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星火燎原  作者: 更紗 悟
第五章【血戦】
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     9


 戦慣れしているドウゴだが、さすがに息が切れようとしていた。

 長期戦は初めてではなく、長く粘る為の闘い方も心得ている。力を注ぐべき時と、体を休ませる時とで、使い分けは分かっているつもりだった。

 けれども、あの時は失敗だった。ダズグスルの策だろうが、同胞を戦場に投入された事に怒りを抑えられず、無用に突っかかってしまった。キョウを使って愚弄して消耗させるのが狙いと読めはしても、感情を抑えられなかった。その代償がここに来てものをいっている。

 それはドウゴだけの話ではなく、キョウの部隊全体にもいえる。あそこで気負い過ぎた為に、立ち止まる位では体力が回復しない。このままではじりじりと衰えていくばかりで、直に動けなくなるのは目に見えている。一旦退いて、立て直したい所だったが、そうも言ってはいられない状況になっていた。

 リ・ウ・鵬まで、あと少しで手が届く。故郷を蹂躙してきた、姿の見えない敵。自分達を苦しめているもの、その筆頭たる者が、そこにいる。奮起して、後先を考えず突っ込む所だった。その直前に、あれらが投入された。

 シンバン。森の守人と、人の理の外を生きる獣達。

 綜の主力が、あっという間に体制を崩した。頼りない男ではあったが、指導者たるバシーを欠いては、勢いを失うのは当然であった。核となる部隊が崩れれば、周りの部隊の動きも鈍る。疲弊していたキョウの部隊も例外ではない。

 もうすぐそこまで来ているのに。そこに、悲願の達成を塞ぐ者がいるというのに。

 手が届くかどうかという所まで来ていた事が、返って無念さに熱と棘を加え、身を内側から苛んでいる。だが、早く退く決断をしなければ、生き残ることも怪しくなる。ここまでか、とドウゴが諦めかけた時だった。

 綜の統士たちの目に生気が戻った。歓声が上がり、反撃に転じようとしていた。シンバンらの投入は、戦力としてではなく、心を挫く事が目的なのだろう。その狙いは、実に効果的だった。それなのに、まさか、ここで息を吹き返すとは、とドウゴは驚いた。

 彼らの心に火をつけた統士、その名を聞いて、ドウゴは珍しく、声をあげて笑った。

「クウー・骸。最高じゃないか!」

 楽しそうに闘うクウーの姿が遠くに見える。その半ば狂気ともいえる気分が移ったのか、ドウゴにも力が湧いてきた。

 さらに、束の間ではあるが綻びを見せた煌の陣中を縫うようにして、綜統士の一団が敵本陣に駆け込むのが見えた。その勇ましさ、頼もしさに、ドウゴの身が内から震え上がる。

「サイト・成――――!」

 ほんの少しの手勢を連れて飛び込み、敵将リ・ウ・鵬と対峙している。自分達だけでは手が届かなかった。いけるかどうか危ぶみ、二の足を踏んだ。それなのに彼は、サイトは、躊躇なく駆け抜けていった。実に痛快なほど鮮やかに、飛び込んでいった。

 さらに、ドウゴの眼は、別の人物を捉える。あの仮面は、あの男は――――。後方に控えているはずの、生死を分ける場にいてはならないはずの男が、いた。

 オウル・青。綜真の弟。個人としては非力で前面に出ることのないはずの男が、戦っていた。

 それも、勝てそうな安全な局面にあって、ではない。今にも負けそうな、下手に加われば巻き込まれてしまうような、そんな劣勢の時になって初めて、彼は飛び込んできたのだ。

 腕がある訳ではない。歴戦の統士に比べるまでもなく、拙い手捌きだ。戦場に立った経験はさほどないのであろう。それでも、己の腕でもって、必死で剣を振るっている。

 ダロル・シン。

 その言葉が、ドウゴの脳裡に繰り返される。

 戯言だと思っていた。実現などありえないと決め付けていた。そんな事は、夢物語であると馬鹿にしていた。

 けれども、彼らは宿敵の河津を降した。難攻不落と謳われたツークスをここまで追い詰めている。誰の手も届かなかったリ・ウ・鵬に迫り、刃を向けている。彼の者の弟は、命をかけて、闘っている。

 ダロル・シン。その儚い願いは、もしかすると――――。

 ドウゴは、自らの副官の名を呼んだ。



 その副官は、元は自分の上官であった。無能ではないが、僅かながらも華属の流れをくむ事を鼻にかけており、ドウゴは嫌っていた。実力の差を露にして追い落とした後は、事あるごとに反発してきた。その彼に、後の事は全て託す、とドウゴは告げた。

「ドウゴ様、何を……?」

「任せたぞ」

 言葉少なに言って、ドウゴは身を重くしていた胸当てなどの防具を取り払っていく。爛々と輝く強い瞳からは、戦線離脱しようとする意思は見当たらない。それなのに武装を捨てると言う事は、ただ身軽に、攻撃だけに専念する事を決意しているのだと、副官は察した。

「死ぬ気ですか」

 副官の言葉には答えず、ドウゴは愛用の武器に手を添える。

「俺は、永い時を生きようと思う」

「永い、時……?」

「綜の境。そこには、苛斗(カト)のごとく苛烈で、近寄りがたい守護者がいるのだと示すのだ。ダロル・シンを脅かそうとする、愚かな者が出たならば。その時は、この赤い針を思い出して、震え上がるような、忌々しい記憶の導き手となろう。そうして俺の名は、綜の境において語られ、永い時を生き続けるだろう」

 その言葉通り、再び戦場に降り立ったドウゴは、生き残った者達に、鮮烈な印象を与えた。

 全身を返り血で真赤に染め、大の成人(セト)ですら怯えるほどの凶悪な眼力で敵を睨み、近寄る者すべてに、愛用の針を突き刺してまわった。斬られても斬られても、倒れることなく、ドウゴは紅針に血を吸わせ続けた。

 巨獣すらも、その眼前に立つ事を恐れ、遠巻きにした。目を合わせたシンバンは、恐怖のあまり平静を失い、森へと逃げ帰った。

 静かに、だが圧倒的な存在感を持って、ドウゴは戦場を闊歩していった。不思議なことに、紅針はどれだけ酷使されても折れず曲がらない。まるで主の意思と一体化したかのような強靭さを見せた。ドウゴはもはや黒くなった針を突き刺す相手を求めて、震え上がりそうな狂相をもって、歩み続けた。



 やがて、ドウゴは立ち止まった。

 ようやく力尽きたかと、煌の統士が警戒せずに近寄った。顔を覗き込んだ瞬間、その男は驚きの声を上げた。動かなくなっていても、その瞳は男をぎろりと睨み付けた。小さな叫びに応じるかのように、ドウゴは唸り声をあげて動いた。

 統士の分厚い胸板に紅針を深々と突き刺し、その体を持ち上げかけた姿勢のまま、今度こそドウゴは動かなくなった。誰も怖くて確かめに行けないが、その姿勢を維持したまま二度と動くことはなかった。

 ドウゴの顔に残っていた最後の表情は、近寄る敵を睨みつける、苛斗のごとき恐ろしいものであったという。



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