男は待っている
第六章【頂に望む星】
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ダウスの街は平穏を取り戻しつつあった。戦闘が収束して、勝者が護士側であろうと反乱した側であろうと、主導者となる者が決まりつつあるからだろう。もちろん、これですぐ納得、今までの状態に戻るということは不可能。今後も反発は続くので、それに対抗できる体制を整えるため、まず落ち着かせななければならない。
乱を主導した男にとって、ダウス制圧は予想より早く完了した。
仮にも一国の首都を落とすのである。幾つもの障害が立ちふさがっていた。その全部を相手取って、打ち破るのは困難なので、こちらに抱き込める勢力は取り込むよう男は画策してきた。だが、実際事を起こしてみると、注意していた者達は、予想外の動きを見せた。
サイカクやタナトは、口だけの男だ。殺気だった統士達が迫ってくると知った途端に、口を閉ざして一目散に問題から逃げた。男にとっては、これは想定内のことだった。
強権を築きつつあったクドゥは、遠く異国の地でその牙である配下を失っていた。彼個人からは頑固な反抗が予想されたが、クドゥはあっさりと逃げに転じた。頼みの牙は遠く離れた所に行き、そして果てていた事が彼の心を挫いたのか。散々逃げ回っていたが、ほどなく男の協力者により捕獲された。
あと、勢力としては小さいが、団結力がある真弟派は、こちらに同調し決起するはずであった。ところが、この期に及んでみると、真弟派は動かなかった。それどころか、真弟派は手早くダウスを脱出していった。
最も叛意を促し難く、強固な反抗がなされると目された真穿については、最初から叩き潰すつもりでいた。オウ・青直属の部隊であり、大隊長に絶大な信頼を置く彼らとは、激戦を繰り広げるしかないと、覚悟していた。
ところが、こちらも意外なことに、事が起きたと知るや否や、ダウスから逃れていった。嫌に手際よく撤収し、秘密の抜け道を用意していたのが気になる所だが、どうやら難事が起きたならばそういう対応をするという手筈を決めていたらしい。
「さて……、そろそろ、かな」と男は呟いた。
まだ問題となる勢力がある。オウ・青に対して絶対の服従といった様子を見せないものの、この機に及んでダウスに出没したグントラターグ率いる、ルブラの者達だ。
かの街の主戦力は、煌侵攻に伴い、西から山岳地帯へと行軍している。ダウスをどうこうできる戦力は残っていないはず。とはいえ、あの切れ者が身一つで乗り込んで来るはずはない。どれだけ潜ませているかは分からないが、ある程度の戦力を用意してきていると思われる。
グントラターグがどこまでこちらの動きを察しているか、その時となれば、彼はどう出るのか。その意志は不明だったが、反乱の直前になって、彼らは真穿の者を攻撃した。
真に反抗し味方となるのかと期待したが、真弟派と一悶着した後、グントラターグらはあっさりと退いた。数・質共に乏しい真弟派ぐらいどうにでもなるはずなのに、である。彼もまた、綜真に対して、逆らって見せる意志はあるのか、ないのか。我らに同調するのか、敵対するのか。その意思を確かめる必要があった。
そこで、同志として暗躍してもらっている者に、彼との接触を図ってもらった。剣を抜く覚悟があるのか否か、また、その切っ先はどこを向くのか。
征圧したシンキュウの、その中枢にある真の間で、グントラターグの賛同の知らせ、あるいは捕縛の報を期待して、男は待っていた。
*
結局、その女は一人で帰ってきた。
覆面を解きながら、落ち着いて見せているが、興奮と疲労が僅かに滲み出ている。どうやら一戦交えてきたようだ。
反乱の首謀者たる男は、「斬ったのか?」と、女に声をかけた。
詰問口調なのに気分を害して、女は応える。
「ええ。主に会わせるどころか、敵対の意志を見せた。だから、皆殺しにしておいた」
ただ、真穿の副官トオワ・迅を拉致していた事からして、真穿の力を削ごうとしていたのは間違いない、と女は付け加えた。
「共に戦う気はなく、将来の敵となるものは排除しておいた、という所か。まあ、邪魔となるものが減ったのだから、最悪ではないか」
「グントラターグは? そちらで所在は掴めたの?」
「君に期待していたのだがな、エヌイ。こちらもむなしく、尻尾も掴めていない。これはもう、慌てて西のねぐらに逃げ帰ったのかと思い始めた所だ」
まとめていた髪を鬱陶しそうに振り解きつつ、その女、エヌイ・葵は頷いた。
どこか苛立ちを感じて、男は言った。
「どうした? 奴を仕止められなかったのが悔しいのか?」
「いや……。それより、思わぬ邪魔が入った」
ほう、と男は面白がる。このただ者ではない女を手こずらせたのは何者か。男は先を促す。
「連中が拉致していたトオワ・迅を、ついでに潰しておこうと思った。そこへ、彼の配下が現われ、死に物狂いで邪魔をしてきた」
「配下……。もしかして、スクル・桧か?」
「そうだ。愚かな奴だ」
首謀者は、そうか、斬ったのか、と呟いた。その声に何を感じ取ったのか、エヌイは、「残念?」と聞いた。
力なく首を振り、「実際、愚かな奴だったよ。いらぬことに首を突っ込んで、こうなることも、まぁ、あるだろうと思っていた」 と男は答えた。
「予想外に抵抗してきた。正直、彼の力量を見誤っていた」
「そうか。あのサイト・成が目をかける位だからな。潜在的な力は、それなりにあると思っていたが」
「そういえば、貴方も相談に乗ってあげてたりしていたものね。やっぱり、残念なんじゃないの、レクト?」 とエヌイは言った。
こうすると決めた時に、こういうこともあると覚悟していたさと、レクト・殊は応じた。
「奴がいたら、こうも段取りよく事は進まなかっただろう。せっかく不在の時を狙ったんだ。今のうちに体制を整えないといけない。残念がっている暇はないさ」
「真穿が戻ってくる前に、ね。だけど、それはいつになる事か。案外、無事に下山してこれないかも」
「ありうるな。ツークスを落とすのは難しい。途中で諦めて帰るとしても、引き返し始めた途端、追っ手が掛かるだろう。焦る背中をぐさりとやってくれていれば、手間が省けて良いのだが」
レクトたちは、反乱の際になるべく障害が少なくなるようにと手を打っていた。融通の利かない正規統士団を率いるバシーや、クドゥの懐刀・ゴウトク、そして真穿が、遠くにいる機を見計らって行動に出たのである。
森にでも入り込んで手酷くやられ、早々に逃げ帰ってきてもらうのは望ましくない。逆に、破竹の勢いで進んで、首尾よくツークスを陥落させて、無傷で戻ってきても面倒だ。ほどよく疲弊して、都合よく進攻を終わらせるくらいが良いと思われる。
そうなるようにと、調整役を遠征部隊の中に潜り込ませていた。それが、煌への案内役・サンノジだ。
*
彼は煌に生まれ、煌真への絶対的権威の下で育ってきた。敵対する綜の者を自ら案内するなど、普通はありえない。けれども、ここには事情があった。統分を牛耳るサン家、その主軸的立場にあるエンヴ・サンは、不敬なことに、煌真への叛旗を目論んでいた。
ノジもまた、サン家に連なる血を持つが、煌真への背信行為など許せるものではなかった。禁忌とされた場所には何がなんでも近づかないなど、一度定められた決まりを破ることを極端に嫌う性格なので、たとえ自家の行いとはいえ、不遜な行為を許容できなかった。
自分の家の不始末は、自分で正さなくてはらないと、サンノジは考えた。エンヴを止める為には、サン家の権力を削ぐ必要があった。その権力基盤である統分を弱らせるのが最適だと考え、わざと敵対勢力を呼び込むことにした。そういう事情があって、ノジは忌むべき綜の民を自ら山へと導いた。
ただ、本当にそのままツークスを落とされては話にならない。統分を、エンヴを、適度に弱らせる程度でいいのだ。そうならないようにと、サンノジの方でも、協力者を求めていた。そうして、裏で策動するレクトと知り合い、二人の間に密約が交わされた。
ツークスを落としかねない事態になる前に、レクトが動く。留守を狙われたと知れば、綜は慌てて引き返す。サンノジとしては、エンヴの力を削ぎ、煌真への敬意を取り戻すことができる。レクトとしては、反乱の後、それが既定の状態と落ち着かせるだけの時間を稼ぐことができる。其々の利点を持ち寄り、二人はこうして結託した。
ただし、組んだと言っても、彼は違う国の民であり、全幅の信頼は置けない。実際にサンノジとの間で話を進めてきたのがエヌイであるという点も、不審の残る要素ではある。
とにかく、本当にツークスを落としでもしない限り、乱を知ってとんぼ返りをしようとしても、後ろを気にしながらではそう早く帰れるはずはないのである。
「サイト・成は侮れない。いつかは戻ってくる。それでも、降りて来るまでに日数はかかるはず。やるべき事を済ましておくには十分よね?」 とエヌイは言った。
ダウスを落として、護士達に武装解除させても、綜上層部を解体して政の主導権を奪ったとしても、まだ綜を乗っ取ったとはいかない。
なにより、肝心なのは綜真、オウ・青。彼を抱きこむか、または真の証である宝玉を奪わないと、綜全土を支配する事はできない。
ところが、厄介な事に、いつの間に手筈を整えたのか、オウ・青は真穿を追って煌に向かってしまったという。真穿が戦に向かう際、こうして姿を消す事が以前にもあったため、彼がまたしても戦場に行ったようだとすぐに知れた。
オウ・青の身柄を押さえるには、真穿を打ち破る必要がある。規模を維持したまま逃げ回られたら面倒だが、ダロル・シンになるという野望を掲げるオウ・青なら、きっと居城を取り返しに来るだろう。真穿の長、サイト・成も、友の裏切りを許さない男だ。烈火の如く怒って攻め込んで来ることだろう。
心臓が、どくん、と大きく波打ち始めた。
怒りで満ちたサイトが現れる。その彼と対峙する瞬間を思っただけで、鼓動が高鳴り始める。互角の腕前と評される彼と、死に物狂いで争えば、果たしてどちらが生き残るだろうか。知らず握り締めていた拳に、痛みを感じる。
相手がどんな状態で戻ってくるか分からない。だが、一度綜真に叛旗を翻したのだ。負けるわけには行かない。勝たねば、自分だけでなく係累にまで災禍が及ぶ。
さすがに一国の首都だけあって、ダウスを落とすまでにこちらも多大な損害を受けている。一刻も早く体制を整え直さないと、本番がやってきた時、迎撃に支障が出る。ダウスの沈静を図る一方、部隊を再編成しつつ、レクトはその時に備えていた。




