見込み違い
4
リェンが示した抜け道を行くと、罠が待っていることも無く、サイトは中へ入ることができた。狂信者の赤い衣が目に入った途端、サイトは我武者羅に走った。寄ってきた敵を振り払い、サイトは城壁へと駆け上る。
間一髪、テイは火を放とうとする直前だった。黒い水をたっぷりと流し込もうとしていたようで、余分に時間がかかっていたらしい。おかげで辛うじて間に合ったようだ。突然敵が飛び込んで来るとは思っていなかったのか、テイは護士を連れていない。
「テイ・漂!」 顔を見るなり、体中から怒りが湧き上がる。サイトは憤然と寄って行き、迷わず剣を振るう。
「うつけが!」 と、テイ・漂も応じ、鉄製の杖で受け止めた。
杖の先には短い鎖と、棘の付いた球がある。ジルが持っていた武器に似ており、おそらく毒が仕込まれているのだろう。サイトはその軌道に注意しつつ、苛烈な一撃を繰り出し、テイを圧倒する。
これは敵わないと早々に判断したのか、テイは踵を返した。そして、一目散に逃げて行く。
「逃れられるなどと!」
サイトも、その後を追った。
その少し前に、門が破れられたようである。綜統士が踏み込み、混乱しているのを横目で見る。テイの後を追って、城壁に隣接した建物に入る。内部には狂気が満ちていた。
火災による混乱の影響なのか、イマラの護士が自棄になって破壊したのか。荘厳華麗だったであろう装飾品はことごとく破壊され、足元を覚束なくさせる塵となっている。生き残ることすらも意識せず、ただ他者に対する不審と破壊衝動だけが満ち溢れている場となっていた。
幾つかの部屋を通り過ぎた所で、サイトはテイに追いついた。
「大人しく、素真の罰を受けていれば良いものを!」
振り向いたテイ・漂は、劣勢を跳ね返そうとしてか、無駄に大きな声を張り上げた。同時に渾身の力でサイトを攻撃してくる。
「罰だと? それはお前のものだ!」
サイトは、テイ・漂の一撃を避けた後、脇腹を狙って剣を払う。それは避けられたが、テイは体勢を崩しかけた。その隙を逃さず、サイトはすかさず剣を振り下ろした。
テイ・漂は辛うじて杖で受け止めたが、サイトはその腹に蹴りを入れた。たまらずテイは後ろに吹き飛び、扉をぶち破ってまた別の部屋の中へと転がっていった。
押し入った中には、二人の男がいた。
「馬鹿者。御前に敵を連れて来る奴があるか」 と、血相を変えて言ったのは、ハイル・淑だった。
いきなり守団将の眼前に出られるとは、何と言う幸運だ。こいつを討てば、とサイトは狙いを変える。
「ハイル・淑! 禁忌を犯すとは、落ちたものだ!」
もう一人は、ハイルの護衛だろうか。風貌は粗雑で、位が高そうには見えない。ならば、引き離すため、少しでもハイルに前に出て来てもらうのが良い。そのために、あえて挑発するように言ったのだが――――。サイトは、どこか落ち着かない思いでいた。
「火を使った事か。それならば、お前達が先であろうが」
「先も後もない。そのような発想が生まれる事が、すでに罪深い。河津の勇とは、その程度であったか」
なにを、とハイルが顔色を変える。知らず前へと、にじり出てきている。テイは、依然として転がったまま。もう少しで、手が届く。
「まぁ、そう言うてくれるな」 と、男が口を開いた。サイトは、やはり、という衝撃を受けた。「そいつに許可を与えたのは、この我だ」
ハイルを差し置いて、この男がテイに火の使用を許したという。カントに物を言える立場と言えば、よほど位の高い佳属出身であるのか、またはシントであるのか。
伸び放題の黒髪に、顎を隠してしまうほどの大量の髭。美麗さよりも実用を重んじた庶民のような堅い衣。並外れた巨体のどこもが、硬い筋肉で覆われているように思えた。
「テイ。お前が前々から言っていた、世にも美しい光景とやらは、見られそうに無いのだな? この我が、折角足を運んだというのに?」
テイは、怯えを含んだ表情で男を見上げていた。
外見とは裏腹に、重く響く低音の声には、人を威圧する重さがあった。人を処罰するのに何のためらいの無いであろう冷めた視線は、以前似たものを見た事がある。
「まさか……」
この男が何者なのか、分かるような気がする。今はそれほど怒っている様には見えないが、これは油断できない。テイの様子からして、一度苛立てば、いつ爆発するか分からない危うさがあるのだろう。そして一度火がつけば、容易なことでは収まらないであろう事も、対峙するだけで感じられる。
「我真・モウ・牙……?」
町にありふれた『支』民のような風貌をしているが、河津において、最も気高い存在。
その名を指摘された男は、うっすらと笑った。
*
「何故、河津の主が、こんなところに……」
「物見だよ」 といって、ガモウはテイを指差す。その途端、テイは身を縮こまらせた。「そこの男が、それはもう、刺激的なものを見せてくれるというのでな」
その傍らで、ハイルが苦々しい顔をしている。それを見えるはずが無いのだが、モウ・牙は振り返らずに言う。
「この軟弱者が、ありえない始末をしでかした。その失態を取り消し、しかも得る物もあるという触れ込みだ」
声がだんだん低くなっていく。獣が唸っているかのような威圧感を感じる。ハイルもまた、青ざめた顔になっていた。
「そんな話を真に受けて出てきた我が、愚かだったのか」
ここは否定するなりする所だったが、ハイルは何も言えない。上手く生唾すら飲み込めていないようだ。
「見る目が無い、ということだな。ならば、あの男ももう、いらないな」
何か言いかけて、テイが口を開こうとした。だが、言葉は出ない。その様子から、サイトは誰の事を言っているか、思いついた。
テイを守団の切り札として送り込んできたのは、エンイ・彗なのだろう。彼の存在が、河津守団の窮地を呼び込んだとも言える。その名誉挽回のために、役に立って見せようとして、テイを派遣した。
だが、そのテイは失敗した。よりにもよって、河津の主の前で。そして、もういらないと断言された。彼が要らないといえば、もうそれは覆らないだろう、そう思えた。
サイトは、思わず真の迫力に呑まれそうになったが、今はそれどころではないと、気を引き締めて言った。
「モウ・牙、ここで貴方をどうこうするつもりはありません。だが、少なくとも、ここは敗北を認めてもらおう。足掻いている統士達に抵抗するなと言って下さい。これ以上は無駄に死を増やす必要はない」
モウ・牙は鼻で笑って言う。
「無駄な血だというが、それを強いているのは、どっちだ? 勝利に我を失っているお前らの方じゃないのか?」
「違う! 素直に投降しないからだ」
「投降だ? そんな事をするはずがないだろう」
「馬鹿な! このままだと貴方の部下は皆死ぬ。そんな非道をする者は、人の上に立つ者と言えない!」
「いや、言えるとも」 ガモウは迷い無く言い切った。「民の中心にあるもの、それが真だ。真とは人々の中心にあるべきものなんだよ。分かるか?」
「……」
「真とは全体の支えなのだ。要を失っては、総崩れとなる。このモウ・牙なくしては、河津も、皆も、滅んでしまう。そんなことができるわけがない」
「貴方がいなくなれば、国そのものが危うくなる。だから貴方がここにいる以上、必死で抵抗しろと? 統士たちには、存在意義を失わぬように、今、死ね、と?」
「そうだ。芯が無ければ何も重ならない。バラバラに存在していも、もはや意味がないのだ」 とガモウは語る。
「ないはずがあるか!」 と、そこで別の声が割って入ってきた。
反射的に、三人の視線がそこに集中した。その先には、一人の女性と、一人の男。無表情な化け物、ムガを模した仮面をしている。
「お前……」 やはりそうかと、サイトは呆れた。またしても懲りずに、出てきてしまったのか。
「何者だ?」 とモウ・牙が声で闖入者を威圧する。
「我が名はオウ・青! 綜真・オウ・青だ!」 と、仮面を取り外して、男は言った。




