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星火燎原  作者: 更紗 悟
第二章 【キジュラガル】
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魔所

     第二章 【キジュラガル】


     1


 タン・アデオを過ぎた後、ここから先は魔所となる、森には入ってはならないと、サンノジはより強く主張した。

 平地出身の者が多い真穿は、ノジやキョウ達が主張する森の脅威を低く見ていた。確かに平地に比べ、周囲の環境が変わっている。明らかに見慣れた動物の数が減っている。時折森の中より、聞き覚えのない奇怪な音が聞こえてくるが、それでも、たかが獣ではないか。これだけ武装した集団の中にあって何を恐れるものか、と。そう軽く見積もる傾向は、一般の統士だけの話ではなかった。

 ノジとドウゴの必死の主張を直接耳にしていた、真穿隊長格ですら、場慣れした者の話を素直に聞けない者達がいた。


 そうして進む内に、襲撃を受けるようになった。

 サンノジによると、彼らはシンバンと呼ばれる存在で、煌の森守にあたる。極少数の精鋭であり、姿を現しての正々堂々とした戦いを望まず、進行を阻害してくるという。

 行軍の中ほど、後方と、予想の裏を突いて、突如として森から攻撃を仕掛けて来た。こちらに対して少しでも損害を与えると、調子に乗ることなく、速やかに森へと戻っていく。体制を整え、追撃しようとしても手遅れ、という追いかけ合いが続く。

 時には、予備の武器を破壊、または盗んでいく事もあった。風が吹き抜けるように一瞬の攻防であるか、または夜間の襲撃が主である。敵の姿をはっきり見た者はいない。ただ煌の言語を少し解する者によると、生かして帰さないぞという意味の言葉を残して去っているらしい。

 追いかけて、とにかくシンバンの数を減らさないと埒があかない。その度立ち止まっていては行軍もままならない。

 ところが、綜の者が森へ踏み入ることは危険だというサンノジの縛りがある。苛立った綜の統士の中には、彼は所詮煌の者、同族意識が働いて、彼らを守るためにありもしない禁をでっち上げているのではないか、という疑いまで生じるようになった。


 ある日、新任十獅の一人、サヨウ・(えき)は、森を突っ切って登れば、行程を短縮できるのにと、苛立ちを爆発させた。そして、密かに小隊を連れて、森へと足を踏み入れた。

 山での仕来りに従うことに不満を持っていたのはサヨウだけではない。彼の隊の側にいた他の隊長格ですら、彼の独断を黙認した。安全を確認してもらえるのなら、堂々と作戦の変更を申告できると算段していた為であった。

 サイトがこの無謀を知ったのは、いつまでたっても彼らが戻ってこなくなり、現場が騒然としていた頃であった。駆けつける途中で、サヨウが帰還したと訊き、サイトは強く叱責するつもりでいた。

 だが、戻ってきたのは、サヨウと、深い傷を負った彼の部下一名のみであった。サヨウはまた、よほど恐ろしい目にあったのか、見苦しく取り乱していた。



 狂乱が落ち着いてきたのか、サヨウの震えが収まってきた。

「大丈夫か」 と、頬に手をやりながら、トン・(はん)が言う。

「あ、あああ……。ああ……」

「サヨウ・役。ここは安全だ。気を落ち着かせろ」

 トンは穏やかな口調で話す。戦場での破れかぶれの裏返った声をあげている姿よりも、こうして人の話を聞き、宥める役でいる方がしっくりくる。

 穏やかなトンの語りかけが良かったのか、ようやくして、問答ができる位には、サヨウの正気が戻ってきた。

「……す、すまない。俺は、俺は……。うっ……」

 張っていた気が緩んだ所為か、意識の端に追いやっていた傷の痛みを思い出したようだ。体全体に裂傷と刺し傷、手足の一部は腫れあがり、骨が砕けているかもしれない。よほどの大物に襲われたように見える。

「まずはその傷、治さないとな」 と安心したトンは、癒施を呼ぼうとする。

「待て、その前に聞いておきたいことがある」 と、セグ・()が割って入った。「これだけは急いで答えてもらうぞ」

 彼は普段は腰が低いが、相手を格下とみなすと態度が変わる悪癖がある。真穿結成時はもっと控え目な男だったが、立場の向上に伴い性格が変化してきた。最近ではサイトの指示ですら、快く思っていないということが透けて見えてきている。

 ちなみに、サヨウが禁止されていた森へ踏み入れたとき、セグとトンは近くにいて、黙認している。後ほどサイトに知られ、叱責を受けることになる。

 サヨウはセグの物言いには動じず、焦点の定まらぬ目で見返してくるのみだった。

「他の者達はどうした?」

「おれ、は……」 サヨウの瞳がまた急速に落ち着きを無くしていく。震えが細かく、頻繁になっていく。

 チッとセグは舌打ちした。「死んだ、殺されたとは言わない。だがいない。お前、部下を見捨ててきたな」

「だ、だって……、仕方がないじゃないか。あんなことになっては……」

「何があった? 森で、何を見た? サヨウ、答えろ」

「森……! そうだ、森の中で、ああ……! ()()()!」

 サヨウの眼は、森から抜け出てきた場所に向けられていた。再び震えが全身に及ぶ大きなものとなり、サヨウの正気が損なわれていく。

 逃げようと体を動かすが、上手く行かない。太腿のところに、尖った木片が刺さっているせいだ。慌てて転ぶか何かして、足に刺ささってしまい、機動力を失ったのかと、サイトは痛ましく思った。

「み、見ている。あれが、み……。いや、()()()()()

「あれ、だと?」

 サヨウが指で示す先を見るが、そこには一見何もない。

 その時、突如として、絶叫が聞こえてきた。命のやり取りに慣れている統士達にとっても、背筋にぞっと冷たいものが走る、戦慄の叫びだった。

「おい、今のは……」

 辺りを確認する。尾を引く悲鳴は、次第にか細くなっていく。その出所は、背後の森の奥からだった。サヨウの部下はまだ生きているが、虫の息となりつつあるのだろう。

「こっちか……?」 リェンが首を捻る。その方向は、サヨウ達が転がり出てきた所から大分離れていた。最初にサヨウ達が向かったと伝えられた方角でもある。

「どうやら、森から出るのに必死だったようですね。部下達が生きているかどうか、置き去りにしても構わないと思うほどに、ね」 と、リェンが低い声で言う。

「行くぞ、リェン」 と、サイトが先陣切って動き出した。

 武器を取り、森へ入っていこうとする。だが、天然の障壁に阻まれ、悲鳴の聞こえた奥へ進んで行けそうにない。苛立つその背に向かって、冷めた声がかけられた。

「――――貴方まで、禁を破る気ですか」

 振り返ると、そこにはドウゴが立っていた。出身が違うとはいえ、今は同じ戦友だ。それなのに、その窮地に対して意に介していない様子だった。

「まだ生きている。間に合うかもしれない」

「いいえ。もう、手遅れです」

 冷たく言い切るドウゴに、サイトは顔を顰める。綜に属するとはいえ、彼らキョウは山に少なからず縁を持つ。やはり相容れないのかと、拒絶の感情が染み出てくる。所詮はキョウ、あちら側の人間か。彼らが使う侮蔑を含んだ言葉であるが、思わず口にしてしまいたくなる。

 だが、今は――――と、サイトは首を振って不快な感情を振り払う。

「生きているんだ、まだ今なら」

「そう。まだ今は、ね。でも、森に慣れた煌の者ならともかく、ワグンでは進むことすらままならない。辿り着けたとして、もう手遅れです」

「……」

「何故入らなかったのかと、後々悔やむことでしょう。ですが、今貴方がするべきことはただ一つ。()()()。これが今、私が貴方に言える最適の助言なのです」

「それは……」

 平坦に思えていたドウゴの顔を再び見る。蔑まれたものが仕返しに見せる、勝ち誇った顔は、そこにはなかった。深く苦い思いに苛まれ、己の不甲斐なさを悔いる指揮官の顔に思えた。

「ドウゴ……?」

 何か深い後悔を抱えている。そんな彼が真剣な顔で止めようとしている。

「他のことなら、挽回は利くかも知れない。だがここは、この地は、そうした選択は、死の選択と同義なのです」

 ここは私を信じてくださいと、ドウゴは結ぶ。

「……解った。お前の意見を尊重しよう」

 そう頷き、サイトは森に背を向ける。

「サイト様、しかし……」 と、セグが不満を顔に表した。

「準備が整い次第、出発だ!」 感情を殺した声で、サイトは全体に号した。セグも不承不承といった体だが、命には逆らわなかった。

 煮え切らない思いを抱えるも、皆はその言葉に従い、のろのろと動き出す。

 サイトの大声に反するように、奇怪な雄叫びが上がった。人間のものには思えず、見知ったどの獣とも異なる、嫌悪を呼び起こす声だった。



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