変な鳥
「美味い。初めて食う物が今のところみんな美味いぞ」
クジムに紹介された店で貰った鳥肉の香草焼きを齧りつつ、ブンザバンザはゆっくりとカラン宅に戻る最中だった。
水鳥らしい肉には岩塩とブンザバンザの知らない香草がたっぷりと擦り込まれているようで、やや堅めの肉を噛み締める度に舌が痺れるような味が染み出してくる。酸味とも苦味とも言える香草の味付けは酒の相方として好む者も多そうだ。
異なる文化圏となれば食も変わるもの。自分の口が受け付けない味がいつ来るかと身構えている彼だが、未だにそういったものに出くわさない。
自らの幸運に喜びほくほくとしていると、ふと鼻に脂と香草以外の、この里に来て初めて嗅ぐ匂いが入って来た。
少し歩みを止め、すんすんと辺りを探る。
「(なんだろうな。明らかに周りから浮いた匂いなんだが・・・)」
ただ匂うだけならブンザバンザもそれほど気にはしない。匂いなどどんなものにもある。気になったのは、嗅ぎなれない上に『魔』の匂いも同時に漂っていたからだ。
この里の住人の半数近くを占めている精霊人達は、多かれ少なかれ皆『魔』との関わりを持っているらしく『魔』の匂いを漂わせている。
それを感知できるブンザバンザの嗅覚からすればこの里は凄まじい環境だったが、持ち前の図太さが働いて来た時よりは随分慣れた。
しばらく嗅いでみて、どうやら匂いの発生源は彼の近くに生えている樹の上と分かった。とても小さいらしい。
「(渡り鳥みたいな魔獣か?どう嗅いでも周りと匂いが馴染んでいないしな)」
と、しばらく考えたがブンザバンザは思考を切り替えることにした。
そもそも初めて来た場所である。知らない匂いがしても不思議は無く、その匂いの元が悪さをしさえしなければ良い話なのだ。
新鮮な刺激が鼻を楽しませてくる。これだけでも彼の機嫌は自然と上がった。
貰った鶏肉を道中でぺろりと平らげ、ブンザバンザは満たされた気持ちでカラン宅に戻って来た。と、同時にしまった、という渋い顔になる。
カラン宅の庭で、相棒である巨馬タロがこちらをじとりと睨み付けていたのだ。不機嫌さが体臭にまで滲み出ている。
「悪かったよ、初めて来た場所でほっぽって」
そう言われるとタロはぶふんと大きく鼻息を吹き出し、勢いよく首を振り回す。なかなかに鬱憤を溜めた様子だ。
故郷にいた時、タロは基本的に自分の好きな時に好きな場所に行く自由な生活をしていた。食事も水も暇潰しの当ても自分で調達するので、ブンザバンザがタロの為に何かするということも基本的に無い。
毎日の寝床がブンザバンザの住まいのすぐ近くにあったのだが、寝床周りを清潔に保ちたいのか時たま用を足す際にはわざわざ森の奥に出向いていたりした。それ程に制限とは無縁の気ままな生活だったのだ。
そういった事を考えればブンザバンザにカラン宅待機を言い渡された時点で不満だったに違いない。
見れば庭の端の地面が無意味に掘り返され、湿った土がまき散らされていた。
「うへえ。おいタロ、お前あれやっただろ。自分で戻せよな」
またしても不機嫌な鼻息が返って来る。
「昨日食った実、あれまたやるから機嫌直してくれ」
途端、表情が明るくなった気がする。
相棒の現金さに溜息を吐くブンザバンザであった。
「(遅いな、カラン。話し合いってのも大変だな)」
しばらく荷物の整理をして過ごしていたブンザバンザだったがそれが済んでもカランが帰ってこず、やる事が無く暇を持て余した末、台所の食材を借りて料理をし始めた。
勝手の分からない他所での炊事ではあるものの、今作っているのはそれ程手の込んだ品では無いため問題ない。決め手となる調味料も故郷からわざわざ持って来ている。
旅先でとんでもない食事に出くわした時のために備えで持っていた物だが、まさか最初の使い道が他人に振る舞うためだとは、とブンザバンザは愉快に思い笑う。
「待てよ、カランが辛いの平気か知らないな・・・まあ良いか」
一先ず下拵えだけして、本格的に作るのはカランが帰ってからにしよう。そう考える彼だったが、ふと、先程嗅いだ慣れない匂いが鼻に入って来た。
「(またいるのか?・・・それとは別にもう一つ匂うな)」
どうやら先程よりも近いところに来ているらしい。
鍋を火から遠ざけ、すぐ近くにあった窓から外を見回す。日が傾き少々薄暗くなってきていたが、彼の嗅覚には関係ない。
小さく素早く、すんすんと鼻を利かせた後、カラン宅の庭の端、大きな樹の上に視線を向ける。匂いの元は枝にとまっているようだが、葉に隠れてしまっていた。
「(やっぱり小さそうだな。これは鳥だな。それなら・・・)」
ブンザバンザは思いつき、家の裏手、勝手口の方に静かに移動する。戸を開けてすぐの所で小石を片手一杯分握り、元の場所に戻ってきた。
視界に人や建物が無いことを確認し、小石を握った腕を勢いよく一振り。匂いの元がいるであろう場所目掛けて手中の小石達を下投げで投げ込んだ。
彼が弓や槍を持たせてもらえなかった少年時代、故郷で小鳥や兎を狩る時に良く使った手である。彼の腕力で放たれる礫は小さな獲物相手に抜群の効果を発揮したが、近頃は槍で大物が狩れていたので使わなくなっていた。
先日『木の母』がこちらを襲った時に似たような攻撃をしたのを思い出し、久しぶりに投げてみたのである。
どうやら礫が命中したのか、匂いを発していた存在が樹上から落ちてきた。地面にたたきつけられ動かない。輪郭からして、やはり鳥だった。
「よーしよし、久々にやったけど鈍っちゃいないな。こいつは焼いて明日の朝食に・・・・んん?」
満足げに成果を確認しに出たブンザバンザだったが、すぐに奇妙な点に気付く。
落ちてきた鳥が、考えていたものとかけ離れていたからだ。
その鳥は、どう見ても血の通う動物ではなかったのだ。
大体の輪郭は小鳥のそれだが木材や細い金属が身体の骨組みを作り、藁や布切れが羽毛や皮膚の代わりのように張り付けてある。本物の鳥の顔に当たる場所には嘴や二つの眼はなく、綺麗に磨かれた丸い石が半分埋まったような形ではみ出ていた。
どうやらブンザバンザの礫が直撃したらしい胴体部分の一部から木炭と思われる黒い屑が漏れている。動く気配はないが、ブンザバンザの目からすれば全く奇妙な物体であった。
「なんだあ、こりゃ・・・・おもちゃか何かか?人様のもん壊しちまったかなあ」
食欲に釣られた自らの失態を予感し少ししょぼくれていると、タロが居座っている辺りから、がちゃっ、という金属をぶつけたような音がした。
そう言えばそちらの方に別の匂いがしていたなと思い出し、一先ず壊れた鳥擬きを持ったまま音の方に向かう。
行ってみれば、少し興奮気味のタロと、その足元にブンザバンザが抱えている鳥擬きとそっくりの物体が潰れていた。彼が壊したものより遥かにひどい壊れ方だ。
「あー・・・、お前が壊した?」
問いかけにぶふんと荒い鼻息が返り、タロはどうだと言わんばかりに首を上下させている。
溜息を吐きながら壊れたそれを拾い上げる。彼が見つけた物とは材料や形状がやや異なる様だ。一番に目につく違いは顔部分にくっついた筒だ。厚めの布で巻いた細い棒状の何かを、顔の前方に突き出す様な形で骨組みが固定している。
少々の違いはあるものの、どちらも同じ類の物品に彼には思えた。
「なあ、これここのちびっ子のおもちゃとかじゃねえかなあ。俺達、後で怒られるかもしんねえぞ」
言ってみるが、相棒はもう知らぬという態度で顔を背けた。相棒分までしかられる覚悟が必要かもしれないと考えながらなんとか直せないかといじってみるが、そもそもどうやって動いていたかすら分からないブンザバンザにはどうしようもない。
重ねてしょぼくれていると、
「ブン!!おおぉぉい!!」
遠くから声が聞こえ、顔を上げる。
カランが槍を片手に、信じられないような速度で駆けてきていた。




