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星火燎原  作者: 更紗 悟
第二章 【烙道】
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積み上げられたもの


     7


 ガーレを見下ろす小高い丘は、一見、ただの荒れ地だった。

 緑の多い時期だと覆い隠されて分からないが、冬枯れの今だと丘のあちこちに人工のものが転がっているのが分かる。その中でも一番大きなものが、ちょうど中心の位置にある。一抱えほどある円柱の名残である。

 何らかの模様が刻み込まれているのが辛うじて分かる。その上部は雑に削られ、磨耗ではなく、明らかに人の手で破壊されていた。

 この遺構は、真嶺(しんれい)と呼ばれるものだ。

 それなりの規模を持つ街には、要となる石柱・真嶺が建てられる。必ずしも街の中央とは限らないが、重要な施設が集まる区画に据えられる。真嶺は先細りする円錐形であり、その高さは大人が見上げるほどが普通である。五層に分かれており、それぞれに住人が崇める異人彼従(ヒイト)、動物や植物などの絵柄が彫りこまれている。

 この真嶺があることで、その地を統べる真により、身内であるという保証がもらえる。税などの債務を課せられるが、同時に異部族や他国からの侵略を防いでもらえる。

 この真の庇護下にあるという証を失えば、政治・経済・文化どの面でも、真宮から顧みれなくなる。また、その地に住む者は階の証明を失う。どれほどの階にあっても、標となる玉を持っていようとも、そこにいれば意味を成さない。人間としての価値を認められない、つまり、最下層のビドと同格のものになる。

 ガーレは、ある事件の所為で格下げされ、真嶺も取り壊されていた。それでも居座り続けた人もいるが、みなビド扱いである。さほど時を待たず、無法者がのさばるようになってしまった。



 この丘には、古の真嶺の名残も残っている。真嶺を壊され、街が廃り果てても、また人がやって来て、この地を盛りたて、再び真嶺を授かる。その繰り返しがあったと示している。

 長い年月をかけた盛衰の繰り返しで小高くなった丘は、ここには人の営みがあったのだと後世の人々に報せたがっているかのようだ。この声無き訴えに、強い興味を示したのは幼い頃のソンヴだった。

 そして、この廃墟が何を伝えようとしているかを教えてくれたのは、ある女性だった。サイトたちは幼い頃、ここに集い、時には子供の遊びに興じ、時には過去を夢想した。

 その真嶺跡の側に、小さな墓石がある。周囲が雑然としている中、綺麗に整えられ、真新しい草で作られた楽器が供えられている。その創り方を教えてもらった人への手向けに、シアンが毎年作ったものだ。

「トイトル、安らかに眠れているか……」 とサイトは静かに問いかけた。

 本名をトイヴ・(いん)というが、ヴという女性名を嫌い、彼女はトイトルと名乗っていた。実際にその土の下に葬られているわけではないが、遊んでもらっていた思い出深いこの地に、サイト達は彼女を弔うための墓を作った。

 非情にもトイトルの命は若くして散った。時の権力者によって横暴を保証された狂信者によって、何の関係もない大勢の人間と共に、死に追いやられたのだ。

 サイトはその時の光景を、何年経っても鮮明に思い出せる。ヒリヒリする肌の感触も、思い出す度に蘇る。

「バトウ……」憎き名を、サイトは呟いた。


     *


 今では追放されているが、ある素真を狂信する教団がガーレにもあった。元々、この島にあって火の素真崇拝は忌み嫌われる。ある存在にあまりにも近いため、火素の扱いも慎重を要している。だが、その信仰は根強く生き続け、細々と続いてきた。このまま、静かに町の片隅に息づくものだと思われていた。

 十年前、複数の派閥が権力闘争を行っていた。一つの家柄が抜きん出てきて、その中心人物は実力も有った。徐々に信頼を経て、彼ならこの土地の行く末を任せられると、盲信する者もいた。

 彼と対立していた権力者は、支持層を増やすため、宗教に手を出した。競合相手を蹴落とせた暁には、大々的に取り上げてやるから、人的繋がりを活用して我々を支持せよ、と。

 そのやり方に脅威を覚えた男は、同じ手法を取ることにした。ただし、後手に回った彼には残された選択肢などが少なく、町の片隅で小さな灯火となっていた教団と手を組むしかなかった。

 それでも、彼は闘いに勝利した。支持層の期待通り、彼の手腕は確かなものだったからだ。彼の名声は上がっていき、やがて多忙のあまり周囲に目が届かないことも多くなった。自ら招いた小さな火が、貪欲に何でも飲み込み、大きく育って行こうとしていたと気付いていなかった。

 より上の立場へと望まれた男は、街を不在にする事が増えて行った。権力の庇護を得た事で増長していた教団は、彼に隠れてやりたい放題していた。

 もともと、この島では、火は畏れるべき対象であり、ジバ信仰は極めて異端である。冬季の冷え込み対策や生活に、火気は欠かせないが、それはあくまで家屋内、屋外の必要な場所のみに限る。決して人の手を離れて存在してはいけないもの、という前提で扱われるのだ。火は一旦逃がせばどこまで広がるか分からない。そのため扱いには細心の注意を払うのが通常の発想であり、火の息吹を不用意に広げようとするジバ崇拝は、異端とみなされていた。

 だが、ガーレで細々と灯っていた火は、これまでの不遇が大きかった分、一気に燃え上がっていた。

 歴代に為せなかったことをやり遂げて見せると、夢を持って男が街を出た後、悲劇は起きた。庇護者に見捨てられ、不安になった祗官達は、主とする素真の力をもって、権威を回復しようとした。

 教団の名はバトウ。彼らが崇めるのは、火の素ジの素真ジバ。ガーレを焼いた炎はまさに、そのジバが荒れ狂っているかのようだった。祗官達は、罪なき人々を火にかけ、殺戮して、恐怖を与えた。トイトルも、この犠牲となった。


 火の素真ジバの名を聞く度、サイトの心は騒ぐ。無意識に剣の柄をきつく握り締めていることを、サイトは手の平の痛みと共に気付く。



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