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星火燎原  作者: 更紗 悟
第二章 【キジュラガル】
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震える

 

      5


 地面が震えている。己の足が弱ったのかと、まずはそう錯覚した。すぐに思い直す。違う。これは、とてつもなく重いものが、大地にぶち当たり、その揺るぎが伝わって来ているのだ。

 ライ・(けい)が袖を引く。彼は無言で、物陰を指している。サイトは頷いた。森へ同行してきたラヅモとカフも、同じように身を隠した。

 ライはユト級の部下である。育ちは異なるが生まれは煌であり、これまでもその経験と知識が役立つことがあった。その森には慣れているであろう彼ですら、この深い森の中にあってはさすがに緊張の面持ちだった。

 これについても、綜に移り住んだ親から聞き及んではいたが、実物を見るのは初めてであるようだ。責任感の強い性格なのか、サイトの前では取り乱さず、平然としてみえる。今のところここで遭遇した獣への対処は問題なく、ライが付いてきてくれて助かったとサイトは思っていた。

 ずぅぅん、と物音がさらに大きくなる。音と揺れだけで、とてつもない重さを持ったものがいると感じられる。

 それが近付いて来る。

 今だけ、遠くに感じられるのではない。明らかに、こちらに近付いて来ている。何か抗い難いものが、迫ってきている。

「ひ……」

 嗚咽のような小さな悲鳴が漏れた。口に手を当てて震えているのはカフだ。

 命がけでも構わないからオウ・青を迎えに行くのだと強引に付いてきた。ただ、やはり肝が小さい。取り乱し騒いだり、狂乱し、こんなところで金切り声でもあげたりされたら、どんな事態になるか分からない。役に立たないまでも、危険を引き込んでくれるなよとサイトは念じていた。

 視界の端から、巨大な岩が転がりこんできた、ように思えた。それは大地と衝突して、周囲を揺らす。その勢いと巨大さでは、めり込んでもう動かないだろう、そう思えた。ところが、その岩のようなものは微かに揺れたあと、再び動き出した。斜め上方に向かって、持ち上がっていく。

 木々に隠れて見えないが、それは何かの足のようだった。

「嘘だろ……」と、サイトは呟いた。

 自分より背丈のある生き物を見た事は幾度もある。見下ろされることは、無意識に不安を掻き立てるものだ。

 この目にしたことがなくても、世界には無数の生き物がいると承知している。それらに対して、おそらくはこの程度で、こうすれば攻略できるだろうと、想像していたつもりだった。その感覚は正しく、実際に目にしても、想像と大きく外れていたことはなかった。

 だが、このとてつもなく巨大な獣はサイトに大きな衝撃を与えた。果たして生き物なのだろうかとさえ疑った。現実に、目の前を悠々と行き過ぎる姿を見ても、信じられない思いだった。

「ふはっ。こいつは、すげぇな」 と、ラヅモは愉快そうに言う。

 この騒々しさでは、多少人が騒いでも気付かれないだろうと思えた。サイトも応えて言う。

「まったくだ。どうやら、我らなど歯牙にもかけないみたいだが、あれが、こちらに向かってきたらと思うとぞっとする」

「そうだな。だが、あれは恐らく、そうそう暴れはしないはずだぞ」

「ラヅモは、初めてではないのか」

「おお。ワシは昔、河津の港で見た事がある。その見世物小屋、というか広場で見たのは、これよりずっと小さいやつだったがな。年老いてほとんど動かなかった」

 呆れて見ているうちに、その獣の行く手を倒木が遮った。かなりの厚みがあり、まだ枯れ果ててもいない。切れ目を入れた様子もないのに、どうして倒れているのだろうと不思議に思っていた。どれほどの達人でも一刀両断にはできない。樵が斧を入れて、何度も叩かねばどうにもならないだろう。

 ところが、そいつがその倒木に無頓着に足をかけた瞬間、ミシミシと音がする。幹の部分を、細い枝のように、軽々とへし折ってしまった。

「なんでも、西の果てじゃあ、あれに乗って戦を行なう部族もいるという話だったぞ」 と、ラヅモは言う。

「俺が見たのは成獣だったはずだが、これはその倍ほどもある。牙もあるし、気性も荒い方かもしれない。これはもう、別種の生き物か、上位の存在かもしれんが……」

「そうだと、俺も思いますよ」 とライは言う。「小さい奴ですら、踏みつければ人の体などでは耐え切れない。襲われたらお終いだ。人がどうこうできるものとは思えない」

 カフが何度も何度も頷いた。声は出ない様だった。

 サイトも頷いて言う。

「そうだな。気紛れにでも向きを変えられたら大事だ。あっという間に干物みたいにされてしまう」

 幸いなことに、気まぐれを起こすことなく、巨獣は歩み去っていった。後には、地面が窪み、分厚い幹が折れ曲がっている。ずっと奥から、そうして続いている。

 活発に動き回られたら、いくら広大な森とはいえ、平地に変えてしまうことだろう。そうならないのは、基本的にそう動かない習性なのか、個体数が極めて少ないか、だろう。

 歩いた痕を見ていると、サイトはふと思いついた。もしかしたら、煌の道が割りと均されているのは、この動物の力を借りているのかもしれないと、サイトは思った。どう飼い慣らすのかは思いつかないが、あいつを上手く導けば、そんなに人数がいなくても道を均すことができそうだ。

 人が飼い慣らせるものなら、の話だが。


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