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異訪豚  作者: 丸樹
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こんにちは

「あんたが、この人らのお(かみ)かい?」


おそらく火球をけしかけてきた張本人であろう、精霊人(エルフ)らしき男に問いかけてみる。この男もカランに似た薄い褐色肌に黒い髪と黒い瞳、すらりとした長い手足や引き締まった長身に、これまたカランと似た衣服や装備を纏っている。この集団の中では一番『魔』の匂いが濃い。顎髭が生えた端正な顔立ちは、おそらくは壮年と言える見た目のはずだ。

おそらくと言うのは、ブンザバンザは他種族の見た目年齢が良く分からないためである。

女性はまだ分からないでもない。しかしブンザバンザの知っている他人の大部分を占める豚人(オーク)は男性全員が豚面のため、それを基準にしてしまうと他種族の男性の年齢など測りようもないのだ。なんとなくでも予想を立てられるのは、彼の故郷に鉤鼻人(ゴブリン)大角人(オーガ)など、豚人以外の判断基準がわずかにも居住していたからである。


問われた男は顔を顰め、こちらに対し嫌悪感を丸出しにしている。


「ふん、豚めが」

「?まあ、豚だが」

「気安く俺に話しかけるな豚ぁっ!」


さらに嫌悪感をのせた厳しい声色で男は怒鳴り、ブンザバンザに向かって手にした曲剣を突き付ける。

今の流れからして、罵倒されたのだろうか。豚が何故罵倒なのかはブンザバンザには理解できなかった。


「トロゥさん!さっきのはやりすぎです!捕縛すると話し合ったじゃないですか!」


弓を構えた線の細い女性がまとめ役と思われる男に声をかける。どうやら男はトロゥという名前らしい。

他の者達も次々声を上げ始めた。


「トロゥさん、里長からもそう言われています!」

「目的を聞き出しませんと!」

「団長の情報も持っているかもしれないんです、どうか早まらないでください」

「・・・ちっ」


ブンザバンザが喋らぬうちに会話が続く。話の内容と彼らの見た目からして、カランが話していた里に住む者達に間違いなさそうだ。

次々言われ、トロゥと呼ばれた男はさも面白くなさそうに舌打ちする。人望の厚い人物ではなさそうかな、とブンザバンザが考えていると、槍を構えた別の男性が声をかけてきた。


「その見た目、先祖返りの豚人だな?魔獣に手を出している集団の一人と特徴が一致する。武器を捨て投降してもらおう」

「先祖返り?・・・いや、俺はそいつとは別人だ」

「ほざくな豚!」

「トロゥさん!!」

「あんた方、この森の中にある里の住人かい?カランって名前に心当たりないか?」

「!!!」


ブンザバンザがカランの名前を出した瞬間、集団の空気が変わった。


「お前、その名前をどこで聞いた?」

「聞いたというか、今一緒に行動している」

「何!?」

「魔獣から逃げているのを偶然助けた。怪我をしているから今里に届ける途中だ」

「・・・カランを、助けた?」

「そうだ。それで・・・っ!?」


そこまで言ったあたりで、トロゥという男が急に曲剣を振りかぶりブンザバンザに突っ込んできた。かろうじて長槍の柄を前に突き出して上段の刃を受ける。


「なっ!?あんた一体!?」

「トロゥさん!!!」

「助けただと!?貴様がカランをか!?出鱈目抜かすのも大概にしろぉっ!!!」


男はそのまま横薙ぎや突きを連続して繰り出し、ブンザバンザはそれを槍で受ける。男の眼は血走っており、身体からは怒りに塗れた者特有の刺々しい臭いがした。


「トロゥさん!どうしちゃったんですか!!」

「止めてください!」

「お前達は黙ってろぉ!!!」


周りの者達は男を止めようとしているが、男のあまりの勢いに割って入る隙を見出せずにいるらしい。

そうこうしている内にも男の攻撃は続き、防ぎきれなかった突きの一撃がブンザバンザの腕を掠め、血が飛び散った。


「ぐっ・・・!!」


このまま受けるだけでは危険、これから向かう里の住人といざこざは避けたいが、反撃も止む無し、とブンザバンザが動く直前、


「静まれぇぇええぇえっ!!!」


短槍を手に叫ぶカランを乗せ、疾風の如き速度でタロがこちらに突撃してきた。


「か、カラン!?」

「カランさんっ!」

「団長!」


カランの登場に、集団からは驚愕と喜びが混ざった声が上がる。

ブンザバンザはと言えば、なんとか話ができる状態に移れそうだ、と内心息をついた。


「戦士団団長カラン、今戻った!この方は私の命の恩人、武器を向けることは許さん!」

「恩人・・・」

「じゃあさっきの話は・・・」


徐々に理解が浸透してきたのか、集団がゆっくり武器を下ろし始める。そんな中、一人馬上のカランに駆け寄る者がいた。


「カラン!ああカラン!無事だったか!心配したぞ、よくぞ生きて戻ってくれた!」


トロゥと呼ばれていた男だ。男は先の狂気的な激情はどこへやら、今は奇妙なくらいに喜色満面だ。優しくカランを気遣う声色は、別人になったのではと錯覚しそうなほどであった。


「トロゥ・・・お前も無事だったようだな」


一方、声をかけられているカランはあまり嬉しそうではない。むしろ少し鬱陶しそうだ。


「団長、その馬は・・・」

「まさか、霊馬(れいま)ですか?」

「うむ、こちらのブンザバンザ殿の相棒だ。ご厚意に甘えてここまで乗せてもらっている」


少しぶりに名前に殿をつけられ、またもむず痒くなるブンザバンザ。仲間への説明口調なので、ちょっとした礼儀作法の範疇かと目を瞑る。

昨日自分が仲間内で上の立場だと言っていたカランだが、会話内容を聞くに戦士団という組織の長をしているらしい。


「それで、昨日の怪我人はどうだ?レレとカイヌスは?」

「はい、二人ともあれからすぐ、他の者達と一緒に里に戻りました。命に別状はありません」

「そうか・・・!」


カランの表情に安堵の色が浮かぶ。心配だったのだろう。


「我々は一度準備を整え、団長の捜索に出ていたのです。ご無事で本当に何よりでした」

「心配をかけたな。この通り、私は大丈夫だ。ブンザバンザ殿に助けられた身ではあるがな」

「こちらの方に?」

「ああ、旅の途中であったところをご助力いただいた」


集団は互いに顔を見合わせてしばらく沈黙した後、ゆっくりとブンザバンザに歩み寄ってきた。


「先程は無礼をはたらいてしまい、申し訳ない。団長を助けていただいたそうで。感謝します」

「ええと、ブンザバンザ?殿、さっきは失礼しました」

「カランさんを救ってくださって、ありがとうございました」

「おお・・?おう・・・」


初対面のせいか今しがたまで敵対的だったせいか、なんともぎこちないやり取りになっている気がする。

トロゥと呼ばれた男はそのやり取りには参加せず、集団の後ろの方で何も言わずにブンザバンザを睨みつけていた。が、急に表情を明るくしてカランに向き直る。


「ともかく、お前が戻ってくれたなら俺達も里外に出ている理由はなくなった。カラン、怪我をしているようだしお前は早く帰って休んだ方が良い。俺がその馬を走らせるから前に乗せてくれ」


男はそう言って鞍に手を伸ばす。だが、タロがその手を避けるように立ち位置を変えた。少し驚いたような顔をしてから再び手を伸ばすが、タロはまたもその手から離れた。

ブンザバンザは驚かない。本来、タロはこういう気質なのだ。初対面の相手を自分に触れさせることは基本的にない。そう考えると今現在なんの問題もなく騎乗できているカランは珍しい部類だが、昨晩カランが話していた霊馬についての評価に気を良くしているのかも知れない。


「よせトロゥ。そもそもこのタロはブンザバンザ殿の友、彼が乗るのが一番だろう。皆には悪いが、ブンザバンザ殿と私で先に戻って無事の報告と紹介を済ませるから、後から来てもらえるか」

「カラン、余所者をそう簡単に・・・!」

「この方の素性は私が保証する。それに森を荒らす悪しき賊などと霊馬が親交を築くことはないと、皆ならわかる筈だ」


その言葉にトロゥという男以外の顔にはうっすらと同意の色が浮かぶ。昨日からブンザバンザの身元の保証に、タロが随分と貢献してくれているようだ。後で礼を言っておくべきかな、とブンザバンザは一人考える。


「しかし・・・!」

「トロゥさん、やめましょう。団長が保証なさると言うなら、それで正しい筈です」

「・・・・・・ふん」


トロゥは納得いかないといった様子でそっぽを向いてしまった。それを見たカランは呆れたような表情で小さく息を吐き、次いでブンザバンザに手を伸ばした。


「そういう訳だ、ブンザバンザ殿、先行させてもらおう。里はあちらの方向だ」

「わかった・・・よっと」


ブンザバンザはカランの手を取り、彼女の前に乗った。彼が乗ったと同時に、タロはふるりと首を振ってカランの示した方向に歩きだす。


「皆、里で会おう」

「はい団長、お気をつけて!」

「我々もすぐ向かいます!」


後方で声が聞こえ、それも段々遠ざかっていく。やがて集団が見えなくなったあたりで、カランが申し訳なさそうに話しかけてきた。


「すまないな、ブンザバンザ」

「ん?何がだ?」

「勝手に話を進めてしまって。本当ならあなたの意見も聞くべき場面だったのに、ばたばたと・・・」

「俺は別に考えもなかったし、気にしていないぞ。何かあったのか?」

「少しな・・・!ブンザバンザ、その傷は?」

「おっと、忘れてた。ちょっと後ろの荷物から包帯取ってくれないか」

「あ、ああ・・・待ってろ」


急な話の流れでブンザバンザは忘れてしまっていたが、言われて腕に剣がかすった時の負傷を思い出す。

カランは短槍を槍筒に戻しつつ、鞄を漁って包帯と小刀を引っ張り出した。


「そのままでいてくれ、私が巻くから。・・・私の仲間にやられたのか?」

「ああいや、例の賊と間違えられたのか、トロゥってやつとちょっとな。」

「あの馬鹿者め・・・賊の捕縛としても戦闘は極力控えろと言ったのに。本当に申し訳ない、ブンザバンザ。協力してくれた方にこんな仕打ちを、礼も償いも必ずする」

「あまり気にするなって。あんたを探したり、賊を警戒したりで、きっとあっちも色々焦ってたんだよ」

「・・・・・・・」

「なんかあのトロゥってやつと話してる時、気まずそうだったな。仲悪いのか?」


その割にはトロゥという男の方はカランと話す時随分積極的だったように見えた。

不思議に思っていると、ブンザバンザの腕に包帯を巻きながらカランが小さく答える。


「・・・元婚約者なんだ、私の」

「・・・・・おおう。他の話にするか、な」

「頼めるか・・・・っと、巻き終わったぞ」

「おお、助かったよ」


何やら空気が若干沈みかけたが、あいにくそういう話は得意な方ではないブンザバンザだ。素面で聞くのは少し自信がないので、せずに済むならありがたいものである。

そういえば、食糧を集め損ねてしまった。夕暮れまでには着くとのことなので、我慢すれば大丈夫だろうか。

ブンザバンザは先程食べた未知の果実の味と食感を思い出していた。

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