昇る、道
第六章 【河津の落日】
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「さて。どう攻める?」 レクト・殊は、途方に暮れたように言った。
ククカの闘いの後、爪との決戦から数日が経っていた。河津軍の最大の武器である『爪』は叩き折った。数的不利は逆転した。けれども、まだ障害が残っていた。
イマラのそばの山手に河津の塞がある。標高自体はさほどないが、接近可能な箇所が限られている。低いが頑強な壁が何重も立ちふさがっており、高さは大人の肩の高さ位だが、一抱えもある巨大な石を丁寧に積み上げた壁を突き倒すのは容易ではない。
隣に立ち、要塞同然のイマラの塞を見つめるサイトは、肩を竦めて見せた。
「期待していたんだけどなぁ。あの娘の頭脳を」
レクトはこれ見よがしに残念さをサイトに伝えてくる。
「たかが娘一人。大した助力なんて期待できませんよ」 とサイトは言う。
レクトが仄めかしているソンヴは、依然として戦場に戻ってきていない。何度も窮地から救ってもらったといっても、元々彼女は『考』に属する。いつまでも頼りにせず、自分たちで切り抜けるしかないと、サイトは自分自身に言い聞かせていた。
「それは、そうだがなぁ。使える頭はいくつあっても困らないと思うぜ」 とレクトはぼやく。
華・レクト・殊は、頭脳・武力・育ちと完璧に揃い持ち、将来を期待されている男である。サイトはシアンと仲が良かったため、レクトとも顔見知りだった。ただ、仲が良いわけではない。
レクトはテイスグに信を置かれる副将であり、そのテイスグはオスト・青の傘下にある。サイトと犬猿の仲であるサイカクもまたオスト寄りである。気安く付き合える間柄ではないのだが、レクトは頓着しない。自分が使えると眼を付けた人物は、どの階にあろうと重用する。そうした懐の深さを持っている。
レクトにはまた、腹黒い面もある。使う人材の扱いが荒い。つまり、使えるものはとことん使い尽くし、最大限の成果を挙げてきたのだという評判もある。
テイスグを失い、自分を引き上げてくれる人物がいなくなったレクトは、この戦での功績を挙げたい。イマラを落すためなら、何でも手を伸ばして、飲み込もうとするだろう。
案の定、サイトの復帰を聞きつけたレクトは、真穿の大隊長に戻って、共に戦ってくれと言う。さらには、すでに手を回して、バイローには承諾を取り付けていた。
同じ派閥で急上昇株の依頼は、バイローには断りにくいだろうが、一度は離脱した男の再任をこうも簡単に取り付けるとは。評価してくれるのはありがたいが、油断のならない男だとサイトは思う。
「せめてもう一度、真っ向からやり合ってくれないものかな」
イマラの守りは堅いと言っても、造りが粗い箇所は幾らか残っている。たとえば、正面に比べて、後方の急な斜面側の備えが貧弱である。全てを警戒するのは人員不足ということだ。登りきってしまえば、中に攻め込めそうに思える。だが、これだけ綜を苦しめてきたハイルが何も策を張っていないわけはない。
実際に攻め込んだ所、用意されていた巨石がゴロゴロと落とされてきて、登り切るまでに多数の被害が出た。そうした仕掛けはまだまだ用意してあるようで、これでは迂闊に攻め入ろうとすれば、こちらだけが痛い目に遭い続ける。
「聞いたんだが、アヌンっていう砦を落としたんだろう? 何か参考になる手はないか」
役に立てませんと、サイトは首を振った。
「あそこは、こんな堅固なものじゃなかった。確かにここもあそこも、ワン<西国>の山城を参考にしているようですが、アヌンのそれは古ぼけて貧相なものだった。ここまで臆病な造りじゃない」
「臆病か。確かに。猪突猛進で知られるモウ・牙がここにいたら、尻を蹴飛ばして闘えと言ってくれるのだろうが」
サイトは頷いて同意を示した。
「厄介だが、ここでやめるわけにはいかない」 と、レクトは渋面のまま言った。
「そうですね」
「悲運の死を遂げた、テイスグ様のためにも―――」
「……」
「同じく帰らぬ人となった、我が好敵手、シアントルのためにも」
思わず反応しそうになったが、サイトは静かに同意した。
「―――ええ、そうですね」




