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星火燎原  作者: 更紗 悟
第二章 【キジュラガル】
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独りではなく

 

     6


 ラヅモと共に行動していると、昔の感覚が蘇る。

 サイトは、武の名門成家の出であるが、長男ではなく、しかも異国の血が混ざっている為、家中での立ち位置は低かった。その事を敏感に察して反抗の兆しを見せ始めたサイトを、父親は遠ざけようとした。かつての戦友であるとはいえ、統分ではない『支』分のラヅモにサイトを預けた。

 ただし、ここには父親による複雑な感情があった。サイトは幼少の頃、樹木の素真クブ・トーを崇める祇官により、ダロル・シンに関わるもの、シントとなりうるであろう、と予言されていた。サイト当人はまるで信じず、父親も表面上笑い飛ばしていた。

 だが、後のシアントル・牧という友人による推測では、息子がとんでもない大事を起こすのではと、父親は恐れていたと言う。首尾よく四国を統一出来れば良いが、途中で倒れ果てれば、ただ全土に混乱をもたらすだけになる。また、オウ・青が暴君となった場合も、その悪事の加担をしたことになる。息子を大事に巻き込ませまいと、統分に関わることから遠ざけようとしていたのだという。

 心が尖りかけていたサイトには、育ちのよい者たちの中にいるのは辛かった。ダウスの傍にある、かつて都があったガーレに足を運ぶ事が多くなった。ここには名家の者は寄り付かない。住人の気性や独特な決まりを察して、それに順応してしまえば、変に格式ばった付き合いなど無いため、気楽でよかった。

 一時的にという条件で、ラヅモの元で暮らしていたサイトだが、むしろこちらの生活の方に馴染んでいった。

 ラヅモは実生活に役立つ事を知っていて、しかも、広く外の世界に通じていた。成家も遠征などで出向く為にと、周辺部族の知識は持たされたが、その情報は、体裁の良い、上澄みに近かった。ラヅモが教えてくれる事は、時には泥臭く思えるが、根本にある裏事情などが省かれておらず、色々と興味深かった。

 そうした生活の中、才知溢れる年上の女性と知り合い、憧れ、淡い恋心も抱いた。同じ年頃でありながら、生涯叶わないと認めた頭脳をもつ娘にも巡り合った。名家に属しながらも、下々の生活を好む独特の感性をもつ少年とも知り合った。

 禁忌とされる邪教により街が滅茶苦茶にされ、その挙句、大事な人を目の前で失うという悲劇にも遭遇した。

 サイトと同じように、亡くなった彼女を尊敬していたソンヴ・識は、魂が抜けたようになっていた。少女は長い間黙り込んだ後、もう止める、と零した。

 どういう意味かと、サイベルトが問うと、求めることは虚しい、と少女は呟いた。知識があっても、何にもならない。智は人を幸せにしない。人を知ろうと努力しても、こんなに無慈悲に裏切られる。

 学んだとして、何になる。精一杯頭に詰め込んだ所で、結局の所、役に立たないなんて。愚かの極みとは、ただ無邪気に知を望むことだ。

 涙を流さず、冷えた声で囁く少女を見て、サイトは震えた。

 か細い指に力を入れた拳から血が垂れてくる。その腕を振り上げようとして、それを防ごうと押さえつけていた。怒りに任せて力を振るいたくて、感情をどこかにぶつけたくて。

 でもそれをしてしまえば、本当に自分のこれまで積み上げてきたものを捨ててしまうのだと、それだけはしてはならないと闘っていた。幼いながらも、ここが分岐点なのだと悟り、けれどもこみ上げる感情を抑えきれず、苦しんでいた。

 そんな少女を見つめるサイトは、ある決心をした。ソンヴの前に立ち、

そして背を向けた。何の真似だと訝るソンヴに、サイトは言った。

「俺が守る」

 唐突な少年の言葉に、さすがの聡明な少女もきょとんとした。

「俺が闘う。好き勝手なんかさせない。この背にあるものを、俺は守って、闘う」

「サイト……」

「力は俺が振るう。だから、お前は、安心していい。好きにしていい。俺がいる限り、守ってみせるから」

 だから、お前は堪えなくていい、とサイトは言った。

 その言葉を聞き、ソンヴの頬に涙が伝った。それが自分の瞳から流れたものだと認識した途端、ソンヴの顔が崩れた。歳相応の、いや、それ以上にか弱い、女の子の顔になった。次から次へと流れる涙を、必死になって拭おうとした。

「いいんだ。好きなだけ泣いたら、いいんだ」

「馬鹿っ」 と言って、ソンヴはサイトの背を叩いた。「アンタだって、泣いているじゃない」

 ソンヴの指摘通り、少年の頬にも涙があった。うっ、と呻いて、少年もまた涙が止まらなくなった。二人はそのまま、涙が枯れるまで泣き続けた。



 それから数年、サイトは己を鍛えることに専念した。すぐに並大抵の成人なら負かせるほどの腕前になっていた。

 綜随一の武の家系である成家には、特殊な技術が代々伝えられている。父親と距離を取ることを選んだサイトには、その技は直接伝えられなかった。だが、血の成せる業なのか、時折不思議な感覚が己の内側に沸いてくることもあった。

 けれども、サイトは生まれに頼る事を嫌った。正規軍に入り、功績を為し、出世をしていくという生き方は考えられなかった。はみ出し者のやり方で、自分らしく、闘ってやると決めていた。

 折角の武の才がありながら、持て余していた事を案じたラヅモは、リンズ・楼という人物をサイトに引き合わせた。政の裏の仕事を請け負う彼の元で経験を積み、サイトは成長していった。そして、特務部隊員として初の実戦投入が、瑗に人質として遣わされていたオウ・青の奪還だった。先の綜真が、瑗への宣戦に先んじて、息子を取り戻そうと画策してのことだった。

 サイトはこの任務に成功して、後に綜真となるオウ・青を守った英雄として評されるが、実際は散々たるものだった。サイトの失敗により、作戦は明るみに出て、慕っていた先輩を目の前で失った。綜まで逃れてくる過程で、仲間たちのほとんどは討たれ、リンズすらも命を落とした。

 その時サイトたちの目の前に現われたのが、瑗真、ショウ・源だった。彼に促され、オウは自らの願いを語った。それが、〈ダロル・シン〉となるという大願で、それを聞いたゲンショウは、何故かオウ・青を見逃してくれた。

 帰還した後は、功績を評価され、真穿という新設部隊の長という立場を与えられた。仲間を多く失った経験から、少しでも命を救いたいという思いで闘うようになっていた。

 時折、重責に押し潰されそうになるが、幼いときからの付き合いであるソンヴと他愛のない話をしたり、ラヅモの元で支分の仕事をしたりして、気を晴らしていた。

 今回、これから起こる事を思えば不安で堪らない。内心隠してはいるが、平静を保つのも容易ではない。そうした中、昔を思い起こさせてくれるラヅモの存在は、実にありがたかった。



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