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異訪豚  作者: 丸樹
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物騒な臭い

「うはあ・・・こりゃすごいな」


今、ブンザバンザの目の前は沢山の人々によって活気が満ち満ちていた。


石歩人の国から来るというカランの言葉通り、里にやって来た沢山の行商人達は石歩人ばかりだ。

彼等は広場に敷いた敷布の上や、あるいは馬車の荷台に直接商品を並べて里の住人達に呼び込みを行っている。

金属をふんだんに使って作られた剣などの武器、おそらく食糧と思われる何か、おそらく家具の類と思われる何か。ブンザバンザの目で用途がはっきりしている品は、ぱっと見た感じ半分も無さそうだ。

商人はもちろん品を見ている住人も雰囲気が明るく、皆がこの催しを楽しみにしていたのだろうと思われた。


「お客は普段は里長さんとこに泊まるんだろ?ここの人ら入りきるのか?」

「それは行商隊の代表者だけだよ。流石にこの人数は無理だ。彼らはこの広場で野営して、数日間店を開き続ける。・・・しかし今回はまた一段と規模が大きいな。前回の倍はありそうだ」

「そうなのか?」

「ああ。ここまで来るのも大変だったろうに、有り難いことだよ」

「そうか、魔獣いるもんな・・・この人ら、良くここまで来れたな。こんな大所帯で」


行商達はどう見ても戦い慣れしているという風には見えない。先日カランを襲った『木の母』のような魔獣と出くわした場合、無事に済むとはブンザバンザには思えなかった。


「あちらにも身を守る手段はあるのさ。ほら、あそこに積んであるのはその一つだ、行ってみよう」


カランはそう言って、少し奥まった場所に出来た人だかりを指差し歩き始めた。ブンザバンザも後に続く。人だかりに近づくにつれ、段々と鼻をつんと突く酸っぱい臭いが漂ってきた。


「うえ、なんじゃこの臭い・・・」

「もう分かるのか?流石の嗅覚だな。しかし毎回飛ぶように売れる人気商品だ・・・・ああ、皆も来ているな、おおい!」

「ん?・・・ああっ、団長!」

「え、団長!?」

「カラン団長、お元気そうで!」


カランの声を受け、目的地に集まる住人の殆どが振り返り反応を示す。ブンザバンザには見覚えのない顔ばかりだが、カランを団長と呼ぶと言うことは皆戦士団の団員なのだろう。


「団長、その様子ですとお怪我の方は?」

「うん、もうだいぶ治ったよ」

「流石ですねえ。いや本当にご無事で何よりでした。・・・おっと、後ろの方が、例の?」

「そう、私を助けてくださったブンザバンザ殿だ。今里の中を案内している」

「やっぱりそうでしたか!この度は団長を助けてくださりありがとうございます」

「ありがとうございます!」


なんだか何処に行っても感謝されているなと、ブンザバンザは慣れない待遇にまた気恥ずかしくなってくる。戦士団の一員らしい謎の種族・・・おそらく若い男がブンザバンザの手を取りかたく握手した。


「団長の恩人という事は戦士団の恩人。何かあればお声がけください、出来る限りの力添えをさせていただきます!」

「お、おお、そりゃどうもな。あー、ここで何を買ってんだい?なんかきつい臭いがするんだけど」

「これですよ」

「うぐっ!?」


近くにいた女性精霊人(エルフ)が手に持っていた小袋の口を開けた瞬間、中から立ち上る刺激臭にブンザバンザは思わず鼻を手で覆う。カラン含め周りの住人達も嫌そうにしたり、苦笑いをしたりしている。

袋の中には黄色っぽい粉と藁を混ぜた小さな丸薬のような物が沢山入っていた。


「うへえ、すごい臭いだこりゃ。なんだいこれ」

「それはうちの商会印の特製獣除けですよ。こちらの里では大変なご好評をいただいてまして、ありがたいことにお持ちする度すぐに完売になってます」


馬車の上で商品に囲まれていた商人がブンザバンザの疑問に答える。

丸薬から漂う臭気は鼻が曲がりそうなほど刺激が強く不快なものだ。なるほどこれなら獣どころか一部の魔獣も寄せ付けないだろうとブンザバンザは想像した。


「これがあれば里の外に出掛けても、獣に追い回されず安心ってわけだ」

「ええ。ただ臭いが長く残るので、使った場所ではしばらく狩りの獲物が見当たらなくなってしまうのが注意点になります。あなたもお一ついかがですか?」

「あー、いや、俺はとりあえず良いかな」

「そうですか・・・」


商人は少し残念そうだったが、ブンザバンザには自分がこの獣除けを使う日は来ないという確信があった。

なにせ臭いが強過ぎるのだ。こんな物を自分で使ったら、獣除け以前に自分の嗅覚が当分使い物にならなくなってしまう。

豚人(オーク)の嗅覚は、身の周りの異変や危険を感じ取るために重宝する大事な武器だ。それを犠牲にしては、その場を凌いでもその後の危機に気付けなくなりそうで怖い。


「この獣除けは魔獣にも良く効く。森を巡回する戦士団の者は、有事に備えて毎回買い込むんだよ」

「毎回買い込むほど消費が激しいのかい?大変だな」

「いや、使っていない分も保存していると段々臭いが薄れていってな、数ヶ月もすると効能が無くなってしまうんだ。だから買い直してる」

「ああ、なるほど」

「そこは私どもとしても課題なんですよねえ、初期に比べると随分長持ちするようにはなりましたけどもね。まああんまり長持ちしちゃうと皆買ってくれなくなりますから複雑なところですね、ははは」


商人の台詞に笑い声が上がる。ブンザバンザからすると凶器のような品だが、この里にとっては馴染み深く、そして重要な物のようだ。

ブンザバンザの故郷では作れても誰も作らないだろうが、こういうのも文化の違いというものかも知れない。とは言え。


「カラン、俺は見たい場所があるからそっち行くよ」

「そうか?じゃあ私も」

「別にお仲間と話してても大丈夫だぞ?一人でまわれる」

「毎日合わせる顔ばかりなんだ、客人を優先しても良いだろう?それにブン、一人で動いて迷ったらどうするんだ」

「いや流石に・・・子供じゃないしさ」

「はっはっは!まあとにかく私もついて行くよ。じゃあ皆、私はこれで」

「はい!あ、そう言えばさっきミミンが団長分の品を色々買い込んでいた筈です。会ったら聞いてみてください」

「そうなのか?世話をかけてしまったかな。分かった、話しておくよ、それじゃあな」

「まだ無理はなさらないでくださいね、団長!」


カランを見送る声を背に、二人は歩き出した。人の少ない木陰に向かって歩くブンザバンザに、カランは小さく首を傾げる。


「それで、何処を見たいんだ?こっちの方向は特に何も無いぞ?」

「あー、すまん。特に決まってないんだ、ちょっと休憩。さっきの獣除け、俺には臭いがきつ過ぎてな。俺だけ文句垂れるのもどうかと思ったから、離れる口実にな」

「ああ、そういうことか。鼻の良い種族はこの里にも結構いるが、あの臭いが耐えられないと言うやつは見たことがない。ふふ、鼻が良過ぎるというのも考えものだな」

「だなあ。ふいー、鼻が痺れるみたいだよ」

「・・・失礼、そちらの精霊人の方」

「む?」


ふいに、二人の視界外から声が掛かる。声の方へ振り返ると、石歩人の一団が立っていた。

ブンザバンザはこの里の住人の顔をほとんど知らないが、それでも目の前の一団が里の外部の存在だと言うことは分かる。彼らから漂ってくる草や土の匂いは、この里に染み付いているそれと明らかに違うものだった。

衣服も里の住人達が着込むものとは雰囲気や材質が違い、さらに革や金属の鎧を着込み剣や槍、弓で全員が武装している。

格好は物騒なものを感じるが、今すぐ争い事を起こしそうな風でもない。カランは一団の先頭、声を掛けてきた壮年の男に言葉を返す。長身で肩幅が広く、鋭い目付きに無精髭。長めの茶髪が後ろで纏められていることで、額の切り傷の痕が露わになっている。柔らかな表情をしているようだが、小さな子供が見たら怖がりそうだ。


「ふむ?私に用かな、外の方」

「突然申し訳ない。私はこの行商達の護衛任務に参加している一人、デューレスと言います。先程、あなたが団長と呼ばれていたのを聞きましてな。もしやあなたは、戦士団団長のカラン殿ではありませんか?」

「いかにも、私がカランだ」

「おおやはりそうでしたか!前回の行商がこちらに来た際、護衛に付いていたクロストという男、覚えていませんでしょうか?」

「ああ、あの稽古を付けてやった少年か。剣の腕はまだまだだが熱意のある良い子だったよ。見込みがある」

「ふっはは、本人が聞けば喜びます。あれは私の後輩でして、帰ってきてからあなたの話を沢山聞かせてくれました。素晴らしい武技を体験することが出来たと。・・・そしてあなたが里内で上の立場であり、人として信用のおける人だとも」

「・・・・・何か、あるのかな」


何やら妙な話の運ばれ方に、カランの声音から明るさが減る。ブンザバンザには詳細が分からないが、笑い話が始まる雰囲気では無さそうだ。

デューレスと名乗った男は何歩かこちらに歩み寄り、それを見てカランが手でブンザバンザを下がらせる。デューレスは一瞬ブンザバンザの方に視線を向けたが、すぐにカランに向き直った。笑顔を潜ませ、周囲に聞かれたくないかの様に声量を落として話し出す。


「クロストが信用したあなたを信じて、お願いしたい事があるのです。あなたの立場を使って、里長ダルケイン氏と我々だけの会合の場が持てるよう働き掛けていただきたい」

「・・・妙な話だ。情報の混乱が無いよう、里長と話せるのは行商隊の代表のみと取り決められたはず。何か話があるなら、そちらの代表にそれを持たせれば良いのではないか?」

「いいえ、代表含む商人達抜きでお願いしたいのです。里長と、私達・・・この場にいる私の連れだけでの会合です」

「悪いが了承しかねる。私を信用してという話だったが、私がそちらを信用出来ていない。あの少年の知人だとしても、部外者である事に代わりは無い。得体の知れない相手を私達の長に会わせるほど、私は馬鹿じゃないよ」


ブンザバンザの位置からではカランの表情は分からないが、纏っている空気が冷えていっている気がして少し怖い。対面しているデューレス達から緊張の汗の臭いがし始めた。ブンザバンザからすると争い事の気配自体が縁遠いものだが、きっちり武装したデューレス達よりも素手で普段着のカランから感じる圧力の方が大きく感じるのは気のせいだろうか。


「信用を築けていない段階の急過ぎる話であることは承知しています。しかし時間をかけられない事情があるのです」

「ならばその事情を今話してみるといい。こちらとしてもこう情報が少なくては前向きに事を考えられないからな」

「・・・・・その前に、私達の話す事を商人達に口外しないと約束していただきたい。こちらとしても今回の件は細心の注意を―――」

「やめなさいデューレス」


ここで、デューレスの後ろにいた一団から声が上がり、外套のフードを被りこんだ一人の人物が進み出てきた。

高い声と小柄な体躯。石歩人であるならば少女だろう。フードから覗く顔立ちは、豚人基準で見れば十代後半から二十代前半と言ったところか。


「我々は既に礼儀を欠いた身です。これ以上はいけません」

「しかし・・・」

「代わって。私から話します」

「えっ、ちょっとお嬢・・・!」


少女はデューレスを押しのけて前に出る。フードを外したところで一団から焦りが感じられたが、本人は気にした様子もない。

白っぽい肌に青い瞳、整った目鼻立ちだが肩口でざっくり切り落としたような髪型が若干不自然な印象を受ける。

しかしブンザバンザはそれより彼女の髪の色に驚いていた。故郷では見たこともないような輝く金色の髪。これが人の髪なのかと疑ってしまうほど鮮やかな色だった。


「無礼をお許しください。私はセシリア・カインドマン。我が父、シャーロス王国貴族ドウェイン・カインドマン伯爵の使いで参りました」


少女は外套の両端を指で摘み広げ、足を交差させながらゆっくりとお辞儀する。丁寧な、ブンザバンザから見ると奇妙にすら映るその動作は洗練されており、身体に染み付いた動きであろうことが感じられた。


「デューレス達は、私が個人的に雇った『冒険者』一行です。違法業者達に私の素性が知られるのを恐れ他人任せに話をさせてしまった事、まずは謝罪いたします」


少女は再びゆっくりと頭を下げる。周りではデューレスと連れ達が警戒するように視線を巡らせていた。


「違法業者とは?」

「我が国の法において違法な物品の売買を行う者達のことです。私の父や私達は、現在その者らを摘発、捕縛するために行動しています。」

「その者達が、今回の行商に紛れているのか?」

「父がそう推測し、私は真偽を確認するためにデューレスの一行に身分を偽って加入しています。この目で賊の存在と違法行為を確認し次第、デューレス達には捕縛に動いてもらうつもりです」

「・・・里としては迷惑極まりない話だな。あなたの話ではつまり、場合によってはこの里の中で一騒動起きるかも知れないと、そういうことだろう?」

「はい。ダルケイン様には、里内での戦闘行為と里の皆様に捕縛の協力をお願いする事への許可をいただきたいのです」

「私はこの里を守る組織の長だ。そのような話を聞いて、あなた方を里内に留めさせる訳にはいかない。里長に話はするが、それと同時にあなた方と行商達はすぐに帰ってもらうことになるだろう」


カランの言はもっともだ。このセシリアという少女は、自分達の国のごたごたにカラン達の里を巻き込ませて欲しいと言っているのだ。

これで許可を出す者がいるはずが無い。里としては迷惑以外の何ものでも無いだろう。

ブンザバンザとしても、せっかくの里散策を中断してしまっているのでちょっと迷惑に感じ始めていた。

行商が見られなくなるのは少し残念だが、里の安全が第一だ。


「そこをどうか、お願いいたします。この一件、この里にも決して無関係のものではないと私達は考えているのです」

「・・・どういう事だろうか?」

「その者達が扱っている違法な商品が、この森に生息する魔獣であるからです」

「・・・!?」

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