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星火燎原  作者: 更紗 悟
第一部 第一章 【真穿】
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曲者揃い

     5


 二十代半ばになったサイト・成は、逞しい青年となっていた。

 生来の血筋によるものか、実戦で鍛えられたものなのか、しなやかで引き締まった肉を身に付けている。成家は武の名門であり、その優れた出自に相応しい風格も漂い始めている。同時に、母方の異国の血も残っており、肌の白さなど、はっと眼を引く容姿をしている。

 サイトが率いる大隊は、『真穿(しんせん)』と呼ばれている。綜真が自ら創設した部隊で、自由意志での行動を許されている。

 本来ドウト階でしか指揮できない大隊を、シト相当の若者が任されたこともあり、真穿はオウ・青の戯れと見るものも多かった。ところが、ボドとダアロの平定など、予想に反して真穿は実績を挙げてきた。

 彼らが近くにいたことを、運がよかったとトオワは素直に思ったが、皆同じ思いではないようだ。バイローをはじめとして、露骨に煙たがっている顔をしている者が多い。

 これだけ優遇されて、実績も上げているとあれば、やっかみもするだろう。後から来て主導権を握られかねないとあれば面白くない。その気持ちはトオワにも分かる。だが今は彼らが頼みの綱だ。

「まず聞いておきたいのだが―――」 と、サイトは突っ立ったまま、不遜とも取れる態度で口を開いた。「誰だ? このあまりに間抜けな状況を作り出したのは?」

「成、貴様、また何という口の利き方を… …!」 と、サイカク・蔦が呆れ返って言う。

 どうやら二人は見知った仲のようだ。ならば出世願望が強いサイカクにとって、サイト・成は煙たい存在だろう。異国から真となる者を救出してきた英雄であり、大隊長に抜擢されるなど上からの覚えが良い。蹴落とすことができないなら取り込んでおきたい所だが、サイト自身が望んだものなのか、その立ち位置は特殊だ。

「ただ名前を聞いているだけだぞ? それすらもできないのか?」

 サイトは、サイカクを睨んだ。命のやり取りを常とする生活とは縁遠いサイカクは、怯んだ顔を見せた。

「―――自業自得だよ。オスト・青のな」

 そのこもった低い声が何処から発せられたのか分からず、皆はそれぞれ視線を巡らした。サイトが伴ってきた集団の中から聞こえたようだが、すぐに判別できない。

「あの馬鹿シントの、自業自得だと、言ったんだ。言葉が分からんのか」 と、もう一度声がした。周囲の者が驚き、身を引いたことで、居所が分かった。

 誰の声か分かりにくかったのは、木彫りの面を被っており、顔がみえなかったからだ。十文字に裂け目が開けられている以外は何の装飾もなく、その淡白な造形はムガと呼ばれる架空の化け物を模したものだ。

 サイカクの顔が青くなり、それから赤くなっていく。それに伴い、サイトの顔に笑みが広がる。サイカクが怒鳴ろうとするのと、サイトが大笑いを始めるのは、ほぼ同時だった。

「確かに、そのとおりだな」 と、サイトは愉快そうに言った。「前にも、こんな状況に追いやられたことがある。不思議と、シントといる時に、こうなるな」

「成、お前、無礼な!」 と、サイカクが怒鳴る。

 再び仮面の男が口を開こうとするのを制して、まぁいい、とサイトは言った。

「とにかく、その無能者を連れ帰ってこればいいんだろう?」

「待て。何よりもシントの御身が大事だ。巻き込まれてお怪我でもされたらどうする。新参者は黙って控えていろ!」 とサイカクが唾を飛ばして言う。

「黙るのはお前だ!」 と、サイトは一喝した。「何よりも大事なものなら、まず、こんな場所に来ることを止めろ。それができない者に、何も言う資格はない」

 サイカクは、歯噛みして悔しがった。確かに、主を死地に近づけない事はサイカクの役目であろう。

「―――まあ、人のことは言えないがな」 と、サイトは小声で呟いた。



「じ、人員はまわせんぞ」 と、サイカクはせめてもの抵抗を示して言った。「オスト様を奪還したあと、お守りするには、人手がいるのだ」

「ああ、良いさ」 と、構わずにサイトは言う。「元々期待していない。俺達は、俺達だけで闘う。ただ、そうだな……」

 サイトは、人の悪そうな笑みを浮かべた。

「もし、シント救出を志願する者がいたら、それは連れて行ってもいいだろう?」

「そ、それは……」

「そんなにはいらん。自ら行きたいという者と、それと……」

 ぐるりと辺りを見渡し、サーカに目を留めてサイトは言う。

「そこの彼、どうやら役に立っていないんじゃないか。なら、連れていっても良いだろう?」

 サイカクは、バイローを見る。サーカが使える部下かどうであったか記憶にないらしく、バイローは曖昧に頷いた。

「決まりだな。それから、もう一人」 と言って、サイトはトオワを見た。「彼も、問題ないだろう?」

 トオワは、驚いてサイトを見返した。役立たずと決め付けられたのか。お前に何が分かるという気持ちはあったが、不思議と不快な気分はしなかった。そうではなく、もっと働きたいだろう、と誘われている気がした。

 下手にごねて自分たちまで狩り出されては堪らない、と算段したのか、バイローは、連れて行くがいい、と告げた。

 切捨てられた形ではあるが、このままバイローの下にいてもろくな目にあわない。それならば、この若者に付いて行ってみたいと、トオワは思い始めていた。この短いやり取りの中でも、彼に強い行動力と魅力を感じていた。



「だがお前」と、サイカクがなおも口を挟んで来る。「さぞかし良い考えがあるのだろうな。無謀に突っ込んで行っても、どうにもならんぞ」

「考える、だと? 俺はそんな面倒なことなどしない」

「お、おい。下手に手を出せば……」

「俺は、だよ」 と、サイトは素っ気無く言う。

サイカクが意図を取りかねて黙り込んでいると、そこに声がかけられた。

「つまらない話は済んだの?」と、言ったのはこちらに歩いてきている若い女だった。

「ああ。そちらは?」とサイトが答える。

「終わったわ。十分とは言い難いけど、まあ、たぶん釣れるでしょう」

「ソ、ソンヴ・(しき)―――」

 サイカクはこの女が誰か知っていたようで、怯えに似た表情でその名を呟いた。女一人に何故そこまで驚くのかと、バイローが訝しげにしている。

「コウ・ウの跡を追う者だ」 と、サイカクは畏怖の念を滲ませて囁く。バイローは、それでも腑に落ちてはいないようだった。

「済んでないじゃない」 と、ソンヴは唇を尖らせた。

「今、済んだ」 と、サイトは不敵に笑っている。

「まあ良いわ。あと、こちらは、と……」 真穿の方を見てソンヴは言う。

 ソンヴの指示で、数人の隊長格らしき男達が呼び出された。その中で、クウー、トゼツ、という男達に何事かを言い含めている。そしてその後、ソンヴはトオワとサーカにも、当たり前のように指示してきた。

 おそらく『考』分の臨時従軍だろうが、今はこの女が真穿の参謀的な立場のようだ。知識はあると思われるが、実戦などできそうにない女に任せて大丈夫だろうかと、トオワは少し不安だった。

「こんなものかしらね。できたら、もう一手ほしいところだけど……」 と、ソンヴは物欲しげに辺りを見渡す。その視線が仮面の男に止まった途端に、彼女はにんまりと微笑んだ。

「戦場とは、自らの全てを懸けて闘う場所なのよ。知ってるわよね?」 とソンヴは言った。

 何のことだと、嫌な予感を覚えているらしい仮面の男が訝るが、ソンヴは無視した。

 これで仕込みは完了したらしく、「じゃあ、始めましょうかね」 と、ソンヴは、まるで忘れ物を取りにでも行く様に、気軽そうに言った。



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