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星火燎原  作者: 更紗 悟
第一部 第一章 【真穿】
15/117

待て


     6


 河津攻団は、シント達をがっちりと囲って動かない。ほぼ正確に東西南北に分かれており、どの面をとっても千近くはいるようだ。

 南にはそれほど大きくない森があり、西には小高い丘がある。そこから河津攻団は下ってきて、今の位置に大きな囲いを作った。

 突破するとしたら、どこからか―――、と時間を持て余しているトオワは考えた。

 姿を隠せる森からか、丘を登り駆け下りるか。まず、森からは無さそうだ。真穿は行動を開始するなり、サイカク達残党から離れて、森から出ている。起点とするならば、わざわざ出て行かない。北と東側は平地で、近づけばすぐに存在を察知され、即座に迎撃準備を整えられてしまう。

 となると、西から攻めるつもりか。そこに陣取っている大隊は、河津攻団の最後尾であったこともあってか、全体を仕切るグラクもいる。勢いをつけて駆け降りれる上に、上手く行けばグラクを討てて、幹隊を麻痺させることができる。

 それで突破できるだろうか、と続けてトオワは考えた。真穿は大隊規模であったが、そこにトオワら有志の者達が付き、総勢千五百ほどとなる。どこか一方の壁に集中するなら、穴を開けるのは容易い。そしてシントを救出した後、さっさと撤退すれば良い。

 そう思っていたトオワは、意外な光景を眼にすることになった。真穿が千人ほどで仕掛けたのだが、彼らは森を出た後、囲いの北側から姿を現したのだ。

 河津側・グラクも北側とは思っていなかっただろう。何処から来るのかが明白ならば、当然その方位の増援が容易になるからだ。

 真穿は北側の壁にぶつかって行った。国中に広くその名を知られた部隊の実力はいかほどなのか。圧倒的な武力を見せ、快勝してほしいと、トオワは期待していた。

 その結果は、互角と言った所だった。押されもしないが、押し切れもしない。

 ただ、劇的に強いというほどではないが、地力は低くないようだ。北側から接近したのは、実際のところ千弱ほどでしかない。元からいないのか、揃えられなかったのか、真穿は一小隊程が不足していた。それでいて、統率の取れた千と互角なのだから、やはり、個々の力はそれなりに高いと見るべきか。



「おい、これで大丈夫なのか」 と、トラル・(けん)が聞いてくる。「俺達はまだ待機で良いのか。今からでも合流すれば、あそこを突破できるんじゃないか」

 俺に言うなよ、とトオワは素っ気無く答えた。そんな号令を自分が出せるはずはない。そう分かっているはずなのに、何故、俺に言ってくるのだ。

 苛立ちを隠せなかったが、少し突き放し過ぎたかと思い直した。案の定、トラルは不安そうな顔になっている。

 トラルは、ずっとこんな調子だった。同じ佳属ということもあるのか、友人として親しく声をかけてくるのはまだ良い。ただ、さほど自分で考えずに、トオワの判断に頼ろうとする悪い癖がある。今回も、危険が伴うこの救出部隊にトラルが志願したのは、トオワが行く事になったからだ。

「考分の方の指示だ。何か深い理由があるんだろう」

 言葉とは裏腹に、どちらに転ぶか分からない戦況に、トオワも焦れていた。

 どうして自分達は少し離れたこの東側で待機していないといけないのか。ここに温存してある五百も最初から投入していれば、もう北の壁を突破できただろうに。

 まだか、と思いながら、トオワはソンヴ・識を見た。

 行動開始の合図は彼女がすることになっている。苛立ちを募らせる男達と対称的に、ソンヴは平然としていた。むしろ、退屈そうに戦場を眺めている。自分達も行かせてくれという嘆願は、これまで完全に黙殺されてきた。

 真穿の者は慣れているのか、大人しく待機している。ここに残された小隊長三人の内、厳めしい顔をした二人などは、小娘の言う事に従うように見えなかった。それなのに、意外にも黙ってじっとしている。それだけソンヴ・識という女に信を置いているということだろうか。

 トオワ達合流したばかりの者達は落ち着いていられない。焦れていると、河津攻団に動きがあった。

 グラクの側から、一小隊が北側の援護に差し向けられた。折角真穿が奮闘し、数を少し減らした所を、すぐに元通りにされてしまった。

 仮にまた百減らしたとしても、また補充されるだろう。それを繰り返されれば、真穿が北を撃破できる可能性が零に近くなる。グラクはこうしてこちらの疲弊を待つつもりなのか。



 我慢できなくなったトラルは、ソンヴに話しかけた。行って良いか、ではなく、これでよいのか、と聞く辺り、彼の性格が出ている。今度も、彼の問いは黙殺された。

 心外そうな顔を見せたが、トオワは構う気分ではなかった。

「―――待てといったら、犬でもちゃんとするわよ」

 そう言い捨てたのは、ソンヴ・職だ。ようやく反応してくれたのは良いが、これはさすがに、まずい。トラルは自分が佳属であることを恃んでいる。その相手に向かって、犬以下呼ばわりだ。これはさすがにトラルも黙ってはいまい。

 間に入ろうかと思った所で、ソンヴはさらに口を開いた。

「今の状況こそが罠だってことは、犬並の頭でも分かっているわよね?」

 トラルだけでなく、トオワも言葉に詰まった。罠に嵌ってこうなったことは確かだが、これが、今のこの形の方が、罠だというのか?

「あのシントは餌なの。私達のような、飛び入りを誘い込み、壊滅させるための、ね」

 グラクは、シントを餌にして他の隊がやってくるのを待っていた、ということか。確かに、シントを相手にするので慎重になっていたのだろうが、いくらなんでも時間をかけ過ぎていた。それはわざとであり、そうして、救援が飛び込んでくるのを待ち構えていたといわれれば納得できる。

 二千も三千も固まっていれば、手を出すのを躊躇する。だが、適度に散っていて、どちらか一方、千相手ならまだ組み易しと思えるものだ。

 しかも、前列は突入しやすいように隙間を持たせてある。そこを突き、深く侵入してくる者達がいれば、まずは強く抵抗せず、内に招き入れる。方向転換し難くなるほど入り込んだ頃合で、他方から増援を送り、囲い込む。そういう手順であるらしい。

 密かに口を開けて待っていた脅威に気づき、トオワはぞっとした。

 でもね、とソンヴは言う。

「真穿を囲い込むつもりはなさそう。そもそも小粒すぎて殲滅しておこうという気にもならなかったのかしら。単純に弾き返してお終い、とするみたい」

「ならば、さっさと―――」

「うるせェな」 と、不機嫌極まりない声がした。

 こちらを睨んでいたのは、真穿の小隊長の一人で、トゼツという名の男だ。腕、胴、足と、どの部分も丸太のように分厚い。特に利き手と思しき片腕の筋肉は、際立って重量感があった。

「テメェが見てなきゃならんのは、そこにいるネェちゃんじゃねぇ。あっちだろうが」

「しかし……」

「ほら、見ろよ。よそ見していると、兆しを見逃すぜ」

 トゼツに促されてみれば、確かに攻団にまた動きがあった。

 グラクは、西側よりさらに一小隊を割いて北に投入した。これで西から二百動いたことになる。やけに偏っているなと、トオワは思った。意味はないのか、それとも、自陣の方が、指示を早く伝達させやすいということだろうか。何故、ここまで無傷の側を動かす事をしないのだろうか……。

 そうか、とトオワは思い当たった。南側には、サイカク達残党がいる。動くつもりは無く隠れ潜んでいるだけだが、気づかれていた。そして、奪還を狙って潜んでいると思われたならば警戒を怠れず、南は動かせない。あとは、手薄となりつつある西側まで回りこみ、急襲するということか。



「さあ、もう良いわよ」 と、ソンヴが口を開いた。

 男たちはその言葉で即座に動き出した。トゼツ、クウー率いる猛者達は鬱憤を晴らそうと駆け出していく。もう一人の小隊長、ジルとか言う女は、表情を変えずに、準備を整えていた。

「しかし、これから西に回りこむのは、時間がかかりますよね」

 散々待たされ、しかも移動を余儀なくされられた所為か、いつになく攻撃的にトラルは皮肉を言った。

「え? そんなことすれば、そうね」 ソンヴは 不思議そうな顔をしていた。

「手薄になった西から攻めるんじゃないんですか。ならば最初から、北に潜んでいれば良かったですね。そうすれば、どちらにも動けた」

「そんな必要はないわ。予定通りよ」

「いや、しかし、ここから攻める訳じゃないでしょう? 大回りしないと、すぐに見つかるんだから」

「いえ、良いのよ。何のためにここに待機していたの? 東から攻めるためよ」

 ぎょっとした。他の顔を見渡すと、このまま無傷の東側を攻めはしないと思っていたのは、トオワとトラル達だけだと分かった。




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