力のすべて
6
オウ・青は気合の声をあげ、モウ・牙と同じ動作で切り返す。鈍い金属音が響くが、何とか折れることなく受け止めた。
モウ・牙は強引に振り抜こうとする。明らかにオウ・青の方が体格の点で不利であり、力負けすると思われた。だが、歯を食い縛り、オウ・青は耐え続けた。
「やるな。だが、その程度か? それが、お前の力の全てか?」
モウ・牙は言って、力任せにオウ・青を吹っ飛ばした。またしても壁際まで飛ばされ、辺りにあった装飾品などを散らかした。
オウ・青は立ち上がり、再びモウ・牙へと向かっていく。
「退くな! 怯むな!」 と、オウ・青は叫ぶ。
「それは馬鹿のすることだ!」 と応え、モウ・牙は再びオウ・青を弾き飛ばす。まったく同じことが繰り返され、辺りに織物や宝飾品などが散乱する。
「……オウ?」 と、サイトは訝しげに呟いた。不思議と、真っ向から立ち向かおうとする姿に、自分の知る者の背中が重なって見えた気がした。
背に従えた部下のため、決して怯まなかったトゼツに―――。
無為に考えることを放棄して、ただ力を振るうことに専念したクウーに―――。
オウ・青は立ち上がろうとして、足元にあった兜を蹴飛ばしてしまう。もう足元すら覚束ないのかと、モウ・牙は眉を顰める。
「悟っても引き返せないのは、辛いものだな」
モウ・牙は、性懲りもなく突っ込んでくるオウ・青に、引導を渡そうと振りかぶる。
「侮るな……。怠るな……」
フラフラだったオウ・青が、変化を見せた。 これまで執拗なまでに一直線で突っ込んでいたのだが、ここで動きを変えた。
定石どおり、基本に忠実な剣技を繰り出す。どんなに小さくても、鋭く切り込み手傷を負わせることを狙っている。歩調を細かく刻み、付いて離れて、モウ・牙を翻弄する。どこにそんな体力があったのかと思えるほど、軽やかに跳ね回る。少ないながらも相手の力を削いでいく。
その姿に、サイトは律儀なまでに、真っ直ぐな心意気を持つトオワを思い出した。
「小癪!」 と、モウ・牙は苛立ち、再びオウ・青を跳ね飛ばそうと力任せに横なぎに曲刀を振った。
避けきれず、オウ・青は飛ばされる。モウ・牙は間髪を入れず距離を詰め、オウ・青に止めを刺そうとする。
「見逃すな……」 と、壁に手を突いたまま、オウ・青は呟いた。
モウ・牙は軸足を踏み出し、剣を振り上げようとする。その瞬間、オウ・青は足元に転がっていた兜を蹴った。ただし、モウ・牙に向かってではなく、まったく別の方向に、であった。
意味なく飛んで行ったかと思われた兜は、周囲に転がっていたものなどに当たり、元の位置へと跳ね返ってきた。
「ぬ―――?」
モウ・牙は、それが軸足の真下に滑り込んでくるのを見つつも、もはや動きを止められなかった。不安定なものを踏みつけてしまい、足首を捻る。
倒れこんだ後、急いで上体を起こしてオウ・青を探するが、すでにオウ・青はモウ・牙に接近し、顔面に剣を突き出そうとしていた。
周囲にあるものを利用して、罠に追い込む頭脳―――。
好機を逃さず、止めを刺そうとする冷徹さ―――。
サイトは、瑗で出会った二人を思い出した。
「ガァァァッ」と、生命の危機を感じて、モウ・牙が無心で絶叫する。その恐怖に見開かれた眼の直前で、切っ先は止まった。
「……あ?」
近距離で剣を突きつけたまま、オウ・青は止まっていた。意図が読めず、モウ・牙は茫然として、青年を見つめていた。
「……貴方の言うとおり、私は非力だ。真の周りにあるもの、支えてくれているもの。時にはそれらから手を離さないといけない。そういう決断を迫れる時もある。だが、単に使い捨てるのではない。そこにあったことで、すでに十分な意味をもたらしてくれている」
モウ・牙は、剣を持つ青年の手首を見て驚きの表情を浮かべた。そこにありえないものでも見たかのように、黙って見つめていた。
「貴方は一人。自分の力を過信し、周りを省みず、ただ使い捨てた。私の周りに集ったものは、無駄に散ってはいない。こうして私の中で結実している。非力な私が、貴方の強力を破るほどに」
「……」
「これでは、答えにならないでしょうか? 命を奪われないと、認められないと、おっしゃるのか」
「……ひとつ聞きたい。お前は、どこまで、広げるつもりだ? もっともっと、視線は遠くにあるのだろう?」
「ええ」 と、オウ・青は迷うことなく頷いた。
「綜、河津、それだけではないな? 瑗、そして煌もか? 全てを望むのか?」
「……ダロル・シン。その実現が、私の宿願です」
モウ・牙は少しの間を持って、オウ・青の目を覗き込み、どの程度の決意なのかを測ろうとしていた。その決意の程を読み取ることができたのか、モウ・牙は力を抜いた。
「こんな結末認めない!」 とテイが悲鳴のような声を出した。
「我が素は、誰にも屈さない! 唯一自由な存在なのだ!」と狂気に満ちた瞳で叫んだ。そして、懐から液体が入った小袋を取り出した。
「やめろ! ここでそれを使うことは許さん!」 モウ・牙が厳しい声で言う。その険しい表情から、中身が『黒凝り』だとサイトは気付いた。
テイは耳を貸さず、「誰も抗えない偉大な力を、身を持って知れ!」 と叫ぶ。
テイは中身を周囲に振りまいた。直接浴びることはなかったが、鼻を突く嫌な匂いが周囲に充満する。思わずサイト達も怯んで一歩下がった。
「まずはお前からだ!」 と、テイ・漂は懐から火打石を取り出す。だが、それをサイトに向けた所で、己に向けられた視線に怯み、動けなくなった。
「――――そんな汚らわしいものを、俺に押し付けようとするのか?」
「ジ、ジバは……」
「死を賜わるんだろう? わかった。まずはお前に、くれてやる!」 と、サイトは言って、その次の瞬間、疾風のように動いた。
テイは目を瞑った。サイトはその喉元へ、剣を突きつけた。
「たっ、助けて……」
「その言葉に対して、お前らの素真は、どう答えてきた?」
「わ、私は、ただ、素真の力を皆に知ってもらおうと……」
「貴様……っ」 とサイトは剣を握る手に力を込めた。そのまま突きだそうとした所。
「―――真の力、か」 と、場に相応しくない穏やかな口調で、誰かが呟いた。
「確かに、炎の力は素晴らしい。その輝きは人を助け、導きもする」
「ソンヴ……?」 サイトは彼女の声が、いつもと違い物憂げであることに驚いた。
「だけど、人はその力を使いこなせるのかしら? 一度人の手を離れてしまえば、押さえ込むことはできるの?」
「できる!」 と、テイが必死になって言う。「水をかければ大人しくなる。そんなこと、誰でも知っている。雨が火を消し止めることなど、どこでもありうることだ」
「火を押さえ込んでいるのは、人の手ではなく、水の力、ということね? つまり、人だけでは制御できない」
「だが……」
「古の例を挙げましょう。かつて、西の地にレンゴウという街があった。その時の主は、シシン・ゴウクン・煉。暴君として悪名高かった彼は、後に改心して名君となるが、街ごと滅んでしまう。具体的にどんな災難だったか、貴方は知っているの?」
「ああ、もちろんだ。だがあれは天罰だ。シシンが、あまりの暴虐を働くから、ジバが降り立って罰を与えたのだ。自業自得だ」
「それに民全てを巻き込んで? 民に責任があったとでも?」
「そ、それは……」
「それから、チブルの火森。豊かな農地を求めた人々は、隣接する森を全て焼こうとした。だが、火は森を栄養にして成長し、制御できなくなった。挙句の果てに、自分達の住まいにまで飛び火して、一晩で人が住めない場所となってしまった」
「……チブルは、愚かだったのだ。素真の力を扱っているという自覚がなく、ただ甚大な力を暴走させたのだ。知識がある我々とは違う」
「小さな火すら制御できないのに、それよりも巨大な力を扱おうとしたのだから、当然ね。あとは、クスタン」
「な、何を……。貴様、あの名を口にするつもりじゃないだろうな」
「祗官ジョ・ニキが望んだように、お前も望んでいるのでしょう? 絶対的破壊を」
「あんな狂信者と一緒にするな! 絶対的破壊など、あってはならない!」
「火の禁忌を破った者が、何を怖気づいているの?」
「や、やめてくれ……! それは、それだけは、起こしてはならない!」
ソンヴはその言葉を意に介さず、テイ・漂の側に立って、囁くように、ジ、ア、と一言一言区切って言った。テイの態度が激変して、ひどく怯え始めた。
「ジ―――」 と、ソンヴはその次を口にする。
「止めろ! その名を口にしたら、どうなるか、どんな恐ろしいことが起きるか!」 とテイは完全に取り乱した。
「ここだけではすまないぞ。大地全てを巻き込んで、恐ろしい火に巻き込まれる」
「今、何と言ったの?」 と、ソンヴはにっこり微笑んで言う。「恐ろしいとか、何だとか、聞こえた気がしたけど?」
「う、うぅ……」 テイは唸るが、最早取り消しできない。己が崇めるものを、恐ろしいと言ってしまった事を。本心では恐れていると、認めてしまったことを。
「分かってもらえたようね。貴方たちのしていることは、そういうこと。使いこなせないものを禁忌とし、封じ込めているのに、問題なしと妄信して、周囲に迷惑をかけている。それが、貴方たちのしてきたこと」
「く……」
「その気持ちが分かったのなら、バトウ信者としてのあり方をもう一度、考えてみるのね」
「恐ろしい、おお、なんと恐ろしい……」
ひどく何かにおびえるテイの姿を見る限り、もはや脅威となることはないように思えた。
「……こいつはもう、終わったな」 とサイトは言った。完全に気が晴れた訳ではないが、これ以上この男の正気を揺さぶることは躊躇われた。
「これで少しは、禁じられたものについて畏敬の念を抱いてくれるはず」
「だといいがな……」 と、すっかりと棘の抜けたテイ・漂を見下ろして言った。
*
モウ・牙は、ハイルに命じて、護士達に抵抗を止める様に求めた。一般の統士達は、ここに主が来ている事は知らされていない。突然の方針転換に戸惑っていたが、大方は命に従った。
ただ、我の強さで知られる河津の統士達すべてがすんなりと敗北を受け入れることは無い。相当数の統士がしつこく抵抗を続け、レクトはその鎮圧に手を焼いた。
オウ・がモウ・牙を破った事は、公表される事は無い。真が攻団に関わっているとなれば、それは統国の宣誓に等しい。国をかけての闘いとするのは大事にすぎる。オウ・青もまだそれを望まず、自らの存在を秘している。
モウ・牙もまた、イマラに真がいた事を、守団の指揮に来た訳ではないとしている。実際指揮はハイルが執っており、モウ・牙は本当に防衛戦の結末をその眼で見に来ただけであった。
歳若い真に負けたことは認めているが、国の主同士としての闘いはまだだとしている。いずれ統道に則り、互いの持つ総力を競い、どちらがより多くの土地を統べるに相応しいかかを決する闘いになるかもしれない。それは望む所だと、オウ・青も応じた。
個人的な勝負に勝ったからと言って身柄を拘束するのは統道に悖る。サイト達は立ち去るモウ・牙に手を出さなかった。サイトが知る以外にも抜け道があるらしく、モウ・牙は人知れずイマラを脱した。
ハイル・淑は守団将として、綜攻団に完全敗北を認めた。




