煌の真
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スクルの親友、ジエル・征は、今では所属する隊も仕える主も異なるが、見習時代から続く仲で、同じシト級だ。
何かと口が動き、色々と話したくなるスクルと、必要がないと喋りたがらないジエルは、相性が良かった。小柄で非力であったジエルと、背だけは早く伸びて、腕の長さの利を得ていたスクルは、ちょうど腕前も拮抗していた。共に部隊長への道を目指し、切磋琢磨してきた。
実戦部隊に編入される際、二人は別々の道へ進んだ。スクルは新設の真穿に夢を見て飛び込み、ジエルは着実に存在し続ける正規軍を望んだ。
上も下もまだ歳若い真穿の中にあって、スクルはそれなりの立場を維持できた。河津戦を何とか生き延びることで、トオワの補佐役という立ち位置も得た。ただ、そこで満足し、己を高めるという努力を厭うようになった。
一方、常に地力を高める事を心がけ、危地に飛び込む事を厭わなかったジエルは、大勢の中にあっても目立つ存在となった。その所為あって、少数であっても重要な部隊を率いてみないかと誘いを受けた。主自らもその場に来ており、その対応に感銘を受け、ジエルはその人物に忠誠を誓った。
二人の付き合いは、ここで少し疎遠になっていく。ジエルの所属と真穿とは、本来的に相容れないものであった。仲良くしていては双方周囲から疎まれる。自然と距離が生まれていた。
けれども最近、二人の付き合いは復活している。ジエルは何も言わないが、スクルはその理由を想像していた。
満足して歩調を緩めたスクルとは対称的に、ジエルはさらに邁進することを目指した。だが、彼が属するのは小規模な所帯で、これ以上の拡大はないとされていたので、そうそう立場は向上しない。これが限界かという諦めもあるのだろう。ゆえに、停滞状況にある仲間との付き合いを止められないのだと、スクルは思っていた。
*
体を酷使して疲れていたジエルと、無用に頭を使って疲れていたスクル。二人して気の抜けた顔をして、食後の酒を愉しんでいた。
昔からの付き合い通り、スクルがつらつらと思うことを述べ、ジエルが相槌を打つという関係は変わっていない。この時は、煌の文句から始まった。侵略する者には容赦が無いというが、煌の統士が、訓練も積んでいない山猿が、如何程のものか。遠征はすぐに終わると、スクルは自信たっぷりに言う。
「山猿ねぇ。確かに、煌にまともな統分はいないという噂だ。だから侵入者に対して、別のものが襲ってくると聞くぞ。そういう輩を、ええと、シンバンと言うのだったかな。常人離れした身体能力を持つと言うが、所詮は戦いの素人だな。あれだけの人数を投入したんだ、数人削られた所で止めようも無い」 と、ジエルも、反論するつもりもないようで、話をあわせてくる。
「そうだな。サイト様はやけに躊躇っていたが、行けばすぐにツークス陥落の報が来るだろう。そうすれば、稀代の美女だという煌真の顔を拝んでやるさ」
現在の煌真はコウ・ヴ・シンという。通称シンヴは三十前後の女性で、その美貌は格別と噂されていた。
「煌真か……。素直に見つかればいいのだがな」 とジエルは言う。
どういうことだと素直に問うスクルに、ツークスの事情をジエルは説明する。
山に入り森を切り拓いて国を立てた偉大な人物コウ・ウ。その偉業に敬意を払い、今に至るまで、彼の子孫が煌を統べている。煌真は全民から畏敬される絶対的存在で、その地位は一度も揺るがされたことはない。
ただし、現在、その血筋は一つだけではない。数百年の間に、自分達こそがコウ・ウの血を引く正統だと主張する家が現われ、二家で争うようになった。それが、湟家と鴻家である。
湟家は代々、考分に関する分野では絶大な権力を誇っている。シンヴとその腹心、ナンヴ・ウルも同じく湟の分家から出ている。また、別の分家である嶺家は支分に関して権力を持っているのだが、テイホウ・嶺が彼女を支持した事により、煌真の威光はさらに増している。
対する鴻家は、現在その名を正式に掲げる者はいない。専ら、分家であるサン家が権力基盤を引き継でいる。サン家が半ば牛耳っているのは統分全般であり、さらにその大半を過激な行動派であるエンヴ・サンが掌握していた。
煌真は政治・国営に関して万能である。いくら鴻家が屈強な統士を従えようと、湟と鴻の勢力差を覆すことはできない。だが、近年ハライ・コウに前後して、エンヴ・サンが活発に行動して、発言力を強めているという。
ここまでの情報は煌国外に流れてきており、信憑性もあった。ただこの後、ハライ・コウに伴い情報も混乱してきて、真偽が怪しくなる。
ハライ・コウの時期は外敵と戦う事も視野に入れないといけないので、統分が発言力を増し、その大元であるサン家が台頭してくる。その挙句、シンヴの腹心であるナンヴ・ウルがエンヴ・サンにより揚げ足を取られて失脚、処刑されてしまったという。
シンヴの権威に反する行為であるが、今はツークス中にナンヴの息の掛かった統士がいる。ゆえに、シンヴは糾弾するどころか、身を潜め、勢力が回復するのを待つしかない事態に陥っているという。
素直に信じられない状況であるが、どうやらナンヴ・ウルが殺害された事と、真の居所が定かではない事も事実らしい。そこからサン家の反乱が囁かれている。
「見つからないって……。ツークスなんて小さな街だろう。隠れきれるわけが無い」 と、スクルは半信半疑でいう。
「確かに。煌の者は賞賛するが、高が知れている。綜ならば同規模のものが幾つもある。だから、見つけられないのではなく、逃れてしまったとも言われている」
「どうするんだよ。せっかくツークスを落としても、煌真がいなけりゃあ、何も話が進まない。森に潜まれでもしたら、捜しようが無い」
スクルは顔を歪ませるが、ジエルは頷いて言う。
「だが、探し出して、味方につけないと。煌真の言葉は絶対だからな。ハライ・コウを無くすには、そう誓わせるのが一番だ」
「もう殺されていたら?」
「その場合は、うーん、どうなるのだろう。はっきりシンヴの死を伝えない限り、次代の煌真を名乗れない。現真に対する反抗になってしまうからな。なのに、両家ともそうした動きは見せていない。だからまだどこかで生きてはいるのだろうけど」
「どこかって、ツークスじゃなければ、何所だよ」
「さぁてな。煌真という立場にありながら、シンヴは人前に姿を見せることは少なく、元からツークスにそういないのではないか、とも噂されていた。ラガ・ツークスにいるのだという噂もある」
スクルは、露骨に馬鹿にした顔をした。
「ああ、聞いた事がある。でもそれは伝説だろう。コウ・ウが生きていて、今も治めているとかいう、幻都ラガ・ツークス。しかもツークスに住んでいる者すら、その場所を知らない、だろう。伝説だよ、伝説」
「まあ、それは俺も信じていない。何にせよ、煌真探しは時間が掛かりそうだ。こんな時期に反乱が起きているなんて、煌も運が悪いな」
「反乱、か……」
その一言をきっかけにして、スクルの興味は山奥の事よりも、身近に移った。
ジエルは、またかという顔をしてみせる。だが、親友の飽き飽きした顔に気付かず、スクルは真剣な面持ちである。結局、ジエルは素直に話を聞き続ける。




