刹那に、成る
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サイトは、リ・ウ・鵬の武力に圧倒されかけていた。リェンのそれに似た、西方由来と思われる武術に苦戦していた。
妙に長く思える手足、ふくよかな顔つき、穏やかな笑顔。一見強そうに見えないが、人は見かけによらないとはこの事だ。
重装過ぎると思えるほどの甲冑を着けていながら、流れるような身のこなし。単なる腕力ですら人並み以上なのに、時に身を回転させ襲ってくる、意表を付いた剣戟。打ち込み後の隙を見逃さず、合間に蹴りや打撃まで叩き込まれる。
リ・ウ・鵬は武人として格別で、集中力を切らして対応できる相手ではない。だが、仲間の倒れる音、敵の歓声、獣の雄叫びが耳に入るたび、サイトは集中しきれていなかった。その僅かにできる隙を見逃してくれる相手ではなく、動きが鈍る間に付け込まれ、サイトは手傷を負ってしまっていた。
敵首魁であるこの男を落とせば、戦いが終わる。少なくとも大きく流れを変えられる。湧き上がる想いは焦りを呼び、判断力を削り、ただでさえ消耗した身に追い討ちをかける。今はどこかへやってしまいたい気持ちを、打ち込みに乗せてリ・ウ・鵬に叩きつける。だが、ここにきてまだ余裕の笑みすら残っている手練には通じず、軽く流されてしまう始末。
「くそっ」 一旦離れて、気持ちの切り替えをしたい所だが、そうした心中が読み取れるのか、リ・ウ・鵬は追撃してくる。
リェンたちが三大将を落とし、クウーが獣相手に奮闘、ドウゴが死闘を繰り広げていると、耳に入ってくる。この勢いに乗って、今度はこちらから重圧をかけると思うが、それも適わない。
情勢に関わらず、リ・ウ・鵬には揺るぎがなく、容赦もない。調子に乗った所で、大降りになった所を狙い討たれるのが目に見えていた。
特にこの体術。この動きを止めないと、まともに打ち合えない。水のように流されていては、いつまでも有効打は与えられない。
水……? ならばここならどうだ? 一計を思いついたサイトは、状況を変えるため試してみる事にした。
じりじりと後退、そこに近づいて行く。こちらの思惑を読んでいるのか、気付いていないのか。とにかく追撃の手を止めるつもりはないらしくリ・ウ・鵬はサイトに付いてくる。最後はあからさまになっても、サイトはそこに向かって駆けた。
ツークスのすぐ側を流れる小川。その浅瀬へと足を踏み入れたサイト。対峙するリ・ウ・鵬もまた、水の中へと踏み込んで来た。
警戒してついてこなければ、それはそれで一息つけると踏んでいたが、リ・ウ・鵬は乗ってきてくれたようだ。
彼の流れるような体術は足腰の捻りが重要ではないかとサイトは見ていた。ならばその足運びを少しでも鈍らせたらどうか。水の中に足を突っ込んでいれば、多少なりとも滑らかさは失われるのではないか。
これで自分が足を滑らせていては意味がない。慎重に歩を進めながら、サイトは数合打ち合ってみた。
相変わらず上半身のキレは鋭く、手数は落ちない。だが、足元の不確かさが、歩幅の微調整を困難にしていた。向き合っての打ち合いならばやれる、と思った時だった。
「ふむ。なるほど。これだと動きが鈍くなり難儀だな」とリ・ウ・鵬は言って、顔を上げた。
「―――などと、言うと思ったか?」
「何!?」
リ・ウ・鵬は水中から軽やかに跳び、回し蹴りを繰り出した。利き手でない方の二の腕で受け止めるが、重い衝撃で体勢が崩れかける。
蹴りをぶつけた反動で、リ・ウ・鵬は器用に身を捻り、もう片方の足でサイトの顔面を狙う。頬に命中して、一瞬意識が飛びそうになるが何とか踏み止まる。
着地したリ・ウ・鵬は、すぐに片足を跳ね上げる。その一蹴は届かないが、衣服の裾に付いていた雫が飛んで、サイトの目に飛び込んでくる。反応が遅れ、まともに食らい、サイトは視界を奪われた。偶然ではなく、狙ってのことだろう。
目を瞑ってしまったサイトは、そこで焦らず、意識を集中した。空を切る音を聞きつけ、リ・ウ・鵬の位置から算出して、向かってくる斬撃の方向を予測する。迎え撃とうと繰り出した剣は、上手く受け止める事ができた。
「ほぉ」
リ・ウ・鵬が感心したような声をあげる。
力任せに剣を押し、リ・ウ・鵬との距離をとった。かっと目を見開く。幸い追撃はなく、リ・ウ・鵬はその場に留まっていた。
「武の才能があり、それなりの経験も経ている。機転も利くようだし、度胸もある。なかなかの逸材だな」
リ・ウ・鵬の言葉に、やはり強い、とサイトは幾度目かの実感を繰り返した。
せっかく足場の悪い水中に引き込んだのに、まるで苦にしていない。こちらの狙いは見抜かれていた。その上で、それならそれで戦い方があると、見せ付けられた。
このまま闘っても、勝ち目は無い……。
*
意を決したサイトは、浅瀬を出た。次は何だと言わんばかりに、付いてくるリ・ウ・鵬には余裕があった。
サイトは、基本的に我流で剣を振るっている。クウーのように力がすべてではないが、リ・ウ・鵬のように洗練さらた剣技もない。
サイトが生まれた成家には、一族伝統の技術があった。幼くして生家に反発して家を出たサイトには受け継がれていない。正式に教わった事は無いが、父が剣を振るう姿は見た事がある。サイトに流れる血が、幼い眼に焼きついたそれを再現可能だと告げていた。綜有数の武の家系である成家の血が、己の技を教えてくれると、囁いていた。
生まれに頼らず、自分の力で生き抜くと決めていたサイトは、その囁きを無視してきた。だが、今は奇麗事を言っていられない。
真穿の多くが傷つき、血を流している。ドウゴは決死の戦いを行ない、おそらくは帰ってこないだろう。オウル・青もまた、命を散らす覚悟をしている。
彼らの流した血を戻す事はできない。ならばせめて、その上意味を奪ってはならない。
今、俺が負ける訳にはいかない。
決心したサイトは、周囲に張り巡らせていた気を解いた。戦場の状況、周囲の他の敵を意識の内から外し、目の前のリ・ウ・鵬のみに集中する。
サイトの雰囲気が変わった事を察したのか、リ・ウ・鵬の表情から笑みが消えた。殺意のこもった鋭い眼光から、本気になったのことは明白だった。
ここまで拮抗してきたのならば、勝負は一瞬で決まると、サイトは感じた。
剣先を下に向けて構えて、いつでも切り上げられるように、気を張る。
待ち構えるサイトに向かって、リ・ウ・鵬が駆けて来る。そして、その勢いを乗せた全力の突きを繰り出してきた。
その刹那、サイトは下から剣を振り上げ、リ・ウ・鵬の一撃を弾き飛ばす。それから上へと向かう剣の軌道を変えて小さな円を描く。リ・ウ・鵬の弾き飛ばされていた剣が止まり、再度無防備なサイトの頭上に向かって振り下ろされようとする。円の軌道がある一点に差し掛かりかけた時、サイトは力を込めて突きに転じた。
跳ね上げる勢いが弱ければリ・ウ・鵬の一撃を弾けない。弾いた後上手く廻せなければ隙だらけとなる。流れを再びリ・ウ・鵬に向けられなければ切っ先が外れる。半端に抑え込もうとすれば速度が乗らずリ・ウ・鵬に届かない。
思い描いた通りにできなければ、無惨に斬られる。ぶっつけ本番ではあったが、サイトはこれまでになく集中していた。
今のままでは勝てない。そう見極めて、極限まで集中したことが、サイトの限界を引き上げていた。
「――――――ぐっ!?」
サイトの剣先は、見事リ・ウ・鵬の胸板を貫いていた。リ・ウ・鵬の刃は、際どい所でサイトに届いていない。
そのまま体当たりして、硬直したリ・ウ・鵬を突き飛ばす。振り下ろされかけた剣がサイトの頭を掠める。利き腕をあげた体勢を維持しまま、リ・ウ・鵬は倒れこんだ。
「あ……、ぐぁ……」
リ・ウ・鵬は視点の定まらぬ目で上空を見つめている。
サイトは振り返り、剣の柄へと手を伸ばす。
苦しげに息を吐きながら、リ・ウ・鵬の目がサイトを捕らえた。
「……み、見事だ……。わ、ワグンに、俺が、負けるとはな……」
「約束するよ」 と、サイトは言った。
「……?」
「今日は何とか勝てた。とはいえ、あんたとの腕の差はかなりある。だけど、すぐに追いつく。そして越えてみせる。つまらない相手に負けたわけじゃないと、思ってくれていい」
「は、はは……」
「うちの真は、誰よりも偉くなると息巻いている。俺も誰よりも強くなってみせる。だから、この敗北を恥じることはない」
「ふ、ふん……。それは、楽しみ、だな……」
サイトは、剣の柄においた手に力を篭める。
「い、行け、行くが良い……。そして、キ・ワグン・ラガルに代わって、コウジュウの恨みを受けるが良い」
「キ・ワグン・ラガル?」
「今、最も恐るべき、平人。綜真、オウ・青のことだ」
「……そうか。なら、煌真と、よく話し合うさ」
「ふ、ふふ……。だが、貴様らでは、ラガルツークスには、辿り着けないぞ」
「負け惜しみか。らしくないな」
「く、くくく……」
「俺はお前を討った事を告げて、戦を止めないとならない。お前もこれ以上の犠牲は欲しくないだろう」
ホウリウは目を閉じて、もはや口を開くつもりはないようだった。
「じゃあな」
サイトは言って、拳に力を込めた。生へ執着が伝わってくるが、サイトは力を緩めなかった。それから剣を引き抜き、サイトは、戦場に勝ち名乗りを上げた。
*
絶大な信頼を寄せる大将・リ・ウ・鵬が落ちたと知り、煌の統士から力が抜けた。
一気に消沈する群れと、一気に盛り上がる群れ。その二つの変化から戦いの終わりを感じ取ったのか、獣達も牙を納めた。そして、一匹二匹と、渋々ながら、ねぐらへと帰り始めた。
勝利を讃えて、己の名が歓呼される中、サイトは戦場を巡った。
自分達を率いる者の強さを目にして、真穿の統士達は感極まっていた。中には、涙を流している者もいた。
命のやり取りの最中にあっても笑みを絶やかったであろうサーカに、サイトは苦笑いを返した。ぼろぼろになりながらも、まだどこか物足りなさを感じているクウーの肩を、労わるように叩いた。ドウゴの亡骸の前に立ち、頭を深く下げ、敬意の念を示した。
リェンの前に立ち、二人は拳をぶつけ合った。長い付き合いなので、互いの思いはこれで伝わった。
だが、とリェンは表情を曇らせる。ダズグスルは逃げ延びたと囁いた。サイトは顔を顰めて、頷いた。
「問題は残るが、今は、この勝利を喜ぼう」
そうですねと、リェンもまた頷いた。
古のコウウの時代から不落だったツークスを攻略できる。これで長年苦しめられていたハライ・コウが終わるのかと、綜の者達は深い感慨に浸っていた。
半ば諦めかけていた、河津反抗を成し遂げ、そして今また、越えられぬ壁と思われてきたツークスを陥落。これらを大願と掲げ、実行したオウ・青、そしてその実働を担って闘ったサイトたち真穿。綜の統士達は、リェンの音頭に合わせ、オウ・青とサイトの名を歓呼した。




