友の名は
「・・・驚いたな。あんた、タロが魔獣だって判るのか」
カランの言葉に、ブンザバンザは素直に驚きの声を漏らした。
彼女の言った通り、ブンザバンザの愛馬、タロは普通の馬ではない。が、巨体と並外れた膂力以外は外見から分かることは殆どない。それが判別できるということは・・・。
「カラン、あんたも俺達豚人と同じで、『魔』が嗅げるくちかい?」
「ん?嗅ぐ、とは不思議な表現だな。匂いは分からないが、そうだな。私の場合は『魔』が視える、と言った方が正しいかな。だがそうか、あなたも判るのか」
豚人の鼻は特別だ。
通常の嗅覚以外に、空気中に漂う『魔』の匂いをある程度嗅ぎ分けられる能力を持っているのだ。
この能力は豚人全員が生まれつき持っているものだが嗅覚自体の強さは個人差があり、通常の嗅覚同様男性の豚鼻の方が優れている。ブンザバンザがこの感覚を特別なものだと知っているのは、故郷に住む鉤鼻人や大角人が『魔』を嗅ぎ分けられないと言っていたからである。鉤鼻人や大角人の友人達から見て、タロはでかくて速くて賢くてきれいな馬止まりで、匂いがどうという話は言っても良く分からない様子だった。
「俺もこいつが魔獣だってのは知ってるが、霊馬、だっけか、そういう呼び方はしなかったな。というか故郷じゃ魔獣の馬はタロだけだったから、種族名があるのも知らなかったよ」
「霊馬は数がとても少ないからな。私も知識としては何度も聞いているが実際お目にかかったのは二頭目だ」
「それでも俺より詳しそうだ。霊馬ってのはどういう生き物なんだ?その辺本人は教えてくれないんだよ」
そう言うと、ブンザバンザの後ろでタロがふんすと鼻を鳴らし、それを見てカランはふふっと笑った。最初の堅苦しさは大分取れてきたようだ。
「霊馬は"元"馬、だ。馬の中にはごく稀に『魔』に愛された子が生まれることがある。そういう馬は幼いころから普通の食事に加えて大気中の『魔』を食って身体が強く育つ。その馬が長生きすると、段々と『魔』が馬の命を自分達の領域に引っ張るんだ。やがて命が完全に『魔』に受け入れられると、その馬は霊馬に変わる、と言われている」
「ほお、面白いな」
タロとは長い付き合いだが、同じような馬が故郷にいなかった為にブンザバンザもタロの種族についての知識はなかった。相棒の新事実にただただ驚くばかりである。
「っと、そういや何故俺を疑わないのかって話だったな。それとタロと、何が関係あるんだい?」
「霊馬は賢く高潔な生き物だ。悪意や敵意に敏感で、自分の近くに立つ者を自分で見定めて決める。霊馬と友好を築けた者は馬であれ人であれ、霊馬自身に『この者となら一緒にいても良い』と認められた存在なんだよ。だから私は今、あなたを森を荒らす不届き者と考えてはいない」
「ふうん・・・タロ、お前高潔なのか?」
と、背後の相棒の方を向いて聞いてみると鼻先でどつかれた。からかうな、ということらしい。
「すごいな。霊馬とそこまで信頼関係を築ける個人がいるとは・・・・・知り合う切っ掛けは何かあったのか?」
「ん?そうだなあ。もう随分前、俺が鼻垂れの小僧だった頃なんだが、故郷の森で散歩中にこいつを見つけてな。暇だからって近付いてみたら、こいつ後ろ足で俺を思いっ切り蹴っ飛ばしやがったんだ」
「え、蹴られたのか?・・・良く生きてたな、あなた」
「頑丈が取り柄なんでな。で、頭にきたからやり返そうと首にしがみ付いてさ、そこから暫くどつき合いぶつかり合いしてってな」
「・・・うん」
「で、仲良くなったんだよ」
「・・・・・・んふっ」
「ん?」
「いやっ、話が急に飛んでっ、んっふふふふ・・・!ちょっと面白い・・・!」
「そ、そうか?」
カランは可笑しそうに含み笑いを始めた。何やらつぼに入ったらしい。
ブンザバンザは笑わせるつもりはなかったので少し混乱する。背後から呆れたような鼻息が聞こえた。
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