精霊人
「・・・・・『精霊人』?」
思わず背後に座るカランに振り向く。
「知ってるか?精霊人」
「ああいや、話には聞いたことあるが・・・」
精霊人。それはブンザバンザにとってほとんどお伽話の存在だ。
他の種族が寄り付かない樹海にひっそりと住み、老いを知らず、『魔法』と呼ばれる超常の力の数々を操る。男女とも美しい容貌の者ばかりで、不健康でない程度に薄く肉の付いた細い輪郭、透き通る白い肌や眩く陽光を反射する金の髪、伝説の宝玉のような蒼や翠の瞳といった数々の特徴は外見的に類似点の少ない種族でも目を奪われずにはいられないのだと言う。
ブンザバンザの知っている精霊人とはそういう存在である。だが・・・。
「なんか、俺が聞いてた精霊人とだいぶ違うと思ってな」
「ああ、もしかしてあれかな?真っ白肌に金髪の美男美女ばかりで、柳葉みたいな長耳を想像していたとか」
「おお、まさにそんな感じで聞いてた」
「あっはは、やっぱり他種族に伝わる精霊人の印象はどこもそうなんだな」
ブンザバンザは、面白そうに笑うカランの顔に視線を合わせる。
薄い褐色肌に、黒い髪に黒い瞳。ぱっと見ただけでも、彼の知る精霊人の情報とは異なる点ばかりだ。
「その印象も間違っていないよ、実際そういう精霊人もいる。というよりそちらの方が多数派かもな、知名度を考えると」
「それで、あんたも精霊人?」
「そうだよ。そもそも精霊人というのは、同じ特徴を持ついくつかの種族を一括りにまとめたものなんだそうだ。一定の基準を満たしていれば皆精霊人。まあ少しざっくりしすぎな気もするが」
「じゃあ、もしかして『魔法』とかって・・・」
「使えるよ」
「本当か!!」
「興味ありそうだな。でも今見せるのは勘弁してほしい、あれは体力の消耗が激しくてな。里に着いて、体が本調子に戻ったらいくらでも披露するよ」
「そうか・・・」
夢物語の中でしか話の聞けなかった『魔法』を目に出来るかと高揚していたブンザバンザだったが、今すぐには叶わないと知り少し落ち込む。
だがカランは調子が戻れば見せてくれるつもりのようなので、少しの我慢だと思い直した。
「分かった、そっちはまたの機会にお願いしよう。それじゃあ、長生きっていう話は?」
「ああ、それも特徴として当てはまるな」
「おお。じゃあカラン、あんたもしかして俺よりかなり年上な感じか?」
「いやいや、私はまだそうでもないよ。でもまあ、そうだな。私の一族は寿命にかなり個人差があるんだが、きっと私はかなり長く生きることになると思う」
「分かるのか」
そう問いかけると、カランの視線は自分達を乗せて黙々と直進していたタロの顔に向かった。タロは視線に気付き、何か用かと言わんばかりに首を回してカランを見返す。それもまたカランには楽しいことのようで、にっこりと微笑んだ。
「昨晩タロについて話した時、『魔』に支えられて生きる、なんて言っただろう?簡単に言えば私達精霊人も同じだ」
「?」
「普通、馬の命というのは二十数年だ。あなたがタロと出会ったのは自分が子供の頃と言っていたが、タロはその時から見た目が変わっていないんじゃないか?」
「そうだな。ただの馬が大往生して土に還っちまうくらいの時間は生きてそうだ」
「魔獣は基本的に、似た生態の普通の獣と比べて長命なものが多い。時の流れによる命への負担を、大なり小なり『魔』に肩代わりしてもらっているかららしい。中にはその負担を完全に『魔』に任せて、寿命の概念から解き放たれる場合もあるそうだ。私の知る限り、霊馬が寿命で力尽きたという話は一度も聞いたことがない」
「うおお、そうなのか・・・タロ、お前不老不死ってやつか?」
ブンザバンザが問いかけるが、タロは彼に目も合わせず短くふんと鼻息で返した。あまり興味がないようだ。
「ふふふ。あっと、それで精霊人の寿命だが、これも『魔』との繋がりが大きく関わっているようなんだ。『魔』から力を借りる素質が強ければ強いほど寿命が長い傾向がある。私は生まれつきその辺りが一族の誰より秀でていて、それも年々強くなっている感じがあるんだ。聞いた知識通りなら、どれだけ生きることになるかさっぱり分からないんだよ」
「すごいな・・・あんたの周り、妙に『魔』の匂いが濃いと思ったが、魔獣と争ったからじゃなくてあんた自身に集まってるのかこれ」
「なんだかそう驚かれるのも久しぶりだな。外部の者としっかり会話すること自体、最近は無かったからな」
「精霊人の寿命についてはなんとなく分かったよ」
「そうか。他にも種族的特徴は沢山あるが、流石に全部説明すると長いから割愛しようか」
「そうだな。興味はあるけど、聞きたくなったら後でまたお願いするよ」
「うむ。あ、でもこれくらいならすぐ見せられるぞ、ほら」
「ん?」
促され、ブンザバンザは前を向き直したばかりの視線を背後に戻す。するとそこには黒髪を両手で後ろに避けて、横顔をこちらに見せつけるようにしているカランがいた。
「・・・・・・」
「ほら、な?個人差はあるがこんな感じだ」
「・・・・いや、まあ、そうだな。確かにびっくりするくらいの美人さんだ」
「え?」
「うん。あらゆる種族が見惚れるってのはこういうことか、うん」
「あっ、お、なっなんだ急に!その軟派な台詞は!」
「いやだって、顔を見せてくるから・・・感想を」
「見せたのは顔じゃない!耳だ、耳!!」
一気に顔が赤くなり、情けなく細眉を曲げて怒鳴るカラン。
今度は思い切り真横を向いて突き出されたカランの頭部には、豚人の丸く分厚いものとはまるで違う、上の方がやや長く尖った綺麗な耳があった。耳たぶに青い石を使った飾りが付いている。
ブンザバンザが伝え聞いてきた精霊人の耳は顔から垂直に伸びた驚くほど長いものだったが、カランの耳はそこまで目立つ形はしていない。
おそらく向きや大きさに違いはあっても、精霊人の耳は長めで尖っているのだと彼女は教えたつもりだったのだろう。
「あー、そうか。いやすまん、てっきり顔を見せてると。恥ずかしい勘違いをした」
「はああ、まったく。驚いたぞ。今の流れで顔を見せつけていたら、自分も精霊人だから美形だと言わんばかりじゃないか。私はそんなに性格の悪い女じゃない!」
「本当にすまん」
「・・・いや。こちらも口で説明すれば良かったな。すまない」
赤いままの顔をブンザバンザから隠すように横を向いたまま、そう小さく言って腕を組む。
だが実際ブンザバンザから見てカランは、容姿を自慢されても納得してしまうような美しい女性だった。
昨日は振り乱されてぼさぼさだった長い黒髪は整えられ、後ろ髪は紐できちんとまとめてある。血色の良い薄い唇、はっきりとした鼻筋、切れ長で可愛らしさよりも落ち着きと意志の強さを感じさせる目つきと、美貌を詰め込んだ顔には染みや皴が一切ない。
昨日気絶している彼女を手当てするために少しだけ彼女の衣服をはだけさせたブンザバンザだったが、首から下も、まるで健康美をそのまま体現したようだった。
胴体はもちろん腕や長い脚にまでしっかりと筋肉と脂肪がのり、運動不足や飢えとは無縁だと容易に想像できた。
女性らしさを伝える豊かな輪郭の数々と、活力溢れる肉の主張が融合した体には顔同様染み一つなく、傷付いたままでもまるで一つの芸術品のように綺麗だった。
ブンザバンザも女性に耐性が無いわけではないが、それでもほんの少しだけ見入ってしまい密かに自己嫌悪したものである。
今はその肢体に長袖シャツと長ズボン、胴体だけの革鎧と革の脚絆を着込んでいる。
僅かの間なんとも言えない沈黙が続いていたが、ふう、とカランが吐いた溜め息で気不味い空気は終わりを告げた。
「話題を変えようか」
「・・・おう」
「私について色々驚かれたが、ブンザバンザ、あなたも不思議な感じがするな」
「え?」
「あなたの周囲の『魔』がゆっくりあなたに向かって動いているように見える。あなたの呼吸に合わせて動いているのかな。これは何なんだ?」
「な、なんだそりゃ」
「自覚がないのか?」
ブンザバンザは突然の指摘に困惑する。彼にとって『魔』とは相手や周囲の状況を知るための情報の一つでしかなく、自分でそれをどうこうしているなんて感覚は今まで全く無かった。
「なんで自分で気付かないんだ?そんなこと全然知らなかったぞ」
「ううん。集めていると言うより、元々その場にある『魔』を小さく吸っているだけだから気付かなかったのかもな。口や鼻から空気みたいに取り込んでいるみたいだし、もしかしたらあなたの言う『魔』を嗅ぐ、というのは、『魔』を取り込むことと同義なのでは?」
「取り込む、ねえ・・・。ん、そういえばカラン。あんた昨日、自分の周りにも豚人がいるような感じのこと言ってなかったか?そいつらからなにか聞いてないのか?」
「うむ、豚人はいるにはいるんだが・・・おそらくあなたが考える豚人とはだいぶ違う存在のはずだ。『魔』を嗅ぐ、という表現を私が知らないのも、その違いが関係しているかもな」
「・・・・・・」
「ブンザバンザ?」
「・・・・よし、俺の話はとりあえず置いとこう。頭使うのは苦手だし、その俺の考えてるのと違う豚人ってのも、あんたの里に着けば分かるだろうし。むずっかしいのは後だ後」
「大雑把だな。まあ清々しくて良いが」
そんな会話をしていると、前方に森林が見えてきた。
魔獣の臭いもなく、道程は順調だ。
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