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星火燎原  作者: 更紗 悟
第二章 【キジュラガル】
75/117

その後

 

     8


 シデンとの危険すぎる遭遇。死ぬか生きるか本当にギリギリだったとサイトは思うのだが、実物を見ていないライからすれば、伝説の獣を撃退したのだと思えるらしい。我が長は素晴らしいと、ライは感心の面持ちだった。危険度の差異が分からないカフは、とにかく引き攣った笑みを浮かべていた。

 ラヅモはあんな緊迫はもう御免だと言っているが、先ほどシデンがあげていた威嚇音の物真似を披露する。幼少の頃も、こうして獣の声色を再現しては、怖がらせようとしていたのをサイトは思い出す。思いの外よく真似できていて、汗がじわりと滲んだ。

 そちらはどうだと水を向けると、ライは一転して、暗い表情で答える。

「あちらで、このような物を見つけました」 そう言って、ライは手に握っていたものを差し出してきた。

 それは、切り落とされた枝だった。そこらに生えているものと同じで、ただ鋭利な刃物か何かでスパっといった真新しい切り口が窺えた。

「これらが落ちていた地面は、複数の足跡で乱れていました。靴跡は一人分で、後は裸足のものが幾つか。人のものか分かりませんが、血痕もわずかにありました。おそらくは……」

「近くまで来ていたあいつは、そこで何かに襲われた。抵抗しようとして、剣を振り回していた。結局、どちらの骸もない所をみると、見事撃退したか……」

 単に地元のものが鉈を振り回しただけの可能性もありますが、とライは言う。

 青い顔をしたカフが、「連れ去られた可能性もあるのでしょう? ならば、急いで追いかけて、助けに行かないと」 と甲高い声で喚く。

 どの可能性もありえた。うぅむと、サイトは唸った。

「ラヅモは、どう思う?」

「そうさな……」 と、ラヅモは顔中をしわくちゃにした。「捕まったな、こりゃあ」

「どうしてそう言いきれる?」

「真は一人きりだ。あの若僧が剣を振りまわした所で、脅威を感じてくれたとは思えん。少なくとも深手を負うまでは諦めないだろう。が、そこに目立った成果は残っていない、という。ならば、あっさりとやられて、連れ去られたのだろう」

「そんな……」 と、言い続けようとしたカフを制して、サイトは言う。

「よし。ならば、どちらへ行ったと思う?」

「分からん。手傷でも負ってくれていれば、血の後を追跡できるんだがな」 といって、ラヅモはライを見た。ライは首を振った。「後は、トンのように鼻が利く奴がいたら後を追えたかもしれんが」

「今から連れて来る時間はない」

「だとしたら、手分けして痕跡を探すしかないか」

「あの……」 と、ライが言う。「あまり確証はありませんが、考えがあります。襲われたのが先ほど、まだ時間がたっていないのだとすると、おそらくは、こちらに向かったのだと思います」

 ライは左方向を指差す。何故そう思うとラヅモが聞くと、シデンです、とライは言う。

「シデンは恐ろしい位に鼻が利くんです。真が襲われて間もないのならば、それはサイト様達の前にシデンが現れたのと同じころです。シデンは獲物を選びます。警戒すべきサイト様より先に、手負い、もしくは獲物を運んでいる猿を見つけたら、そちらを襲います。その方が楽でしょうから。けれども、シデンはそうしなかった。ということは……」

「なるほど」 と、サイトはあたりを見渡す。

「シデンがいたこのあたりには向かってきていない。そして、オウが登ってきた先にも行っていない。そちらを行けば、整備された道に出るからな。人の気配もある方は避けるだろう。で、後はこちらの―――」

 右方向を見る。同じように森は続いている。

「この先も、ずっと行けば折り返しの人道がある。そこを超えて先に進む可能性もあるだろうが、より楽なのは、左側、この奥か」

「獣の考えですから、巣に近い方に帰っただけという落ちはあり得ますが……」 とライは言う。

「だが今はそれに賭けるしかない。バラバラに散っても、獣の餌食になるだけだ」

 だな、とラヅモは同意を示した。カフは判断できずに、だが不満げにしている。

「行くぞ」 と、サイトは歩き出した。


  *


 もし方向を誤っていたら。取り返しのつかない事態になると内心では恐れていたが、幸い、それは杞憂に終わった。

「サイト様、あれを!」 とライが目聡く何かを見つけた。

 地面に落ちていたのは、何かの切れ端だった。拾ってみると、絹の繊維が千切れたものと分かる。しかも、わずかに血の跡が付いていた。

「青様……」

 それを見るなり、カフは顔色を変えた。どうやら見覚えがあるものであるらしく、彼は震え出した。サイトたちは皆で頷きあう。

 これまではサイトたちの後ろに隠れるようにしていたカフだが、急に積極的に先頭に立ちたがり、とにかく急ぎ出した。危ないから下がっていろとラヅモが嗜めるが、聞き入れなかった。

 誰に聞かせるでもないように、カフはぶつぶつと呟きながら足を止めない。それは、自分の主がいかに傑物であるか、自分を遇してくれたかという話だった。かなり誇張されてはいたが、カフがどれほど主に心頭していたと言う事はよく分かる。

「あっ……!」 と、カフが何かを見つけたようだ。大声で言い続けようとするが、その口をライが塞いだ。




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