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星火燎原  作者: 更紗 悟
序章
2/117

勝手

     1


 軽く息を切らして、サイト・(せい)は闇夜を走り続けていた。

 道は平坦ではなく、見通しも悪い。人目を避けるため、街道を外れた森の中を駆けている。

 一際濃い茂みに入り込んだ所で、サイトは立ち止まり、振り返った。

 追っ手を警戒してのことだが、サイト達に付いてきているのは、遥か高みからこちらを見下ろしている月だけだった。満月ならば輪の恩恵を願えるものだが、今は鋭い鎌を思わせる三日月だ。不吉なものを感じ、サイトは目を逸らし、額の汗を拭った。

 ―――追っ手の姿が見えるようになれば、きっと、もう終わりだろう。このままでは逃げ切れない。

 早く選択しなければならない。あくまで仲間が待つ所まで向かうのか、どこかに潜んで危難をやり過ごすか、それとも……。

 手を引いている少年を、サイトは見下ろした。

 歳はそう変わらないはずだが、ずいぶん幼く見える。顔色が悪く、乱れた息は中々おさまらない。身分からすれば、こんなに長く運動し続けることは稀だろうから、意識を失って倒れないだけマシと思うべきか。

 だがどうしても、少年を見るサイトの視線は自然と険しくなってしまう。

 力を込めてしまわないよう、サイトは一度手を離した。特徴のある手首が(あらわ)となると、少年は反射的にか、サイトの目から腕を隠そうとした。

 ――余裕はないだろうに、そんなことだけは気になるのか。

 口を開かないよう、サイトは我慢していた。一度漏れ出たら、怒りを押さえ切れなくなり、彼を守ろうとは思えなくなるだろう。そうなれば、何のために仲間達が死んだのか分からなくなる。

「急ぐぞ」と、サイトは短く言った。

 有無を言わさず、再び手を取り、歩きそうとした。だが抵抗がある。少年の体が重く、協力しようという意志が感じられない。

 ―――分かっているのか、こいつ。

 サイトは感情を抑えつつ、言葉遣いを変えた。

「急いで、ください。追い付かれれば、もうおしまいなのですよ」

 少年の顔が歪んだ。強引にサイトの手を振り払おうとしたことから、恐怖ではなく、別の感情があるらしい。

「勝手な!」と、少年は吐き出した。

 連れ出そうとした時からさほど抵抗を示してこなかったので、サイトは意外に思った。

「いいですか―――」

 諭すように、サイトは静かに言う。

「敵に会えば、私は殺されます。それは、貴方も同じです。保護されて、また元の生活に戻れるなどと思っていませんか? 違いますよ。脱走した事実は変えられず、貴方の価値は零に近付いた。つまり、もう貴方は私と逃げるしか他に選択肢は―――」

 だから、と少年が遮って言った。

「私の命運を、私ではなく、他人が決める。それを、勝手と言ったのだ!」

 サイトは口を開かなかった。その通りだと思うからだ。

 確かに、勝手なことだ。少年の意思など考慮していないし、失敗して、少年の命を脅かしてしまったのだから。

 この少年は、綜統国(そうとうこく)から母子共々連れてこられ、瑗環国(えんかんこく)で暮らしていた。監視されていたが、とりあえず身の安全は保証されていた。その平穏を、サイト達がぶち壊した。少年を奪還してくるよう、命じられたからだ。

 ただ、他人の都合で振り回されるのは、人の世の常というものだろう。その不条理な現実は、すでにサイトの身に染みている。

 サイトと少年は、無言で睨みあった。

 少年の言い分が正しかろうと、引くわけにはいかない。投げ出すわけにはいかない理由が、できたばかりなのだ。

 何度も勝手に思い出してしまう。

 あの時のことを―――。






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