけが見えている。カフが駆け寄ろうとする。

 その途端、違和感の正体に気付き、サイトの背筋に寒いものが走る。

()()()!」

 今、目の前の獣は仮面の男を引き摺っていた。だが、ここまで来る間、そうして地面を擦った跡はなかった。つまり、男一人を抱えられる力があるはず。それなのに、今はあんなに不安定な掴み方をしている。

 あるいは、()()()()()……! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……!

 サイトの叫びを聞き、ライが動きを止めようとする。急制動をかけるが、止まりきれない。

 カフはもう、止まる気もないようだ。茂みに消え去ろうとしている足へと手を伸ばした。

「カフ! 止めろ、それは――――」

 サイトが叫ぶ。だが、その声が届くよりも先に――――。

 茂みの中から、突然、数本の腕が突き出てきた。足元にのみ注意を払っていたカフは、全くの不意をつかれ、反応が遅れた。頭と肩、片腕をがっしりと掴まれてしまう。

「セイっ……」

 主の名を呼ぼうとしたのか、それとも、サイトに助けを求めようとしたのか。その言葉は途切れたまま、不明になった。

 ごぎん、と骨が折れる鈍い音。それぞれの腕に筋肉が隆起して、尋常では無いほどの力が込められた。音は数回続き、カフのか細い首も、あらぬ方向へと曲げられてしまう。

「カァァフ!」

 ライが叫び、助けに入ろうとする。だが、彼もまた、平静を失い、前へ出過ぎていた。

 両側面の茂みから、突如、尖った木の棒が突き出された。止まりかけていたので、辛うじて回避に成功したライだが、それが精一杯だった。体勢を崩してしまい、次に対応できそうにない。隙を逃がしてくれる相手ではなく、第二撃が飛んで来る。

 その時、突然、重低音の雄叫びが響いた。

 頭で考えるより先に、その声と付随して覚えた感情が体を支配する。それは、先ほど聞いたシデンの声とよく似ていた。襲われるのではという恐怖が、再び蘇った。

 ライに攻撃しかけていた獣もそれは同様であるらしく、慌てて茂みより飛び出してきた。必死にあたりを見渡し、隙だらけになっている。その甘さを逃がすライではなく、一人普段通りの動きを見せて、棒を叩き落す。

 一瞬硬直していたサイトを残し、()()()()()()()()()ラヅモもライの元へと辿り着く。

 竜巻のようなライの青龍刀に切り刻まれ、または、骨まで断つラヅモの重い一撃に粉砕され、獣達は撃退されていく。サイトが参戦しようとした時には、すでに猛者二人により、粗方叩きのめされていた。

 劣勢に陥り、ようやく我を取り戻したのか、獣達は巨体ながらも、周囲を飛び跳ね始める。動きの読めない不規則さに、ライの青龍刀は宙を切り、ラヅモの斧は敵に追いつかない。

 その只中に飛び込んだサイトは、細かい一撃を繰り返して獣を牽制する。軽やかに回避されるが、承知の上である。無作為と思わせて、次第に逃げ場の少ない箇所へ追い込んでいく。そして、獣が誘導されていた事に気付き、大きく跳ねようとした所で、サイトは何も無い中空に向かって剣を突き出した。獣は見事読み通りの動きをみせ、その切っ先に自ら飛び込むようにして剣に突き刺さった。

 最後の一匹が茂みから顔を出し、怒りの声をあげつつ、仮面の男に手をかけようとする。その額に向けて、サイトは剣を投げつけた。

「それだけは、絶対、させん」

 鬼のようにこわば強張らせた形相を緩めて、サイトはあたりを見回す。

 ギュギギギと、軋むような声をあげて、死にきれなかった数体が地に伏せている。それらに対して止めを刺しつつ、ライとラヅモは油断なく敵の生き残りがいないかと探っている。

 剣を回収する前に、サイトは仲間の様子を窺う。茂みに半分引き込まれていた仮面の男は、幸いにも無事だった。罠として用いるため、ただ気を失わせていただけに済んだのだろう。

 だが、カフはすでに事切れていた。自分の身に何が起こったか、おそらくは分かっていなかったと思われるが、その目だけは、主を心配そうに見ていた。

 開いたままの瞳を閉じさせ、サイトは静かに冥福を祈った。


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