何者か
4
サイトは、他の仲間との合流地点に向けて急いだ。少年とはいえ、人一人を背負い走り続けることで、さすがに疲弊し切っていた。戦闘になれば少年を護りきることはもちろん、まともに坑戦する事すら怪しいだろう。
脱出を手引きしてくれた二人の瑗国人とは、本隊との合流点で落ち合う事になっている。だが、あれだけの騒動となっては、内通者の存在が露になる事も早まるだろう。その前に脱出できていれば良いが、あの機転が利きそうな男でも、無事に再会できるとは思えなかった。
仲間が生きて追い付いてくることは無いと、頭では分かっている。けれども、仲間が、あるいはハルロが追いかけてきてくれないかと、道中何度も思った。
そんな儚い希望も、絶望的な予想も、どちらも的中しなかった。サイトは合流地点まで辿り着けた。誰にも会わなかったことが、酷く心を刺した。
森の奥に少し拓けてた場所があり、一見何も無い。人の姿も無いが、ここで間違いない。
姿こそ見えないものの、この周囲には人の気配がある。どこからか、今もこちらを見ている視線が感じられる。ただし、それは、息を潜めている仲間達なのかどうか分からない。追っ手に捕捉されていたのだろうか……。
不安はあったが、周りにいるのがすでに敵だったとしても、大差はない。愚図していたらさらに敵が来る。サイトは定められた手順で合図を送った。
緊迫した間を置いて、それから数人の男達が姿を現した。硬い顔をしているが、それは顔見知りだった。中でも、ハルロの次に親しくしていた、隊長のリンズの顔を見て、サイトは力が抜けそうになった。
駆け寄ってきた仲間の一人が、抱えてきた少年を受け取った。肉体的にも、精神的にも、重荷を下ろすことができたサイトは、深い息を吐いた。
それから、気を取り直して、自分以外は帰らぬ事、目標の少年は連れ出せた事を報告した。その間、リンズは腕組をして表情を崩さず、眉間に刻まれた深い皺は微動だにしなかった。
「……そうか」
リンズが発した言葉は、実に短かった。ただ、その低く重い一言を口に出すだけで相当の精神力を使っていると、リンズをよく知るサイトは感じた。
「向こうの首尾は?」 とサイトは視線を巡らせながら訊いた。向こうとは、同時展開した部隊のことであり、別の箇所にいる少年の母親の元に向かっていた。仲間達の暗い表情から、答えは簡単に予想できていたが、聞かずにはいられない。
リンズに代わって、別の仲間が答えてくれた。様子見に行った所、部隊は全滅していたと。
「そうですか……」 サイトは俯き、仲間達の顔を一人一人思い出し、再び見える事はないのだと己に言い聞かせた。
「残念だが、サイト、お前は良くやった」 と、気を持たせようとして仲間が言う。「彼だけでも、お救いできたのは手柄だぞ」
サイトは、黙って首を振った。
「隊長、こうなれば、彼を無事に連れ帰る事が、死んだ仲間たちに対してできる餞です。一刻も早く、ここを立ちましょう」
その仲間の進言にサイトはなんら異存はなかった。疲れ切っていたが、すぐに移動を開始するつもりだった。
だが、リンズは未だ岩のように動かない。一切の容赦を見せない眼で、少年を見つめていた。
「成。お前は、この作戦が何を目的として行われたか、分かっているか?」
ようやく口を開いたが、リンズが何を言いたいのか分からず、サイトは戸惑った。
「……新たに綜真となる方の身内、シントを綜に御連れするため」
「少し、違う」 と、リンズは言う。「実は、連れ帰れるかどうかは、どちらでも良い」
「ど、どうでもって……」
「帰還はさほど重要視されていない。クスル・青は、障害となりうる可能性を潰す事だけを、我らに求めた」
これからクスル・青の時代が来る。瑗に人質とされていた妻子を手元に連れ戻したい。そのための任務ではなかったのか? それを、障害? まるで邪魔者を殺せと言わんばかりではないか―――。
「……新たな綜真は、瑗に戦を仕掛けるつもりだ」
「戦―――」
「そうだ。その際、相手の手駒となりうる物は、できうる限り取り除いておきたい。場合によっては、処分しろ。そうクスル・青は命じた」
サイトには、リンズが何を言っているか分からない。というより、理解し受け入れる事を拒んでいた。
それに、とリンズは構わずに、驚愕の言葉を紡いだ。
「この作戦、すでに瑗に洩れていたようだな」
「洩れていた……?」
「待ち伏せされていたんだ」 と言葉を添えたのは、様子を見に行ったという仲間である。
「瀕死で逃げ延びてきた奴がいたんだ。俺の前で、すぐに逝ってしまったがな。異常な数の敵が待ち構えていたと、言っていた」
罠だったということか。確かにその状況なら、この始末になるのも納得できる。
「となると、残念ながら―――」
そう言って、リンズは腕組みを解いた。
少年は、まだ意識を取り戻していない。というより、まだ何の処置も命じられていない。
リンズの彼を見る眼が冷た過ぎると、サイトは遅ればせながら気が付いた。
「―――サイト・成。お前が連れてきたのは、一体何者なんだろうな?」
色々なものが凍りついた気がした。