偽りと真
5
「……ま、まさか……。折角連れてきたのに、殺せ、と?」
サイトは喘ぐようにして、決して受け入れられない事を口にした。
どうして、こんな。慕ってきたリンズの口から、こんな否定されるような事を言われるとは―――。
不条理だと感じて、怒りが湧いてくるが、爆発させることはできなかった。引っかかる事があり、感情の発露を留めていたのだ。
そう。確かに、そう疑えなくはない。リンズが言うようにこの作戦が筒抜けだったならば、罠の中にのこのこと飛び込んで行ったようなもので、全滅は妥当な結果だ。
ただ、罠を張るのは良いが、決して奪還を成功されてはならない。それは逆に、後々使える手駒と考える事が出来る。瑗としても生かして置いておきたいはずだ。
奪還させず、始末もされないには、どうしたら良いか。偽者を据えておく手が一番ではないか。万が一の事態が起こり、連れ出されても殺されても、実害はないからだ。
つまり、少年は替え玉であり、それ故に追っ手がかけられていないのか? だからサイトは生き延びることができたということか?
思えば、この少年は、父親のクスル・青とはあまりに似ていないように見えた……。
―――いや、とサイトは考え直す。それなら、この少年が見せた憤りはどう解釈すればいい? 振り回される事に本気で怒っていたように見えたのだが、あれも演技だったというのか?
それに、あの手首。あれは、以前にサイトがクブ・トーの祗官に告げられた事が真実であると裏付けるものといえる。まさか、実在するとは思っていなかった。それなのに、こんな所で目にしてしまって、それで動揺して……。
「その少年、替え玉ではないと信じるに足る証拠は?」
リンズが畳み掛けるように言う。仲間達が命がけで得た成果を、冷たく斬り捨てようとしている。
「ワタシが―――」 と、突然二人の会話に割って入ってきた声があった。
「保証、いたします」
リンズは一段と厳しい視線をサイトの背後に向けた。サイトが振り返ると、茂みを掻き分け、近寄ってくる者達がいた。リンズの部下達が、慌ててその前に立ち塞がろうと動く。
不慣れな綜の言葉遣いを聞いて、サイトはそれが誰か気付いた。
「リェン・太、無事だったか」
柔らかく微笑んで応えた彼は、もう一人女を連れていた。無愛想な若い女は、たしかジル・月といったはずだ。
仲間達からあからさまな敵意をぶつけられても、どこ吹く風で、リェンは口を開いた。
「その御方は、紛れもなく青家のオウ様です」
ジルは、無表情で、頷きを添えただけだった。
サイトは、ハルロが顔を確認している事も告げた。ハルロは出国する前にオウの顔を見ている。すり替えて待ち構えていた可能性も低いことになる。
リンズは、尚も厳しい顔で二人を見ていたが、ふと表情を曇らせた。それでサイトも気付いた。リェンは一見普通にしているが、顔の血の気が薄い。それに衣服の一部が、黒ずんで見える。
サイトは近寄り、彼の衣服を捲った。表にかすかに滲む位だが、彼は傷を負っていた。まだ出血している傷が、いくつもあった。
「リェン、これは……」
「御恥ずかしい。上手く隠れ通せなくて」
見つかって殺されそうになり、それを潜り抜けてきたのだという。
「どうやら勘ぐり過ぎていたようだな」 とリンズは言う。それから、内通者達に向かって、深く頭を下げて礼を言った。
「サイト。お前、よくやってくれたんだな」 と、一転して労わるような声で言って、サイトの肩に手を置いた。
「実は、彼が本物であるということは、ある箇所を見れば分かる。それはクスル様から聞いていた」
知っていて、試されていたということか。
サイトは、しかし、腹を立てなかった。リンズの立場からすれば疑わざるを得ない、ということだから。
少年が替え玉である事、リェンらが裏切り者である可能性、そして、一人無事で帰ってきたサイトすらも、演技をしているかもしれないということを。
彼の瞳は、ハルロを失ったサイトの悲しみを吸い取ろうとするかのように、真っ直ぐサイトを見つめていた。彼は指導者の立場を越え、ハルロとサイトを実の息子であるかのように接してくれていた。
「将来の障害となりうる物を排除せよと言われたが、勿論、生きて連れ帰って問題はあるまい。嫡男を取り戻してくれたのだ。お前、きっと感謝されるぞ」
「いえ、そんな事は……。むしろ、俺……」 サイトはそこで意識して唾を飲み込み、言った。
「俺の所為で、ハルロさんは死んだんだ」
「そうか」 と言って、リンズは頷いた。「何であれ、あいつの身に起きたことは、あいつの選んだ結果だ。お前が気に病むことはない」
サイトは唇を噛み、それから、少年を見る。「出発しましょう。ハルロさんの残した望みを、綜へ連れ帰らせてください」
分かった、とリンズは頷いた。