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星火燎原  作者: 更紗 悟
第二章 【烙道】
23/117

苛党のように


     5


 

 静かに、長く息を吐き。

 止める。

 感覚を研ぎ澄ませる。手にもった得物の先まで、意識を伸ばしていく。

 今。

 言葉では現せないが、その機が来たことを感じ、動き出す。

 今と感じた際、かすかに気が昂ったが、殺気は漏れていないはず。

 狙いと定めた背中には、緊張感が高まった様子はない。相変わらず、うー、違うな、と何やら唸っている。

 静かに、それでいて手早く、サイトは筵に座した男に近づいていく。

 筆を手に持ち、文字を連ねることに没頭している、ようである。

 男の名はシアントル・(ぼく)。彼は牧という苗字を嫌っている為、ただシアンとだけ呼ばれている。

 牧一族は華属であるためダウスに立派な屋敷を持つが、変わり者のシアンはこのガーレの街外れにも居を構えている。

 流れるような動作で、サイトは手にもったものを上段に構える。いつもよりもはるかに軽い。それも当然だ、サイトはいま、いつもの剣ではなく、そこらで拾った棒切れを手にしている。

 真下にある頭を目掛けて、サイトは棒を振下ろした。

 不意打ちは烙道に当たる行為とされるが、状況によっては、油断する方が弱いのだと解される。それに、シアンは『統』分のシト階であり、かつて真宮警護を任されていたことがあるほど腕が立つ。綜真暗殺事件を機に任を離れたが、今ではテイスグという将に気に入られ、その片腕である副将の補佐をしている。

 いつでも仕掛けて来いよと言われているので、サイトに遠慮はなかった。


 背後に立っても無反応だったが、シアンは突然機敏に動いてサイトの攻撃を避けた。シアンは一度も背後を見ていない。

 サイトは追撃しようと構えた。しかしその前に、シアンが手に持っていた筆を横一文字に振るった。筆はサイトに届かないが、毛先についていた雫が飛んで来る。

 サイトは身を斜めに反らして、飛んでくる雫を避けた。

 体勢は整っていないが、サイトはそのまま次の一撃を仕掛けた。地面すれすれの位置から、棒を真上へと振り上げようとした。

 シアンも避けようとするが、棒が迫る方が速い。シアンは、筆を持ち上げ、棒を受け流そうとした。絶妙な角度と力加減で、サイトの棒はシアンに触れることができなかった。

 すかさずシアンは腕を伸ばし、筆をサイトへと突きつける。

 棒を振り上げたサイト。筆を突き出したシアン。二人はその姿勢でぴたりと止まる。

 シアンは仇敵であるかのように睨んでくる。

 その視線を真っ直ぐに受けて止めていたサイトだが、我慢できずに吹きだした。と同時に、シアンも相好を崩した。

「今日は俺の勝ちかな」

 シアンは、筆先でサイトの額を差した。これが実戦で、シアンの手にあるのが鋭利な刃物であったなら、サイトは額を貫かれていたかもしれない。

「それで貫けるものならな」 というサイトの言葉に、筆を見たシアンは、顔を顰めた。

 先端部の先が箒のように開いて、完全に水分が飛んでしまっている。上手くいなしたつもりでも、サイトの鋭い一撃に触れ、先端部が破壊されていたのだ。

 どちらともなく、手に持っていた物をゴミだと思い出して、ぽいと床に放り投げた。さて、一休みするかと、シアンは動いた。


     *


 慎重に火を起こし、湯が沸くまで目を離さない。それから、念入りに始末をしてから、シアンは口を開いた。

「こういうのはどうかな。死ぬまで武器を叩きつけ合うのではく、色付きの筆を持たせ、色付されたら負け、という取り決めをして、闘うというのは。そうすれば、戦争の度に大量の死人を出さなくて済む」

「またそんな。タナトのような事を言う」

 タナト・(えん)とは、綜国『考』分の政司である。国が豊かになるための発案を数多く為しているが、戦争だけは強く否定している。好戦的な性格であった先の綜真が暗殺された時は、タナトの関与を疑う者もいた。彼が綜真に毒を盛り、戦争を無理やり収束させたのではと思われたのだ。

 厳重に取り調べられ、疑いは晴れているのだが、今もタナトは綜上層部から白い目で見られている。

 二人分の茶を用意して、どかりとシアンは座り込んだ。襤褸家にいても、さすがに佳属の出だけあって、上質の葉を使っているようで香だけでも十分くつろげた。

「タナトの言い分は最もだ。大抵の奴は自分が死ぬのは嫌がるものだ。とはいえ、殺し合いをしたがる奴も少なくない。俺の部下にトゼツという奴がいるが、タナトが何を言おうと、戦いを止めはしないだろう」

「トゼツ? そいつは、相手の息の根を止める事を喜びとする輩か?」

 眉を顰めたシアンの顔を見て、そういえば、この友人も一時期は殺し合いを否定していたなと思い出した。無為な戦は自然に反するとして、和を重んじる瑗に同調していた頃もあった。それが、真宮の護士に抜擢され、副将に期待される大隊長とまでなった。人とは変わるものだと思っていたが、やはり、人に優しい性根は変わっていないらしい。

「そこまでじゃないが……。しかし、まぁ、他にも過激な奴がいる。(がい)という名でな、中には、苛党(かと)ではないかと畏れる者もいる」 とサイトは笑って言う。

 苛党とは伝説上の生き物である。人の形をしているが、体格は倍近く、身体能力も太獣(キジュ)並だという。闘争心が凄まじく強く、近しい体格の者と出会うと、どちらが優れているか決まるまで闘う。統道はその彼らの生き方を真似るようやもので、野蛮な思想だとされる所以だ。

 ただ、クウー・骸は過激だが、苛党というには小柄すぎる。それに、気難しい男だが、決して人殺しを楽しんでいるわけではない。それとは異なる思想があるようだが、ちきんと読みきれていないと思っている。

「気をつけろよ。戦場に自分の思想を持ち込む奴は危険だ。そいつの眼が、いつお前の背中に向くか分からないぞ」

 考えすぎだよと答えようとして、真剣なシアンの眼を見てサイトは言葉を飲み込んだ。



 しばらく雑談した後、「行くか」 とシアンが立ち上がった。

「あぁ……」と、物憂げな低い声で応えて、サイトもその後に続いた。





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