昂の悲願
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サイトは街を出て、ガーレ全体を見渡せる丘に登った。過去の遺跡、真嶺の遺構がある場所へと足が向かう。
シアンと共にトイトルを悼んだ草原には、寂しげな気配しか漂っていない。真っ赤な色を失いつつある落ち葉が、木枯らしに吹かれて舞いこんでくる。すでに季節は秋を超え、本格的な冬が迫っている事を肌で感じた。
厳しい冬を越えた後、穏やかな春が来る。しかし、サイトには、その先の、さらなる激動の季節の到来を感じていた。
サイトは、遠く、ダウスの方角へと目をやった。その街の中心にある真宮を眺めた。そこには、この綜の要たる人物がいる。
「ふぅ……」 と、サイトはため息を漏らした。やはり、ソンヴは鋭い、という思いが込められていた。
会話を切り上げて、席を立とうとした時のことだ。
「ああ、それと」 と、ついでに思い出したようにソンヴは言った。「ムガの仮面の、あの人。モウ・牙相手に大立ち回りだったけど……」
内心の動揺をなんとか押さえ込み、それが、とサイトは聞いた。
「ひとつ気になるのは……」 と、ソンヴはサイトの目を覗き込むようにして言う。「彼が、本当に綜真だったのか、ということ」
「偽者だったと言いたいのか?」
「あの男、真の証たる宝玉を持っていなかったのよね」
確かに、彼は真の証の宝玉を持っていない。かとって、偽者という訳ではない。もちろん、オウ・青をサイトが暗殺してしまい、代わりに弟を立てた、ということもない。
河津との決戦の直前。ターレイルでの拘束を解かれた後、オウ・青を討つべきか否か悩みつつ、サイトは本人に会いに行った。
強大な権力を付加された者は、その行く末が危ぶまれる。強い意志を持つものであればあるほど、感情の振り子がどこを向くか予想できない。シアンの懸案は最もらしい発想であり、完全に否定できる根拠をサイトは持たない。今一度綜真となったオウ・青と直接会い、心の内を見極めようとした。
オウ・青は、真とは皆の中心であるべきだと答えた。そして、国によって民の扱いに差異が出る現状を憂い、全てを背負って立ちたいのだと、語った。瑗の謀略など関係がない。自身の願いのために、ダロル・シンとなるのだと、オウ・青は断言した。
そこまで説明して、ソンヴは一応納得するが、満足していないようだった。解せない。顔にそう書いてあった。
強引に会話を打ち切り、サイトはソンヴの家を辞した。
「どこまで、嘘を付き通せることやら」 と、サイトは一人呟いた。
確かに、モウ・牙との闘いに乱入してきた仮面の男は、綜真の証たる宝玉を所持していなかった。それは事実だ。だからといって、彼が偽物だということはない。彼には、彼独特の証である、手首の特徴があるのだから。
ソンヴにこの事を見抜かれてしまうのは、時間の問題かもとサイトは思った。だが、その答えは誰にも言う事はできない。なぜなら、オウ・青とサイトの間で交わした、ひとつの約束があるからだ。
ダロル・シンとなる。そうオウ・青の決意を改めて聞いても、サイトは素直に納得できなかった。シアンが言ったからではないが、完全に信用しきることはできなかった。
全ての者の中心となる。悪く勘ぐれば、それは、皆の頼りとなりたいという願望、すなわち、皆から愛されたいという強迫観念の裏返しだとも取れる。人一人の重さを軽んじられた扱いを受けてきたことに嫌気が差し、そうならないために、絶対的な何かを求めた、という解釈もできる。
今ひとつ振り切れないサイトだったが、その彼に対して、オウ・青は応えた。
「信じれきれないのは、よく分かる」 オウ・青は身を起こし、そこで何故か、首に下げていた綜真の証を外した。
何をするのかと警戒するサイトに向かって、命と同価値であるはずの宝玉を放り投げた。驚くサイトの顔を見て、オウ・青は微笑む。
「お前が持っていろ」 と、オウ・青は事も無げに言う。
「な、何を―――?」
「真と言っても、ただの人間だ。そう大して民と変わることのない存在だ。それなのに、真となった者の双肩には、過大な責任と、壮大な自由意志が共存する。その行為の是非を証明・承認してくれる証が、その宝玉だ。それを持っていてこそ、意思は正当なる力となる」
「それを、手放すのか?」
「手放すのではない。お前に預けるのだ」
「しかし……」
「言ったように、私も人間だ。精々の所が、正当と過ちが、半々でいられる程度か。ダロル・シンとなるという私の願いも、いつこの国全体の破壊者と化けるか分からない。そうだろう?」
「……ああ」 とサイトは素直に頷いた。それを見て、満足そうにオウ・青は微笑む。
「だから、私が道を外れたと思われた時は、お前がそれを証として掲げて私を討て」
「な……」
「その時のために、それをお前に預けておく。もちろん、悪用はできないぞ。私の権威が正しい時は、それはただの偽物だ。お前が何を主張しようが、逆賊として処理されることだろう。私の行為に正当性が消え始めていれば、それは光を持ち始める。お前の話に、皆も賛同しよう。同時に、お前の行為の正当性も、認められるだろう。お前が真として立つことも、な」
そう言って、オウ・青はもうひとつ宝玉を取り出して見せた。大きさ形、輝きまで瓜二つで、サイトには二つの差異が区別つかなかった。
「どちらが本物か。見るべきものには分かるようになっている。そのときが来たら、判別してもらえるはずだ」
「判別……。それは、誰が」
「それを教えたら、いくらなんでも無用心すぎる。消されたら、少々困ることになるだろう。お前を信用しているとはいえ、な」
「あ、ああ……」
「最後の仕上げを、お前がするのだ。中心に据えるべき者は誰か、お前が決めるのだ」
宝玉と形見の小刀とを見比べ、サイトは悩んだ。
「どうして、そんな重大なことを、俺に任せる? やり方ひとつで、俺が、権力を持つことも……」
「力でもない。血筋でもない。そう選ばれたからでもない」
「なら、何故……?」
「中心を正確に見極めることができるのは、外から見ている者だけだ。しかも、中にいて外にいることが望ましい。それは、お前が適任だと、私は思った」
「無茶を言う……」
「ふん。私の壮大な計画と、どちらが無茶だろうか?」
「……どちらにせよ、言うことは無茶ばかりだ」
「違いない」 と言って、オウ・青は微笑んだ。「で、どうする? 乗るか? この私に?」
「……貴方が、周りに縁を積み重ねていくように、俺にも積み重なってきたものがある」
生きろと言ってくれた、ハルロの思い。
民を迷わせるなと願った、シアンの悲願。
そして、お前を信じると言ってくれた、オウ・青の信頼。
「それらが、俺を上へ上へと後押しする」
「では―――」
「けれどもそれだけじゃない。それ以上、何にもまして、俺自身が見てみたいのだ。人々が一つにまとまった世界を。貴方が語る、世界の統一を。その景色を――――」
「いいだろう。見せてやる」
ようこそ、我が縁へ。強い意志を込めた眼差しで、オウ・青は言った。
己に言い聞かせるようにして、サイトは応えて言った。
「最後まで、付き合おう。この命、ある限り。全てを貫く、芯となる日まで―――」
サイト・成。
綜真・オウ・青。
これより二人の運命は交錯し、より深い螺旋を描きながら、昂の地を駆け抜けることになる。
いつか光が差し込むだと信じて、長く辛く、暗い闘いの道を歩み続ける。
悲願である、昂の地の統一を目指して。
第一部 真統の国 了




