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星火燎原  作者: 更紗 悟
第二章 【キジュラガル】
71/117

愚挙

 

      4


 ムネリを出て数日。ここからツークスに到るまでは、さらに進軍が遅れるだろうとサンノジは言った。

 先頭の進み具合が目立って低下し始めた頃、後発していた補給のための部隊が、最後尾に追い付こうとしていた。本来は所定の合流点です落ち合うはずであった。

 ところが、合流まであと少しという所で、道の端が崩れ、補給部隊は足止めを喰らってしまった。通行不可能という訳ではないが、荷車が通れるように補修するには、どうしても時間がかかりそうだった。

 道は少し行った所で折れ曲がっていた。問題の箇所まで行かずとも、途中で道を外れれば、部隊の最後尾に出られそうであった。そうすればすぐに合流できるのだが、その短縮行動は取れない。そこには暗い森が横たわっているからだ。森を抜けて近道をすれば早いが、それは禁じられている。

 落下の被害を出さないように、慎重に人力で荷を運んでいたのでだいぶ動きが遅くなっていた。その補給部隊がシンバンに襲撃された。

 補給は遠征部隊の生命線である。サイトはその護衛に力を注ぐ事を厭わず多くの護衛を付けていたため、自力で撃退することができた。被害もさほど出なかった。

 襲撃と迎撃の報せは、それほど間を置かず本隊へと伝えられた。

 それとは別に、最初の襲撃の時よりも緊迫感のある報せがサイトの元にやって来た。その者は酷く焦っていた。襲撃された直後、一時的に部隊は混乱した。その間に、森へと入り込んでしまった者が出たというのである。

 本隊の動きも鈍り、予定の合流地点よりも近い所にいる。道が通りにくくなったが、少し森を抜ければ追い付けるのである。この微妙な距離が焦りを産み、判断を狂わせたのだろう。

 ただし、森に踏み入るなと厳命を下してある。すでに被害も出ると立証されている。それなのに、禁を犯した者達が出た。通常なら、さすがのサイトも呆れ、救助を躊躇っただろう。

 だが、その報を伝えてきた者が誰であるかを知り、サイトは顔色を変えた。

()()()()()()()()()()()――――」

 血走った眼をしているカフは、そもそも統士ではない。彼はある人物の護衛官である。綜における()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だった。それなのに、カフがここにいて、我を失って、危機を訴えている。ということは――――。

「おい、カフ。さすがに、それはないよな―――」

 カフはよほど焦っているのか、何でもいいから早く行ってくれ、と繰り返した。最悪の予想通りであると分かり、サイトは思わず空を見上げた。

「人の事を身勝手と言っていたのは、どこのどいつだよ……」

 サイトのそばへ、ドウゴが険しい顔をして寄って来る。ドウゴが警告を発する前に、サイトは先んじて言った。

「ああ、分かっている。分かっているさ」

「なりませんよ」と、ドウゴは念を押すように言う。

「あぁ。……分かっているが、彼は……。彼だけは、失うわけにはいかない」

 サイトは、ラヅモを呼べと命じた。

 森へ入るつもりだと察し、ドウゴがさらに詰め寄ってくる。

「あなたはここでもっとも大事なこと、尊重すべきことが何か、分かっていない」

 睨み付けてくるドウゴに対して、サイトはまっすぐ見返した。

「そうだな。大隊長としては、その判断が正しいのだろう。だが、()()、行かなくてはならない。彼を死なす訳にはいかないんだ」

 ドウゴは眉をひそめ、サイトを睨む。

「お前を慕う者達を捨てていくのか? 同じ綜統国の中にあって、真穿は孤立しているのだろうが。中央の事情に疎い俺でも分かっている。お前がいなくなった真穿を、バシーやゴウトクは助けてくれないぞ。むしろ政敵の排除にかかるだろう。俺達も同じだ、キョウ以外の者を積極的に庇う理由なんてない。それでも、部下達を放って行くというのか?」

 見縊ってくれるな、とサイトは強い口調で言った。ドウゴは疑わしげな眼つきで見返した。

「確かに、俺達は妬まれ、疎まれて来た。支えとなってくれるものが年若き真だけというなら、とっくに潰されている。だが、俺達は生き延びて来た。それは、俺の器量だけによるものではない。真穿全員の、高い武力と結束力があったからだ。俺がいなくなればその影響はでる。多少は混乱するだろうが、それで何も出来なくなる訳じゃない。新たな中心を見出し、集い、動き始めるだろう。―――だが、彼は。彼だけは違う。彼を失えば、真穿は存在できない」

「おかしいな。大隊長であるお前を欠いても生き残れるとするものが、一人を失えば存在できないだと……? そんな者が……。いや、それは、もしかして……」

 途中で思いついた事があるのか、酷く不安げになったドウゴに、サイトは頷く。

「そうだ。綜真、オウ・青本人だ。無謀にも追い掛けて来ていたらしい」

「なんと愚かな……」 と、ドウゴは絶句する。サイトも部下の前でなければ、同じように悪態を付きたい気分だった。

 綜真という唯一無二の立場にありながら、オウ・青が何が起こるか分からない戦上に立ったことがこれまでにもあった。

 木製の奇妙な柄の仮面で顔を隠して、正体がばれないつもりらしいが、命の危険にある事には変わりがない。再三諌めたが、部下が命をかけているのに、自分だけがのうのうと待っていられないと、聞き入れない。そうして自らも戦場に立った真は歴史上何人もいたと反論してきた。

 確かに、真が戦場に赴いてくることは珍しいことではない。卓越した武力を主たる魅力として真となった者は、その後も先陣を切って闘うことがあった。河津の歴代真は、勇猛果敢ぶりで名を知らしめ、頂上に立つようになった者が多い。

 ところが、オウ・青には、誇れるほどの武の才はない。その都度死地に追い込まれてきたので、オウ・青が戦場に現れたと知る度に、サイトは生きた心地がしなくなる。

 とにかく今はオウ・青の身柄を確保することが先決だと、サイトは決断した。

「俺は行く。連れていくのは生きて戻れる技量のある者だけだ」

「お前とて、無理かもしれんぞ」

「かもな。……だが、俺は誓ったんだ。あいつを守るってな」

 不思議なものを見るような目でいたが、ドウゴはなおも何か言おうとする。

「しつこいな。俺がいなくても、リェンという者がいる。彼がいれば、真穿は何とか動ける。バシーが何を仕出かすか不安だが、実際に隊を把握しているのはゴウトクだ。彼ならば、そう無茶なことはさせまいよ」

「そうじゃない。森に入らなくてはならない理由は分かった。好きにすればいい。だが、これだけは守ってくれ」

「何だ?」

 ()()()、とドウゴは真剣な顔で言う。

「キジュラガルを殺すな。奴らに手をかけたらお終いだ。お前たちだけじゃない。ここにいる全員の命が脅かされる」

「それは、難しい注文だな」

「森に入ることが、すでに死にに行くようなものだ。同じ死ぬなら、残る皆に面倒を残すな」

 やるだけやってみるだけだと、サイトは頷いた。





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