囮駆け
「そういえば、カランは一人で魔獣から逃げていたよな。魔獣の影響がって話だったのに何故一人で行動していたんだ?」
「いや、実はあなたと会う少し前まで仲間と一緒だったんだ。私を追っていた、あの大きな魔獣、やつが私達の里に近付いたのを、里に影響の無い場所まで追い立てていたんだが」
先ほどまでブンザバンザとタロのやり取りに楽しそうにしていたカランだったが、ここへきて少し険しい表情になる。
「色々と問題が起きてな、こちらに隙が生まれて魔獣が暴れ、仲間の何人かが酷い怪我を負った。」
「ほう」
「幸い私はその時点で無傷で、仲間達とは魔獣を挟んだ反対側にいた。そこで仲間には里に撤退するよう指示を飛ばして、囮として森の外へ外へと逃げたわけだ」
「おいおい、囮って一人でか!?よくそんな無茶周りが聞いたな!」
「これでも里では結構上の立場なんだ、私は。それに一人でも上手く切り抜ける自信があった・・・・あったんだけどなあ・・・この有り様だよ」
「・・・まあ、生きてりゃそういうこともあるわな」
目に見えてしょぼくれているカラン。自分の力に自信があったと言うのは本当なのだろう。
ブンザバンザも相手が子供なら無謀が過ぎると説教の一つ二つぶつけたかも知れないが、カランの見た目は豚人の女性基準で見て二十代半ばほど。礼儀正しさをとってもしっかりした人物に思える。ならばその自信も確かな実力や本人の努力の上に生まれたものなのでは、とブンザバンザは思った。そういうものについて、初対面の自分が頭ごなしに叱るのは尊厳を傷つけるような気がして憚られた。
「それで、この後どうするんだ。今日はもう遅いから休むとして、カランは里とやらに戻るのか?」
「・・・そうだな、戻ろうと思う。あの魔獣を引き付けて一直線、ブンザバンザと出会うまで半日以上走ったから、仲間達はもう里に帰れたはずだが、やはり気になるしな」
「そうか、それなら俺も付き合おう。タロならもう一人乗せるぐらい何てことない」
「しかし既に迷惑をかけてしまっている。これ以上世話になるのは・・・」
「何言ってんだ、あんたまだ怪我人だぞ?それに会った時からほとんど荷物を持っていないのを見るに、追われている途中で捨ててきたんだろう?丸腰で何とかなるもんか」
どうにも遠慮がちなカランだが、出会った時点で傷だらけで這々の体だったのを覚えているブンザバンザにはこのまま別れるという考えこそ浮かばない。これで里にたどり着く前に倒れられでもしたら寝覚めが悪いどころの話ではないのだ。
それにブンザバンザから見て、このカランという女性は誠実な人物に思える。礼を期待して助けたわけでは決してないが、力を貸せばブンザバンザの『自分の知らない世界を知る』という目的に知識の提供という形で協力してくれるかもしれない。
「う・・・あ、そういえば剣は」
「ああ、それはすまん。あんたが気絶してる内に手放したみたいでな、いつ落ちたか分からなかったんで回収できなかった」
「そう、か。ではいよいよ本当に丸腰だな」
「だから一緒に行こうって。何、俺の方は急ぐ旅じゃないし、物資も足りてる。遠慮するな」
「・・・いいのか?」
「おう。それにあんたの住んでる里ってのに興味がある。故郷から出たばかりの身としては色々見てまわりたいんだ。もしあんたが恩に着てくれるなら、その里に着いたらあちこち紹介して見せてくれよ」
「・・・・優しいお人だな。分かった。そこまで言ってくれるなら是非とも同道お願いする。里に着いたら心からのもてなしを約束するよ」
「よし!じゃあ明日に備えてさっさと寝とくか。あんたも寝とけ、体力戻さんと治る怪我も治らないからな」
「ああ、そうするよ。ありがとう」
こうしてブンザバンザの行先は出会った女性、カランの住む森の里へと決まった。
一応まだ見ぬ石歩人の国が最終目的地ではあるが、そちらは到着までどれだけかかるか分からないし、そもそも方角も他人の古い聞き伝えを信じただけではっきりとしない。カランの里に着いたら、そのあたりを訪ねてみるのも良いかもしれない。彼はそう考えながら寝転んで目を閉じた。
火の小さくなった焚き火からぱちぱちと音が鳴っている。これから向かうカランの里に思いを巡らせながら、ブンザバンザはゆっくりと眠りに落ちた。
「すごいな。二人乗りでも全く重くなさそうだ」
翌日。ブンザバンザとカランはタロの背に乗り、カランの住む里を目指して逃げた道を引き返し始めた。
カランはブンザバンザの後ろに乗っている。タロの体に合わせて作った鞍は、ブンザバンザが詰めればカランもゆったりと座ることができた。
「そうだ、ブンザバンザ。昨日は色々話すことが多くて聞きそびれたが、あなたは何処から来たんだ?」
「向こうの方向、ずっと行くとでかい山が並んでるんだが、知ってるか?あれの反対側から来た」
「あの山脈を越えてきたのか!?」
「そうだが?」
「驚いた。あの山々は険しい上に人の手に負えない危険な魔獣も多い。私達は余程の理由がなければ山に近付きもしないと言うのに」
「そこはほれ、タロの足と、俺の嗅覚の見せ所ってな。実際ここまで大した厄介事にも当たらず来れてる」
「それだけであそこを通り抜けられるものなのか・・・?」
ブンザバンザの腰に軽く掴まりながら、カランが困惑したような声を上げている。
ブンザバンザとしては事実を述べただけなので困惑されても困ってしまう。確かに魔獣はたくさんいたが、ブンザバンザの嗅覚で大体は気付かれる前に回避できたし、気付かれたとしてもタロが本気で走れば難なく逃げられる。ブンザバンザはあの山を通り抜けている間、食糧の調達意外では武器を振るってすらいなかった。
「昨日会ったばかりだが、なんだかあなたがすごく規格外な存在に思えてきたぞ」
「そう大したもんじゃないと思うがねえ。故郷じゃただの狩人だったし、『魔』を嗅ぎ分けられるのは俺だけでもないし。他人と違うとこなんて、なりのでかさと、タロと仲が良いことくらいだよ」
「ううむ・・・」
「それより、そろそろあんたの身の上を聞いてみたいな。豚人じゃなさそうだけど、あんた石歩人・・・人間ってやつかい?」
「ん?いや、私は違うぞ。そうか、会ったことがない種族なら見分けるのは難しいか」
「石歩人じゃないのか・・・それじゃなんだ?」
「私は『精霊人』だ」