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星火燎原  作者: 更紗 悟
第一部 第一章 【真穿】
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目指すは


     7


 グラクは渋い顔をしていた。

 まだ別働隊がいそうだという読みは、間違いなかった。規模は五百といった所か。それも引き寄せて、すべて囲い込んでしまいたかったが、上手く行かない。

 指示を出している者がここにいるぞと明確に示し、しかも、自陣を手薄にしてみせた。そうして、これはもう西を攻めるしかないと思わせたつもりだった。

 追加の敵はその思惑に乗らず、結局東に現れた。偶然なのか、それとも、こちらの思惑を読み切った者がいたのか。

 北の戦場を見て、グラクは舌打ちをする。

 もっと中に誘い込めと言ったのに、あの馬鹿め、と内心で罵りの声を上げる。押されることを失態だと思ったのか。この場合、追い返してもらっては、むしろ困るのだ。後で大軍と合流しないように、小まめに潰しておく手筈だと言ったのに。

 統分ではない者に良いように扱われて不満だったのか。自分達で功を挙げておきたいとでも思ったのか。これだから、走り出す前に頭を使わず、ただ目の前の功に飛びつこうとする若僧は扱いにくい……。

 だが、まぁ良い、とグラクは気を取り直そうとした。

 別働隊は、一気に勝負を決めようとして来るだろう。意表を突いたつもりかもしれないが、接近はすぐに悟られる。ならば、できるだけ迅速に迫り、壁を破ろうとしてくるはずだ。

 新手がどれほどの突破力を持っていようとも、倍の数相手では直に足が止まる。すでに交戦状態に入っているが、もう勢いが落ちている。

 仕方がない。とにかくこの新手だけでも引き込んで潰しておこう。そう思った時だった。

 視界の中に、何かすばやく動くものが入ってきた。

「何だ、何が動いた?」

 グラクの注意は、遠く東の戦線にあった。だから、目の前にいたシント達の動向は気にしていなかった。傷つけてはならぬ大事な身柄を抱え、自分達から動くとは思っていなかった。それが、動いていた。シント達が、一丸となって東の戦線へ駆けて行くのが見えた。

「くそ、動いたか」

 もうすでに東側の戦線の背後に迫っており、それで視界に入ったのだ。

 だとすると、一体いつから動き始めていたのか?

 東に新手が現れるまでは把握していた。そこから二つの戦線を気にしなくてはならなくなり、正直、動かない対象からは気が逸れていた。

 素人も混じり足は極めて遅いはずだから、東の新手出現と同時に動き出したのだろう。

「妙に手際がいいな……」

 味方が助けに来たのを見て、慌てて内側からも呼応する、という動きは分かる。ただ、それならまず北から現れた救援を見て、南北で挟み込もうとするものではないか。シントの説得にでも失敗したのか、慎重になっていたのか、この時は全く動く気配を見せなかったのに。

 東にも増援を確認したとしても、すぐには動けない。規模はどのくらいか、勝算はありそうかどうか、見極めてから動くものだろう。そしてすぐに、それほどではないとがっかりしたはずだ。

 けれども実際、果断にも動いていた。これではまるで、東から救援が来る事と、その時機を事前に知っていて、待ち構えていたようではないか―――。

 さらにグラクを苛立たせる事に、東の敵は勢いを増していた。

 最初は手を抜いていたのか、停滞していたのが嘘のように、ぐいぐいと突き進んでくる。

「おい、なぜ押し負けるんだ!」

 思わず、手近にいた統士に当り散らした。険しい顔で睨み付けられたが、構っていられない。

 敵の突進は止まらない。二つの隊が突出して屈強で、歯止めが利かない。先頭に立つ二人の男は、まるで強風が吹きつけるように、立ち向かう者達を弾き飛ばしている。

 グラクは直ちに東への増援を指示していた。ただ、全てが後手に回っている。

 さすがにこのまま突き抜けられることはない。少しでも足が止まれば、そこで囲いこめるはず。なのだが―――。

 食い止めようとする者達は、背中にも気を配らないといけない。新手と、シント達はぴたりと進路を一致させて来ており、一点突破を目指している。これでは、合流されるのを防げない―――。

「してやられたか」 と、グラクは唸り声を上げた。


     *


 トオワは、あまりにも上手く行き過ぎる流れに、驚いていた。

 先着したトオワとトラル達で、まずは東の囲いに挑んだのだが、やはり我津統士の壁は厚かった。大地を押しているように、びくともしなかった。

 ところが、トゼツ達が突進すると状況が変わった。()素真(そしん)ウジンが荒れ狂っているかのように、猛烈な勢いで敵をなぎ倒し始めた。まるで抵抗など無いように、ぐいぐいと奥へ進んでいくではないか。

 しかも、不思議な事に、戦線のすぐ向こう側に味方がいた。北側がここまで来られるはずはないから、中に囲われていたシント達なのだろう。時間的に、こちらの進軍に合せて動いていてくれたとしか思えない。

 壁をすり抜けて知らせを送るのは無理で、矢文などをシントがいる場所に放つことも避けるはず。だとしたら、どうやって足並みを揃えたか、謎である。

 あっさりと合流する事が出来たが、トラルも信じられないらしく、あれは本当に味方かと疑っている始末であった。勿論、間違いなくシント一行である。幹隊長の護衛隊に囲まれた中に、煌びやかな装束がちらりと見えた。

 血走った眼をした幹隊長らは、思いのほか早く合流できたことに戸惑っている。これから必死で戦わねばと思っていた所で、あっさりと合流できたとしたら、拍子抜けするだろう。こちらも同じ気持ちだった。

 幹隊長は、トゼツらに事情を聞きたそうにしていたが、それは側にいる者に制止されていた。今は急げと言われたようで、幹隊長は素直に頷いた。

 どうやら、彼が一行の動きを指示して来たようである。年恰好からしてシト階、おそらくは小隊長程度だと思われるが、遥か格上相手にあの物言いは異常である。

 しかも、気のせいかもしれないが、その若い男はどこか異国の血を感じさせた。言葉にも微かに瑗の訛りが感じられた。

 何にせよ、折角抜け出れそうなのに、こんな所で立ち止まり、また囲まれてはたまらない。その男の小隊の先導で、シント一行は先へと進んでいく。

 トゼツも立ち話をする気は無いらしく、クウーの方は構う気も無いようである。追いすがる河津統士の前に立ちはだかり、小斧を振り回している。

 シント一行は、囲いの外へと出る事ができた。先導してきた男が示した南東へ向かうと、南の森からサイカクらが飛び出てきた。シントの無事を眼にして、しかも自分達の方にやってくるとあれば、安全な所でのんびりしているわけにはいかない。残る全軍を率いておっつけ駆けつけ、そしてシントを迎え入れた。

 サイカクらは、そのまま逃げに徹した。命の恩人である真穿のことより、自分達が逃げ延びる事のみが頭にあるのだろう。それは、それで正解だった。河津攻団も、南側から追っ手を差し向けている。



「さて。後は、どうやって逃げるかだな」

 依然として危機にあるのは変わり無いが、最大の懸念が無くなり、どこかほっとした気分でトオワは呟いた。

 シント達を逃がしたは良いが、彼らの助力は無くなった。一時的に倍近くになっていたからこそ何とかなったが、半減した今となっては、河津攻団の盛り返しを抑えるのは厳しい。東へと戻るしか無いが、このまま素直に行かしてくれるはずもない。おそらくトゼツ達も前進してこそ本領を発揮でき、後退しつつだと力は落ちるだろう。どうしたものか、と周りを見て、おかしなことに気づいた。

 ―――トゼツ達が、戻って来ていない。

 追いすがる敵からシントを護って殿(しんがり)を務めていたが、その後、どうしたのだろう。まさかと思って前を見て、トオワは呆れた。

 トゼツ、クウーらは、またしても前進しようとしていた。再び西へ、ではない。今度は北へ、だった。

「正気か?」

 西に布陣していた敵がこちらへやって来て合流する前に、少しでも遠くへ離れておかなければならない。それなのに、東へ向かうどころか、北へと進路を変えている。

 北からは、真穿本隊が南下を試みている。そこへ南側から北上しようとすれば、挟み撃ちができる。それを狙ってのことか。

 ただ、それを成功させるには、本隊がまだ南下しようと圧をかけている上に、迅速に北の壁を崩し、突き抜けられなければならない。破れなかった場合、東と西の合流軍に挟まれ、完全に逃げ場を失う。無謀な賭けに思えた。

 自分達だけ離脱しようとしても、小隊だけなど一たまりもない。やむなくトオワとトラルの隊も引き返して、トゼツ達の後に続いた。他にも、ジルとかいう女の隊と、それから、シントを導いていたあの男も戻って来ていた。

 やはり、彼とその部隊はシント直属ではなかったということらしい。ジルにも声をかけており、ということは、彼らは真穿の者だったということだろうか。

 そういえば、真穿は最初から百名ほど不足していた。彼らがそうだったのか。シントの側に行っていたから、その分が欠けていたのか。

 いや、それはおかしいとトオワは思う。

 真穿が現れたのは、シントが完全に囲われた後である。その後で一小隊程度があの囲いの中に割り込めるはずがない。では、最初から幹隊長らと共にいたかというと、そうでもない。シント一行の側にいた幹隊長の部隊は目にしており、そこにはいなかった。

 紛れ込めるとしたら、それはいつなのか? 囲い込みが発覚し、シントのお側にと駆け寄った者達の中にいたのか。いや、違う。その時はまだ、サイトらは姿を見せていない……。

「とにかく今は―――」

 今はとにかく、この状況をどうにかしないと。トオワは気持ちを切り替え、トゼツらを後押しして闘った。




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