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異訪豚  作者: 丸樹
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お静かに、怖い人

「どういう事だ!!」


ブンザバンザがクジム達を呼びに動き出した頃、里のとある場所では人目を避けるように複数の人影が集まっていた。

今対面する人物に怒鳴っているのは里の精霊人(エルフ)、先日森でブンザバンザに切り掛かったトロゥだ。


「トロゥ様、どうかお静かに。ここで我々が集まっていること、決して気取られてはなりません」


怒鳴られているのは数人の石歩人。言葉を返しているのは痩せぎすで暗い雰囲気の小男だ。彼らは里の石歩人ではなく、今回の行商に参加した商人とその護衛である。

彼らはセシリア・カインドマンが存在を警戒していた違法商人達の一味だ。正体を知られれば拘束されることは間違いなく、それ故にトロゥに大声をやめてくれるよう頼む。トロゥは状況を思い出し声量を下げるが、そもそも精霊人以外に頼まれごとをされる時点で不愉快な彼の機嫌は悪くなるばかりだ。


「計画では後数回は来るという話だったろう。それが何故急に打ち切りになる!」

「カインドマン家に目を付けられた可能性が高いからです。我々の安全を考えた結果、魔獣売買からは一先ず手を引くということで決定されました」

「・・・カインドマン家とは?」

「シャーロス王国の貴族です。治安維持に力を入れていて買収にも応じそうにないため、我々としては天敵と言えます。我々の上層部は、王都での闇市にカインドマンの手の者が偵察を入れ始めたと考え身を潜める準備を進めています」

「ちっ、感づかれたということか。役立たずが」

「申し訳ありません」


罵られ、男達は静かに頭を下げる。しかし胸中は目の前の精霊人に対する苛立ちで荒れていた。

トロゥと違法商人達に上下関係は無い。お互いがお互いの利益のために協力しているに過ぎない。

にもかかわらずトロゥが大きな態度でいるのは、精霊人が他の種族より上位の存在であるという確信を持つが故である。本来ならばこのような物腰で交渉や協力など出来るはずもないが、違法商人達の上層部がトロゥに利用価値を見出したため仕方なく下手に出て関係を続けていた。


「ですがご安心ください。こちらの都合で早仕舞いをする分、今回分のお支払いは相応に増額させていただきます」

「ふん、当然だ」

「後はトロゥ様の準備が出来次第、我々と共にこの里を抜けていただくのみです」

「!・・・・・・」

「お連れの方がいらっしゃると言うお話も伺っておりますので、そちらの方も一緒に行動していただくことになります。女性がお一人とお聞きしましたが?」

「・・・・ああ、そうだ」

「左様ですか。行商隊代表は七日程の滞在を予定しているそうです。我々の上層部の計らいで商人の数をかなり増やしましたので、いつもよりは滞在予定が長くなりました。問題が起きない限り、我々も行商隊と共に里を出ますので、トロゥ様とお連れの方はその時馬車に隠れて同行していただきます。お連れの方とも顔合わせをしておきたいのですが、今はどちらに?」


男の質問にトロゥは内心舌打ちする。

男が言っている連れというのは、カランの事である。トロゥの計画では、この時点で自分の隣にカランがいるはずだったのだ。


違法商人達との関係が始まった時、トロゥは商人達とある取引をした。

取引の内容は、『森の魔獣の生態や生息域、里の住人が行き来する場所を商人側に教える。その度に代価として外の世界で一般的に使用される貨幣を支払い、最終的にトロゥとその連れを商人達の活動する国に連れていく』というものである。




トロゥは外の世界に行きたかった。正確には、この里にいたくなかった。

少年時代のトロゥは精霊人が他種族がほとんど使えない『魔法』を使えること、他種族と比べて長寿なこと、他種族と比べて身体能力に優れることを学び、それらに内心優越感を覚えていた。

同時に、その優越感に任せて他種族に威張り散らしていては、日常が上手く回らないこともうっすらと理解できていた。もしも他種族に嫌われては、種族差別の無いこの里で自分は孤立してしまうと想像できたのだ。トロゥ少年は表面上は分け隔てなく接し、他種族のみ内心で見下しながら成長していった。


ある時、歳を重ねたトロゥは一冊の本を読んだ。丁寧に乾かした葉に書かれたそれは、先祖が持ち込んだというぼろぼろの書物の内容を新しく書き写したものだった。

本は先祖が森に里を作る以前に、外の世界を見聞きした記録だ。その本の中でトロゥは、ある驚くべき記録を見つけた。

精霊人が作った、精霊人しかいない巨大な国の記録だ。

その国は末端まで精霊人独自の文化と技術で機能し、景観の美しさはこの世のものとは思えない程であるという。

国の記録は『あの国こそ、この世で最も素晴らしい場所だろう』という言葉で締められていた。


その記録を読んだ瞬間、トロゥの中で常識が崩れる音がした。

それまで、自分が抱く他種族への嫌悪感は一生胸にしまって生きていくものだと思っていた。精霊人はこの感情を抑えて、社会を上手く機能させて生きる誇り高く慈悲深い存在であるべきなのだと信じていた。


それがどうだ。この里の外、世界の何処かには、自分が抱く苦痛から解放される場所があると言う。

下等種族の顔を拝む事もなく、自分と同じ精霊人とだけ交流する生活。トロゥにとって、それはまさしく楽園だった。

そんな世界に行ってみたい。そんな世界で生きてみたい。トロゥは強く思った。

それと同時に、里の多種族文化への嫌悪感が更に増すようになった。


そんな嫌気の差す毎日を耐えられたのは、カランがいたからに他ならない。

一目惚れだった。他種族との団体行動など御免と家の手伝いをして生活していたトロゥは、ある日偶然カランの訓練を見かけた。

激しい剣技の数々。鋭く真剣な、心の強さを映した眼差し。それらと両立された、まるで芸術の如き見目麗しさ。

目を凝らして見れば、彼女の周囲には景色が歪むほどの『魔』が漂っていた。きっと自分が驚く様な魔法を使えるのだろう。

強さ、美しさ、そして『魔』との相性の良さ。その時見た彼女は、トロゥの考える『精霊人らしさ』、その化身の様だった。

トロゥは彼女と親しくなろうと戦士団に加入、今まで敬遠していた他種族との団体行動を嫌々ながらも受け入れた。


トロゥ自身も知らなかったが、彼には戦闘の才能があった。戦士団に入ってからはみるみる技術と体力を伸ばし、特に剣技ではほぼ敵無しとなっていった。模擬戦でクジムを無傷で打ち負かしたのは、トロゥにとって心地の良い思い出だ。


「お前、なかなか筋が良いな。どうだ、私と手合わせしてみないか」


そしてついに、トロゥの才能に気付いたカランが彼に歩み寄って来た。なかなか話す切っ掛けが得られなかったトロゥだったが、実力で掴んだ機会に内心小躍りしたものである。手合わせの提案をすぐさま快諾した。ここで良い結果を残せば、カランが自分を意識してくれると考えたのだ。


結果としては、トロゥは手合わせで完敗した。

打ち合いなどと言う格好のつくものではない。カランの剣筋は半分以上が速過ぎて目に見えなかったのだ。

散々に叩きのめされ、トロゥは悔しさと全身の痛みで膝を折った。

才能に助けられ順調に進んでいた戦士団活動で、初めての完全な敗北だった。


「ははは、うん!まだまだ荒いが悪くないぞ!お前は伸びそうだ!」


思っていた展開とは違ったが、それ以来カランはトロゥに良く関わってくるようになった。

手合わせ中心の関わり合いだったが、話す機会を欲していたトロゥにとっては大収穫だった。

カラン直々の訓練は今までの訓練が霞むほどに過酷なものだったが、その中でトロゥは着実に力をつけていった。同時に、カランの力強さと美しさに更に深く惚れ込んでいった。


「お前は凄いな。自慢じゃないが私の訓練にここまで付いてきたのはお前が初めてだよ」


ある日カランに初めて食事に誘われたトロゥは、やや緊張しながら彼女の話を聞いていた。

やはり訓練の話が中心だったが彼女自身はとても楽しそうで、いつもと違う穏やかな雰囲気にトロゥはまた違う美しさを見ていた。

聞けば今まで歯ごたえのある相手がいなく、内心少し退屈していたのだと言う。

「士気に関わるから、皆には内緒にしてくれよ」と笑いかけられた時、カランが自分に心を許してくれていると確信した。

向けられた笑顔に胸が高鳴り、今まで抱き続けてきた苛立ちすらも溶かされていくような気がした。


それから暫くして。格好良くとはいかず運に助けられた部分もあったが、トロゥは模擬戦でカランに勝った。

まるで偉大な物語の一幕の様であったと、トロゥは記憶している。

その時のカランの表情も、トロゥは良く憶えている。

負けたはずの彼女は、大笑いしていた。とても嬉しそうに。

その日の内に勢いで、彼女を自分の家に呼んだ。驚くほどあっさりと了承されたものだ。

その夜の事をトロゥは一生忘れない。彼女と共に幸せになる、そう誓った。


しかし・・・・・。




「トロゥ様?」

「っ・・・」


記憶の中に沈んでいた思考が引き戻される。目の前には怪訝そうな商人の男の顔があった。


「・・・連れは今手が離せない。後で連れてくるから待っていろ」

「はあ、左様ですか。それでは今はここまでにしておきましょう。何か連絡があれば、また」


一礼し、商人達は静かに去って行く。その後姿を見ながら、トロゥは歯軋りした。


「(カラン・・・!俺の新しい人生にはお前が必要だ。お前と一緒だからこそ、俺は・・・・!)」


何年か前、巡回中の森で違法商人達を単独で制圧したトロゥは、その存在を里に知らせなかった。

ついに自分に森を出る機会がやって来たと、商人達に取引を持ち掛けたのだ。


普通に里を出ることも出来たのかも知れないが、トロゥには不安があった。

今里には、まともに森を出た事のある者が一人もいない。そのため現在の外界の価値観や脅威について詳しい情報があまり手に入らなかったのだ。

生きていくには日々の糧が要る。そして糧を得るには、外界で広く流通する貨幣が大量に必要だとトロゥは結論付けた。

しかし自分は精霊人だ。金を得るために石歩人達と取引をする様を何度も里の住人に見られるのは、尊い種族の誇りに傷がつくように感じて我慢ならない。一緒に連れて行くつもりのカランにもその様な姿は見せたくなかった。

それに普通の取引では金を集めるのに時間がかかり過ぎる。トロゥは一刻も早くこの里を出たかった。だから偶然捕らえた違法商人達を利用する事にしたのだ。


違法商人達の活動が続けば、里に被害が出るかも知れない事はトロゥも分かっている。しかし今のトロゥからすれば、里は自分が嫌悪する多種族文化の象徴の様な存在だ。方針を決めている里長にもその文化を享受している住人達にも、現在のトロゥはあまり良い感情を持っていない。故に里への被害などどうでも良くなりつつあった。


「(だがカラン!お前だけは、お前だけはこんな所で一生を終えて欲しくない。俺と一緒に美しい世界を目指すんだ!)」


違法商人達との取引や里脱出の計画を、カランは一切知らない。それらを話す前、トロゥが自分の価値観を明かした時点で彼女との距離は離れてしまった。

トロゥはそれでも彼女を諦められない。

カランが自分の価値観を拒絶したのは、長く里で生活したせいで悪い文化に毒され、精霊人の種としての上位性を見失っているからだと信じている。


「(時間が無い。気は進まないが、もしカランの心を取り戻すのが間に合わなければ力づくでも・・・今の俺ならやれるはずだ)」


トロゥにとって都合の良い機会がまた訪れる保証は無い。行商の撤退までに必ずカランを取り戻そうと、とろは拳を強く握りしめた。

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