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星火燎原  作者: 更紗 悟
第六章【河津の落日】
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昂の悲願

 

      8


 サイトは街を出て、ガーレ全体を見渡せる丘に登った。過去の遺跡、真嶺の遺構がある場所へと足が向かう。

 シアンと共にトイトルを悼んだ草原には、寂しげな気配しか漂っていない。真っ赤な色を失いつつある落ち葉が、木枯らしに吹かれて舞いこんでくる。すでに季節は秋を超え、本格的な冬が迫っている事を肌で感じた。

 厳しい冬を越えた後、穏やかな春が来る。しかし、サイトには、その先の、さらなる激動の季節の到来を感じていた。

 サイトは、遠く、ダウスの方角へと目をやった。その街の中心にある真宮を眺めた。そこには、この綜の要たる人物がいる。

「ふぅ……」 と、サイトはため息を漏らした。やはり、ソンヴは鋭い、という思いが込められていた。

 会話を切り上げて、席を立とうとした時のことだ。

「ああ、それと」 と、ついでに思い出したようにソンヴは言った。「ムガの仮面の、あの人。モウ・牙相手に大立ち回りだったけど……」

 内心の動揺をなんとか押さえ込み、それが、とサイトは聞いた。

「ひとつ気になるのは……」 と、ソンヴはサイトの目を覗き込むようにして言う。「彼が、本当に綜真だったのか、ということ」

「偽者だったと言いたいのか?」

「あの男、真の証たる宝玉を持っていなかったのよね」

 確かに、()()真の証の宝玉を持っていない。かとって、偽者という訳ではない。もちろん、オウ・青をサイトが暗殺してしまい、代わりに弟を立てた、ということもない。

 河津との決戦の直前。ターレイルでの拘束を解かれた後、オウ・青を討つべきか否か悩みつつ、サイトは本人に会いに行った。

 強大な権力を付加された者は、その行く末が危ぶまれる。強い意志を持つものであればあるほど、感情の振り子がどこを向くか予想できない。シアンの懸案は最もらしい発想であり、完全に否定できる根拠をサイトは持たない。今一度綜真となったオウ・青と直接会い、心の内を見極めようとした。

 オウ・青は、真とは皆の中心であるべきだと答えた。そして、国によって民の扱いに差異が出る現状を憂い、全てを背負って立ちたいのだと、語った。瑗の謀略など関係がない。自身の願いのために、ダロル・シンとなるのだと、オウ・青は断言した。

 そこまで説明して、ソンヴは一応納得するが、満足していないようだった。()()()()。顔にそう書いてあった。

 強引に会話を打ち切り、サイトはソンヴの家を辞した。


「どこまで、嘘を付き通せることやら」 と、サイトは一人呟いた。

 確かに、モウ・牙との闘いに乱入してきた仮面の男は、綜真の証たる宝玉を所持していなかった。それは事実だ。だからといって、彼が偽物だということはない。彼には、彼独特の証である、手首の特徴があるのだから。

 ソンヴにこの事を見抜かれてしまうのは、時間の問題かもとサイトは思った。だが、その答えは誰にも言う事はできない。なぜなら、オウ・青とサイトの間で交わした、ひとつの約束があるからだ。

 ダロル・シンとなる。そうオウ・青の決意を改めて聞いても、サイトは素直に納得できなかった。シアンが言ったからではないが、完全に信用しきることはできなかった。

 全ての者の中心となる。悪く勘ぐれば、それは、皆の頼りとなりたいという願望、すなわち、皆から愛されたいという強迫観念の裏返しだとも取れる。人一人の重さを軽んじられた扱いを受けてきたことに嫌気が差し、そうならないために、絶対的な何かを求めた、という解釈もできる。

 今ひとつ振り切れないサイトだったが、その彼に対して、オウ・青は応えた。

「信じれきれないのは、よく分かる」 オウ・青は身を起こし、そこで何故か、首に下げていた綜真の証を外した。

 何をするのかと警戒するサイトに向かって、命と同価値であるはずの宝玉を放り投げた。驚くサイトの顔を見て、オウ・青は微笑む。

()()()()()()()()」 と、オウ・青は事も無げに言う。

「な、何を―――?」

「真と言っても、ただの人間だ。そう大して民と変わることのない存在だ。それなのに、真となった者の双肩には、過大な責任と、壮大な自由意志が共存する。その行為の是非を証明・承認してくれる証が、その宝玉だ。それを持っていてこそ、意思は正当なる力となる」

「それを、手放すのか?」

「手放すのではない。お前に預けるのだ」

「しかし……」

「言ったように、私も人間だ。精々の所が、正当と過ちが、半々でいられる程度か。ダロル・シンとなるという私の願いも、いつこの国全体の破壊者と化けるか分からない。そうだろう?」

「……ああ」 とサイトは素直に頷いた。それを見て、満足そうにオウ・青は微笑む。

「だから、私が道を外れたと思われた時は、()()()()()()()()()()()()()()()()()

「な……」

「その時のために、それをお前に預けておく。もちろん、悪用はできないぞ。私の権威が正しい時は、それはただの偽物だ。お前が何を主張しようが、逆賊として処理されることだろう。私の行為に正当性が消え始めていれば、それは光を持ち始める。お前の話に、皆も賛同しよう。同時に、お前の行為の正当性も、認められるだろう。()()()()()()()()()()()()、な」

 そう言って、オウ・青はもうひとつ宝玉を取り出して見せた。大きさ形、輝きまで瓜二つで、サイトには二つの差異が区別つかなかった。

「どちらが本物か。見るべきものには分かるようになっている。そのときが来たら、判別してもらえるはずだ」

「判別……。それは、誰が」

「それを教えたら、いくらなんでも無用心すぎる。消されたら、少々困ることになるだろう。お前を信用しているとはいえ、な」

「あ、ああ……」

「最後の仕上げを、お前がするのだ。中心に据えるべき者は誰か、お前が決めるのだ」

 宝玉と形見の小刀とを見比べ、サイトは悩んだ。

「どうして、そんな重大なことを、俺に任せる? やり方ひとつで、俺が、権力を持つことも……」

「力でもない。血筋でもない。そう選ばれたからでもない」

「なら、何故……?」

「中心を正確に見極めることができるのは、外から見ている者だけだ。しかも、中にいて外にいることが望ましい。それは、お前が適任だと、私は思った」

「無茶を言う……」

「ふん。私の壮大な計画と、どちらが無茶だろうか?」

「……どちらにせよ、言うことは無茶ばかりだ」

「違いない」 と言って、オウ・青は微笑んだ。「で、どうする? 乗るか? この私に?」

「……貴方が、周りに縁を積み重ねていくように、俺にも積み重なってきたものがある」

 生きろと言ってくれた、ハルロの思い。

 民を迷わせるなと願った、シアンの悲願。

 そして、お前を信じると言ってくれた、オウ・青の信頼。

「それらが、俺を上へ上へと後押しする」

「では―――」

「けれどもそれだけじゃない。それ以上、何にもまして、俺自身が見てみたいのだ。人々が一つにまとまった世界を。貴方が語る、世界の統一を。その景色を――――」

「いいだろう。見せてやる」

 ようこそ、我が縁へ。強い意志を込めた眼差しで、オウ・青は言った。

 己に言い聞かせるようにして、サイトは応えて言った。

「最後まで、付き合おう。この命、ある限り。全てを貫く、芯となる日まで―――」


 サイト・成。

 綜真・オウ・青。

 これより二人の運命は交錯し、より深い螺旋を描きながら、昂の地を駆け抜けることになる。

 いつか光が差し込むだと信じて、長く辛く、暗い闘いの道を歩み続ける。

 悲願である、昂の地の統一を目指して。


            第一部 真統の国 了


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