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星火燎原  作者: 更紗 悟
第二部 第一章 【地に潜む雷】
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真弟

 

      7


 スクルの話は尽きない。すでに何度目かになるクドゥへの疑惑を繰り返すスクルに対して、ジエルはちょっと引っ掛かるんだが、と口を挟んだ。

「何故、クドゥをそうまでして敵視する? 何か根拠があるのか?」

 突っ込まれて、スクルは、その理由を頭に思い浮かべる。言葉よりもまず、威圧的な話し方とか、あの片方のみの細い険悪な目とか、生理的に厭う面が浮かび上がってくる。

 他には、とスクルは列挙する。真穿はオウ・青が即位した際、己の手足として動かせるよう編成した特殊部隊であり、クドゥはそれを快く思わず、隙あらば潰してやろうと絡んでくること。

 若い真への敬意がなく、ややもすれば不遜とも取れる立場で口出ししてくること。元河津の出身であり、その故郷の町は衰退していること。禁教であるバトウの存在をさほど強く否定しないこと、など。

 さらには、開戦を強固に主張していたこと。まるで今動かないと、国益ではなく、自分にとって良くないと言っているように聞こえたと、スクルは付け加えた。

 ――――それにどうにも最近、誰かに見られている気もすると、スクルは言う。

 見張られているのか、その姿を見たのかと、ジエルは真剣な顔になる。

「いや、見てはいないが……。そんな気がするんだ」 とスクルは自信無さそうに言う。

「何だ。お前の自意識が過剰なだけじゃねぇのか」 と、ジエルは呆れて言う。むっとしたスクルが反論する前に、だが俺も気になる所がある、とジエルは続ける。

「一番気になるのは、何故ああも急いで開戦へと持っていったか、だな」

 思っていたものと違う切り口に、スクルは首を傾げる。

「そこかな? 一番問題なのは、彼が元河津の出という点では? いくら今は綜に仕えているとはいえ、故郷を良いようにされて、何も思わずにいられないはず。これを機に綜に対して反旗を……」

「いやいや。単純過ぎるだろ。それに、元、はこれからは意味がない。そんな事を言ってりゃあ、併合する度に身内に敵を作ることになる」

 それは、そうだけど、とスクルは不満げに頷く。良いか、先まで見てみろよ、とジエルは語る。

 庇護者の異なるもの同士のぶつかり合いの後、その拠り所のシンレイをどうするかは、勝者の勝手となる。そこらの小粒の部族同士ならば、徹底的に略取することが多い。戦で疲弊した自らを補填し、後の争いの種を潰すためだ。

 河津を下した際、主要な街のシンレイを片端から抜いておくべきだという意見は確かに多かった。従来、河津に屈服してきた時は、せっかく育った綜の街がいくつも刈り取られている。ならば、同じように河津の町を奪うのは、当然の流れだという。

 オウ・青は、その意見を一蹴した。数箇所をのぞいて、極力シンレイを抜かなかった。しかも、河津の主モウ・牙も自らの臣下にしようとした。

 ある程度利用価値のある街を叩き壊してばかりでは国全体が一向に成長しない。より高みの立ち位置を目指すならば、今の形を許容して吸収していかなければならない。

 ただ河津を負かすだけでなく、さらに煌、瑗を、と視野に入れているなら、河津の戦力を放置する手はない。オウ・青は、その勢力を損なわず取り入れようとした。

「オウ・青様が寛大で、視野が大きい方だというのは、分かるけど……。しかし、それでも素直に従えるものかな」 と、消化不良といった面持ちでスクルは言う。

 そこは主の器量が問われるところだな、とジエルは頷く。「一方的に押し込み、奪い、それで従えと言われてもそうはいかない。オウ様は、河津を滅茶苦茶にした訳じゃない。比較的穏やかに事を収めようとした。まあ、それでも不満をもつ者は出た。河津の一部で、まだ残り火が燻っているそうだな」

「トオワ様とクウー様たちが火消しを終えたところだ」

「もう終わったのか。では、ここに戻ってくるのか?」

「いや。トオワ様は数日後には帰還するが、クウー様は次の獲物を求めて山に向かった」

「そうか。思ったより反抗が小さかったということかな。それもおそらく、元、への拘りを小さくした成果だと思うぞ。それでも、こうした対応は必要で、内に気を使う状況であったことは確かだ。それなのに、外へ、山へと急ぎ出ようとした、その焦りの方が怪しく思える」

「ああ、それで」

「河津の地均しをしている最中にあって、それでも山へと急いだその理由。それが単にハライ・コウを厭い、窮する民を救おうとしてのことなのか。それとも……」

 それとも、統士達が遠征に出ており、特に綜真の手駒である真穿の戦力が分けられている時を狙って、何かを起こす気では―――? とスクルは思った。

 たがそれを、果たしてクドゥの派閥だけで成しうるものか。さすがにそこまでの独占には至っていないと思える。

 他にも、同心する勢力があるのだろうか……。

 スクルは考えながら、ぼんやりとジエルの顔を見る。

 いや、まさかな――――。

 はっきりとオウ・青と対立している勢力ではないが、スクルは気になる一派がある。

 オウ・青には弟がいる。その名を、オウル・青という。

 彼は幼少の頃から病弱であり、表舞台に立つことが無かった。長じるにつれ、健康を取り戻しつつあっても、彼の元に光は差さなかった。父はターレイル大決戦の間に崩御した。その後釜として、真に推挙されていたのは兄オウ・青であり、比較的素直にその着任は受け入れられた。

 オウルを盛り立てるには、不安が多すぎた。いつ倒れるか分からない病を抱え、人格的にも問題があると噂されていたからだ。

 それでも真弟(しんてい)オウルを支え、引き上げようとした者たちがいる。その多くは新興の小規模勢力ばかりで、支援できる余力は長く続かず、オウルに見切りをつけて他へと移っていった。とはいえ、夢見がちな者にとっては、彼という存在を見てみぬ振りはできないようで、後ろ盾を買って出る者達が絶えることはない。

 今では、河津出身の預言者・ラシュール・(どう)、瑗より亡命してきた統士・オデア・()、政治の面ではルガフ・(かん)と、中々の曲者がオウルの傍にいる。

 この真弟を支える一派に、実はジエルが所属している。丁重に迎え入れられ彼は喜んでいたのだが、その親友を見て、スクルは不思議に思っていた。

 一般的には、真弟はさほど期待されていない。容姿が酷似しているというが、兄のような特別な徴と取れるものはない。浮き沈みが激しい政界にあって、誰の目にも存在感の確かな大地ではなく、海面に辛うじて顔を出している小さな岩のようなものだと軽視されていた。

 そんな小さな所帯に仕えることは、いくら部隊を任されるとはいえ、果たして誇るべきことかと、スクルには疑問だった。

 ただ、さすがのスクルも、そうした蔑視は、友情を崩壊させるものだと弁えているので、口に出していなかった。


     *


 親友の主についてはなるべく触れずに避けてきたのだが、どうしても意識してしまう。

 オウルは間違いなく前真の息子、次の真の候補でもあった。申し分のない条件であったのなら問題はないが、身体面での不安は無視できない。結局、真を継いだのは兄のオウだった。

 これは、オウルの目からすれば、ぽっと出てきて、権力の階段を駆け上がっていった、とも受け取れる。

 条件が近ければ近いほど、その悔しさは返って増すものである。他の候補に奪われた時はそこまで悔しくないだろうが、この場合はより屈辱的に思えたか、恨み言を漏らしていたという噂もあった。

 表にほとんど出る事がなかったオウルだが、兄の即位後、信じられないほどの回復力を見せ、今はかなり体調は良いらしい。

 気になるのは、彼をそこまで奮い立たせたものは何かということだ。兄を思ってのことならよいが、妬み、或いは、恨み、であった場合はどうなのか。ゆえに、真弟は隙あらば反乱を企てているのだと、危険視している者もいる。

 それはないな、とスクルは思っている。

 真弟への警戒はあるが、真弟を擁護する者達はまだまだ小粒すぎる。密かに力を蓄えていたとしても、精々が真穿と同程度の規模。正規軍を相手取るにはまだまだ弱い。

 オウルが上層部の誰それと会っていた所を目撃したという噂も多々あった。その中に、最近ソンヴ・識とオウルが密談していたというものがある。ソンヴは現在行方不明になっており、ダウスにいるはずもないのに、である。それなのに、こうした話が最もらしく吹聴されている所からして、オウルの暗躍説はまず無いだろうなとスクルは捉えている。

 何よりも、オウル自身が、オウへの追従を表明している。大人たちの間に割り込みんで、我が道を行き、しかも自分にまで光を分けてくれたオウに、深い尊敬の念を抱いている。流れる血は同じで、それをすべて失わない限りこの思いは変わらないと、オウルは公言している。

 このオウルが兄思いだという話は、ジエルから幾度も聞かされている。この件に関して、スクルが真剣には考えられなくなるほどに。

「ん? どうした? 喋るだけ喋って、もう満足したか?」 からかうような口調でいって、ジエルは微笑む。

 ――――やっぱり、ないよな。

 もし真弟が行動を目論んでいるのならば、ジエルもその手先として動いているはず。すると、スクルに対しても大きな嘘をついていることになる。

 親友を良く知るスクルにとっては、彼がそうした腹芸ができない人物だと信じきっている。だから心配することはないのだと、スクルは自分に言い聞かせていた。


 ふいに黙り込み、長々と思考に耽っていたスクル。あらぬ方向に意識は飛び、そもそも自宅で親友と過ごしている。ここではさほど気を張っていられない。

 だから、彼は知らない。

 彼らのすぐ近く、物陰にウカイルがいたことなど、気付くはずがなかった。


 

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