初めまして
「う・・・・うん・・・?」
「お、目が覚めたか。良かった」
魔獣を振り切り、休むのに良さそうな木立の中に野営を始めてしばらく。日が沈んで火をおこし、先日狩った鹿肉を炙り直し始めたあたりで、女性はようやく目を覚ました。
「・・・・・ここは」
「そう遠くへは来てないよ、まだ草っ原の上だ。まだ急に動かない方が良いぞ」
「・・・・・・」
まだあちこち痛むのだろう、女性は僅かに顔を顰めながらゆっくりと身を起こし、ブンザバンザの方を見つめた。ついで彼の背後で座り込むタロを見て、また視線を彼の顔に戻す。
「・・・・助けられたのか」
「まあ、そうだな。肉が焼けるが食欲あるか?ああいや、その前に水かな。飲めるか?」
「水・・・もらえるか」
「おう」
水のたっぷり入った革袋を手渡すと、女性はこちらに視線をやりながら少しずつ飲み始めた。日中こちらに敵対心すら抱いていた彼女だったが、今は随分落ち着いているように感じる。疲れもあるだろうが、一先ず危険が去ったと知って冷静になったかと、ブンザバンザは考えた。
「私は、どうしたんだ。気絶したのか」
「ああ、覚えてるか?魔獣が投げた礫を避けて逃げた。その時に石か何か、頭に当たったんだろう。」
ブンザバンザがそう言うと、女性は自分の額、血が流れていたあたりを手で撫でて軽く苦笑している。もう血は止まっていた。
「情けないなあ・・・」
「どうだ、止血やら包帯やらしたが、痛むところは」
「痛むは痛むが、うん、まあ大丈夫そうだ。」
「そうか」
「・・・世話になってしまった。すまない、ありがとう」
女性はそう言うと、ゆっくりと頭を下げた。
「ん、そうだ、名前を言ってないよな。私はカラン。良ければ恩人の名を聞いておきたい」
「カラン、か。俺はブンザバンザ」
「ブンザバンザ。変わった名前だな」
「そうか?」
「ああ、あまり聞かない感じの名前だ。・・・では改めて、ブンザバンザ殿。此度は危ないところを助けてもらった。心よりの感謝を、そして謝罪を。昼間はあなたを賊などと呼んで剣まで向けてしまった。本当に申し訳ない」
また頭を下げられた。賊だなんだと言っているが、こちらが弁解する前に彼女の中では勘違いだと結論が出てしまっているようだ。気になる点ではあるが、ブンザバンザとしてはそれより更に気になる事がある。
故郷では砕けきった会話ばかりのブンザバンザには、このカランと名乗る女性の態度は実に居心地が悪い。この先もこの調子でいられると、どうにも会話の内容が頭に入ってこなさそうだ。
「あー、なんだ、カランさん。あんまり畏まらないでくれよ。俺そういうの得意じゃないんだ」
「しかしブンザバンザ殿には命を救ってもらったのだ。最低限の礼儀を・・・」
「あー!殿って付けなくて良い!全身痒くなっちまう!頼むよ!」
「む・・・・では・・ブンザバンザ」
「そうそう。で、こっちもカランって呼んで大丈夫かい?」
「それは良いが・・・」
カランは少し納得しかねるといった様子で呼び方を改める。と、ここでカランの腹からくう、と音が鳴り、次いでカランの健康的な小麦色の顔にみるみる赤みが増し始めた。
「うぁっ、あの!これはっ失礼を・・・!」
「・・・・くっ、はははは!!」
「お、お恥ずかしい・・・」
「まあまあ、難しい話は食ってからにしよう。まず体力戻さないとな!ほれ、この肉はもういけるぞ」
「うう・・・いただきます・・・」
先ほどとは打って変わって小さくなってしまったカランは、受け取った堅焼き肉をちびちびと齧る。
ブンザバンザはそれを見て、彼女は悪いやつではなさそうだと思いながら自分用に焼き直した肉にがつりと噛み付いた。聞きたいことは沢山あるが、腹が膨れてからでも遅くはないだろう。
「ふう、食った食った」
「何から何まで、本当に申し訳ない」
「良いって。さてカラン、落ち着いたし、そろそろ色々と聞かせてもらおうじゃないか。昼間、俺を誰かと間違えたろう?ありゃあ何だったんだい」
「ああ、それについては本当に失礼した。私達の住んでいる森の周辺で、魔獣に立て続けに危害を与える集団がいるんだ。その集団のせいで森中の魔獣が殺気立って、何もしていない私達にまでかなりの影響が出ているんだよ」
「魔獣に危害?なんだってそんなこと」
「それは分からないが、森に私達が住んでいることは外部にも良く知られている。その森の近くで魔獣を害すれば、良い状況にはならないと皆分かるはずなんだ。それでもやられるものだから、私達としてはその者達の行為を放置するわけにはいかない」
「迷惑な話だな」
別の場所ではあるが同じく魔獣の影響と隣り合わせの生活をしていたブンザバンザにとって、カランの言うことは良く理解出来た。
下手に魔獣を刺激して暴れられたりしたら、人が食糧にする獣が逃げていなくなってしまい食糧難になったり、直接攻撃されて死傷者が出たりと深刻な問題も起こりうる。
配慮を知らずに魔獣にちょっかいを出す存在は、ブンザバンザの故郷でも軽蔑の対象だ。
「それで、俺を警戒したのは?」
「その集団を止めようと接触した者達が、豚のような顔をした男と戦闘になって追い返されたと言うんだ。すぐに豚人だと考えついたが、私達の里に豚人らしい豚人はいない」
「豚人らしい豚人・・・?まあとにかく、それで昼間会った俺をそいつかと疑って警戒したと」
「ああ」
「しかし良いのか?俺、まだ名前以外何も話してないぞ?実際悪人で、あんたを騙すかも知れないじゃないか」
ブンザバンザとしては話が円滑に進んで大助かりだが、カランの立場から見て、自分がそれほど信用のおける存在とは思えない。そういう意味での問いかけだったが、しかしカランはふっと微笑み首をゆっくり横に振った。
「人を見る目は確かなつもりだ。それに、そちらの馬を見れば、な」
「馬?タロのことか?」
「タロという名前なのか、良い名だ。昼間は焦っていて気づかなかったが、タロは魔獣、『霊馬』だろう?」