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星火燎原  作者: 更紗 悟
第六章【河津の落日】
52/117

遊びだから

 

     2


 平地の占める割合が高い綜の者達にとって、この高低差は厄介だった。上へと進むのに不慣れな上に、その隙を付いての容赦ない攻撃が仕掛けられてくる。巨石が坂を転がり落ちてきて、味方の足を止める。一方的に狙いを定めた矢が飛んでくるなど、罠は多彩かつ大量に用意されていた。

 戦と言えば、通常向かい合ってのぶつかり合い、という戦いをしてきた綜統士にとって、これはもう誇りある戦いとは思えなかった。挑んでいけば、その大半は待ち受けていた攻撃に晒されるだけ。何もできずに、死んでいく。それなのに、攻めろ攻めろと急かされては、正常な判断もできなくなる。

「くそ。やはり厳しいな」 とサイトは舌打ちした。

 最も過酷であろうと予想される正面突破は、レクトの幹隊が行なう。真穿はその性質を活かすため、陽動を引き受けていた。

 一箇所に集中せずに、場所を変えつつ攻撃を仕掛け続ける。防壁の厚さに関わらず、次々と場所を変えて、時にはあっさりと退き、時には頑迷に詰め寄る。そうして常に神経を尖らせ、消耗させることを狙っての策戦である。

 しかし、重い装備を抱えて坂を登ることは容易ではなく、敵前に立つのも一苦労だ。その上、意外な箇所を狙って攻撃を仕掛けようとしても、要所要所で増員がやって来て、適量を持って対処されてしまう。敵将ハイルにより、こちらの動きは把握されていると思われた。


 そんな中、クウー・骸は、相変わらず自分勝手に攻め込もうとするが、その勢いは弱い。平気な振りをしているが、やはり傷は重い。常人なら参戦できているだけで感嘆に値するほどである。

 友人を失い、それでも悲壮な顔で戦い続けるトオワも、危うい精神状態にある。サイト自身も果敢に闘うが、頭脳を使った読み合いは、ハイルと張り合えるほどではない。

 真穿の陽動に的確に対応しつつ、ハイルは眼前のレクトを着実に蹴落としている。いかにレクトといえども、ハイルの頭脳には叶わないのだろうか。そういう雰囲気が流れ始めていた頃だった。

 真穿には、女性でありながら、隊長格にある者が一人いる。目立った功績もなく後方に控えていたこの女を、ハイルは気にしていなかった。

 壁まで一気に駆け寄ると、身軽によじ登って行った。

 女一人入り込んだからと言って、イマラの護士たちは動じなかった。油断しきった顔で、彼女の捕縛に当たろうとした。その隙を突いて、ジルは摩訶不思議とも思える技を駆使し、あっという間に障害を排除した。城壁から降りて、門へと向かって行く。堅く閉ざされた門を、内から開けるつもりだと思い至り、護士達は青くなった。

 だが、さすがにそこまで自由にはさせてくれなかった。彼女の行く手に、ガデロが立ちはだかった。

「調子に乗るなよ」

 ガデロは不機嫌そうに言って、ジルを見た。その背後には、まだこれだけの余裕があったのかと驚くほどの護士を引き連れていた。

「先ほどの体術、只者ではなさそうだが、お前、一体……」

 ガデロの言葉を無視して、ジルは遠距離より攻撃を仕掛けた。

 ところが、ガデロは動じなかった。先に護士達を排除した手際を密かに見ていたのか、彼女の技の正体に気づいていた。糸の先の錘に注意せよ、とガデロは部下に警告した。

 見破られたことに驚いた顔をしたジルは、踵を返し、門から離れようとした。逃がしてなるかと、ガデロは自らその後を追いかけた。そこでまた、ジルは立ち止まり、ガデロと向き直った。ジルは薄く笑みを浮かべていた。

「――――俺、か。最初から、要人暗殺が狙いか」

 ガデロは、ジルの目的が自分であったと知り、引き攣った笑みを浮かべた。だが、まだ致命的な状況ではない。敵は一人、こちらは五人の部下を連れていた。

 ジルは無言で技を繰り出し始めた。変幻自在で、見つけ難いが、糸がジルの手元から伸びていることには変わりがない。それが自分の所に向かって来ると承知していれば、軌道予想も迎撃も不可能ではない。技の弱点を見抜いたガデロは、自らが先頭に立ち、毒を帯びた錘が届く前に剣で叩き落して、糸を断ち切った。

「次は何で遊ぶ、女?」

 ジルはなぜか、頭巾を取り出し、顔を隠した。それから、錘を無くして、ただの紐となったものを、滅茶苦茶に振り回しはじめた。

「今更顔を隠して何とする?」 見苦しいぞと言いかけた所で、ガデロの顔が強張った。断ち切った先から、何か微細なものが飛び散っているのが見えたからだ。

 ガデロは慌てて口元を隠す。

「毒だ! 息を吸うな!」 と指示を出そうとするが、すでに体が上手く動かない。見ると部下たちの様子がおかしい。

 ジルの武器には、先端の錘と、それから紐自体にも、毒が染み込ませてあった。紐を切断して、錘を取り払ったことでガデロは安心していたが、それは間違いだった。その中に染み込んでいた毒が、(ほつ)れた繊維の先から洩れ出て、空中に散布されていたのだ。

 膝をつき、満足に動けなくなったガデロたちの下へ、ジルが歩み寄ってくる。

「死にはしないよ。遊びだからね。ただし―――」 ジルは言って、ガデロが落とした剣を拾う。

 何の毒が用いられているか不明だったが、確かに命の危機を感じさせるまでの実感はなかった。直接体内にではなく、散布されたものを吸っただけなので、毒性は薄れているようだ。それでも、体が痺れ、上手く動けない。

 上空から鷹が降りてきて、近くの木に止まる。倒れ伏すガデロをじっと見ていた。その目は感情を窺わせない冷徹なものだったが、それと同じような目をして、ジルはガデロを見下ろした。

「―――貴方は別」

 そして、無造作に剣を振り下ろした。



 ジルは新たに色つきの紐を取り出し、その先端を斬った。上空に向けて振り回すと、色付きの液体が飛び散った。

 この壁内での散布は、離れた場所からでも確認できた。それを見て、深く頷いた者達がいた。女と、小柄な男だった。

 ジルが送り込まれた真の目的は、門の開放ではなく、要人の抹殺だった。その成果を知らせる合図を見た女は、次にサーカに戦果を伝えるように指示した。サーカは、待っていましたとばかりに、大声で敵の要の一人であるガデロの死を触れ回った。これで味方は活気付き、敵に大きな動揺が走った。

 こうしてまたひとつ、障害が排除された。攻略に手が届くかと思われたが、それはまだ甘い判断だった。



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