里の豚人
里長宅までに上った緩やかな坂を、今度は逆に降っていく。途中で分かれた道をカランの家があった道とは別の方向、里に入る時に潜った門がある方に向かう。
「俺に会わせたい人、どんな人なんだい?」
「是非とも本人に会って驚いて欲しいんだがなあ。そうだな、長やミミンがあなたに『先祖返り』と言っていただろう?」
「おお、それ関係か」
『先祖返り』という言葉。ブンザバンザがこの里に関わり始めてから何度か聞いた言葉だが、彼には未だに意味が分かっていない。ようやく詳しく話を聞くことができそうだ。
「そう、それ関係だ。だが誰か当事者がいないと分かりづらいんだよ」
「当事者?」
「ああ。その当事者の一人が、今から向かう診療所のお医者様だ。きっと驚く」
どことなく悪戯を思いついた子供のような雰囲気で笑うカラン。ここまで言われると何が待っているのか実に楽しみだ。
そうこうしているうちに、昨日通過した露店通りにやってきた。昨日通った時は薄暗い夕方だったが、明るい時に来るとまた印象が違うものである。昨日よりもさらに人通りが多く感じる。
すれ違う人には、精霊人の他に見覚えも聞き覚えも無い種族が沢山混じっている。ブンザバンザは思わずきょろきょろと見まわしてしまうが、物珍しいのはやはり向こうも同じようで昨日通った時以上の視線が自分に突き刺さっているのが分かる。少し居心地が悪い。
「珍しいか」
「そりゃあなあ。俺の故郷にもいる種族が一割二割ってとこだ。珍しがるなって言われても無理ある」
「ははは、そうかそうか!この先も紹介し甲斐がありそうで嬉しいよ。っと、あの建物だ」
カランが指差した先には、周りの民家より少し広い建物がある。入り口の上に、木の枝を組み合わせて作ったらしい何かの飾りがくっついている。診療所と言っていたので、あれがその証か何かだろうか。
先にカランが入り、それにブンザバンザが続く。
「モモンド先生、今大丈夫かな?」
「む、カランさんかね。ちょっと待っておくれよ」
奥の方からしわがれた男性の声が聞こえ、間を置かずに一人の老爺が出てくる。
里の住人達は皆カランと似たような動きやすく質素な服装をしているが、この人物は少し変わった格好だ。とっかかりの全くない、半袖のローブのような服だ。見えている肘から先と顔の肌はしわくちゃで赤っぽく、精霊人でないことは分かる。すっかり薄くなった髪は真っ白で、やや尖り鼻が特徴的な顔はあちこちに染みがある。ブンザバンザが見た感じではかなりの高齢な様子だ。少し故郷の爺さん達と似た匂いもする。
しかし、何の種族か分からないくらいで特段驚くような特徴は見当たらない。大柄で肌が赤っぽい鉤鼻人といった印象だ。この人物に会わせたいと言ったカランの意図はまだ読めなかった。
「ん?お、おお・・・カランさん、そちらの方はもしや・・・」
「先生、こちらはブンザバンザ。昨日この里にやって来た旅人で、私を助けてくれた恩人だ。ブン、彼はこの診療所で皆を診てくれているモモンド先生」
「どうも、お邪魔します」
「モモンドです。いやはや・・・本当にそのお顔、まさかこの目で見られる日がくるとはねえ」
「?」
「先生、今日は彼に里を見せてまわるのと、部下の見舞いで来たんだ」
「そうですかそうですか。今、お二人以外に患者さんはいませんのでね、奥でみんなで話しませんか。お二人ともすっかり落ち着いていますしね」
「ああ。ブンも行こう」
「おう」
モモンドに連れられ、診療所の奥に進んでいく。診療所はよく掃除されていて、家具の類もあまり置いていない。衛生に気を付けているのだろう。
奥には簡素な寝台がいくつか設置され、その内の二つに若い精霊人の男女が寝ていた。二人とも体のあちこちに包帯が巻かれている。
「レレ。カイヌス」
「団長!」
「団長!ご無事で!」
寝台で寝ていた二人はカランを見るなりがばりと上体を起こす。喜びを抑えられないといった様子に、呼びかけたカランは困ったように笑う。
「あまり動くな。完治はまだ先なんだろう?」
「私達なんかより、団長は!?」
「そうです!俺達、団長が里に戻ったことしか聞いてなくて!お怪我はないんですか!?」
「ない、ことはなかったが無事だ。こちらの方に助けられてな」
「?・・・え!?『先祖返り』!?まさか賊の・・・!」
「いや・・・・違うぞレレ。俺が見たやつとは別みたいだ」
「そうか、カイヌスは賊と交戦した一人だったな。彼はブンザバンザ、お前達と別れた後、私を助けてくれた旅人だ。『先祖返り』だが、賊の一味ではない」
男の方、カイヌスはダルケインが話していた賊と交戦した戦士の一人らしい。レレは事情を知らない様子だったので、その戦士達とは別行動だったのだろう。
「『先祖返り』って、本当に豚の顔なんですねえ・・・」
「二人目に会うことになるなんてな・・・」
「あー、なあカラン。そろそろ俺にも『先祖返り』がなんなのか教えてくれないと付いていけんぞ」
「ふふ、そうだな」
「さあさあ、椅子をご用意しましたので、お二人ともお座りください」
モモンドが寝台の前に椅子を三つ置き、自分も端の一つに座る。ブンザバンザとカランも続いた。
「先生、彼に里を見せていると言ったが、その前に彼に先生と会わせたかったんだよ」
「ほう、私にですか?」
「ブンは、あっと、こちらのブンザバンザは、『先祖返り』という言葉そのものを知らないんだ」
「ほお・・・」
「さて、ブン」
「おう」
「こちらのモモンド先生、種族は分かるか?」
言われて、ブンザバンザは改めてモモンドの姿を見る。
しわくちゃだが、尖った鼻が激しく主張する顔は少しごついが鉤鼻人のものだ。だがブンザバンザの知る鉤鼻人と比べると肌の赤みが強いし、それに背が高すぎる。体格は痩せ気味の豚人くらいはあるので、鉤鼻人ではないだろう。
「いや、分からん。会ったことない種族だ」
「知らない種族なのか?」
「ああ」
「はずれだ」
「うぇ?」
困惑するブンザバンザの顔を見て、満足そうににんまり笑うカラン。そのカランを見て、レレとカイヌスは驚いたように顔を見合わせている。
「期待した通りの流れで楽しいぞ、ブン」
「おお・・・?」
「モモンド先生の種族はあなたの一番よく知るものだよ、間違いなくな」
「んん・・・?知り合いにこんな感じのいたっけか・・・?」
「先生、教えてあげてくれ」
「ほっほ、お客人、私は『豚人』なんですよ」
「・・・へ?」
「はい」
モモンドは人の良さそうな笑顔で見つめてくる。
「・・・・え、あんた男だよな?豚鼻は?」
「ありませんなあ。元からこの顔です」
「・・・そりゃあ、また変わったお顔で」
「いえいえ、この里の『豚人』は皆似たような感じです。『豚面の豚人』は、この里には一人としておりません」
「・・・・・まじか」
ブンザバンザにとって、今の話は衝撃の内容だった。
『豚人』の男性は豚面。これはブンザバンザが育った環境では当たり前のことであり、疑問を挟む余地すらない常識である。豚の顔をしていない豚人の男がいるなど、彼は想像したこともなかった。
「ここの豚人には、なんで豚面がいないんだ・・・?俺のとこじゃ、豚人の男は全員豚面で産まれてくるのに」
「ほほお、そのような世界があるのですねえ・・・これは興味深いお話です。・・・この里にも、初代里長の時代にはあなたのようなお顔の豚人がいたそうです。しかし豚人の人数自体があまり多くなく、鉤鼻人や精霊人との混血が進みましてね。代を重ねるごとに豚の面を持つ男子は減り、今では完全に産まれなくなったそうです。私のひいひい爺様も、私のような顔をしておりましたよ」
「はああ・・・歴史だなあ」
昨日の記憶を思い返すと、確か里に入った時にこのモモンド医師に似た特徴の住人を何人か見かけた。なんという種族だろうと思いを巡らせていたが、まさか自分と同じ豚人だったとは。
故郷の者に話しても、まともに想像できるものはいないだろうなとブンザバンザは苦笑した。




