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ブンザバンザとカランが夕食を摂っている頃、森で彼等と出会った捜索隊は里に到着した。
「おうトロゥ、戻ったな」
「・・・ふん、クジムか」
捜索隊の隊長、トロゥは不機嫌さを隠そうともせずにそう返した。続いて門をくぐり現れた捜索隊の面々は気まずそうな顔に僅かな疲労の色を滲ませている。体力的なものではなく心労からくる疲れのように感じられた。
「カランは戻っているか?」
「ああ、戻ってるよ。お客人も一緒にな。長への報告を済ませたと聞いたから、今頃は家で休んでるだろ」
「客・・・ちっ、あの豚か」
「なんだ、気に入らないって面だな」
「当たり前だ!」
そう怒鳴り、トロゥは近くに置かれた樽を力一杯蹴飛ばす。門の警備にあたる戦士団員の飲み水を貯めた樽は勢いよく倒れ、ばしゃばしゃと派手な音を立てて中身をこぼれさせた。
「おいおい、俺達の水だぞ。ちゃんと汲みなおしてくれるんだろうな?」
「五月蠅い!誰に口を聞いてる!!」
「そりゃあお前だよ。なんだ?えらく機嫌が悪いじゃねえか。なんかあったか」
「黙ってろ・・・・俺は長に報告に行く。他の者は解散しろ」
トロゥは他の面々に短く伝えると、里長宅の方向へ早足で歩き去ってしまった。残された者達の反応は、困惑から顔を見合わせたり、大きく溜息を吐いたりと様々である。
「まったく、奴はどうしちまったんだよ」
「すみません、クジム副長。ご迷惑をおかけしてしまって」
ずんずん歩いていくトロゥの背中をクジムが目で追っていると、捜索隊の精霊人が一人話しかけてきた。背は大人と変わらないが、どことなく少年らしさを残す若者だ。その顔にも他の者と同じく疲労が浮かんでいた。
「おうベスラン。随分苦労したみたいだな」
「ええ、まあ・・・トロゥさん、カランさんを見つけた後からずっとあんな調子で・・・話しかけるのもしんどくて」
「あの野郎、あれがカランを捜索するっつって人引っ張ってった奴の態度かよ。大人気ねえな」
「なんだか、カランさんに同行していた豚人の男への心象が相当悪いみたいで。あの人への悪口をずぅっと言ってるんですよ、ぶつぶつと」
「ああ?あの先祖返りとなんか揉めたのか?」
「揉めたというか・・・カランさんを見つける前に、あの男を先に見つけたんです。そうしたらトロゥさん、いきなり火を撃ち出して、切りかかって。そりゃあその時点では何者か全く分かってませんでしたし、賊の仲間にいたって言う豚人の可能性も無くは無かったですけど、それにしたって行動が過剰でしたよ。あちらが死んだりしなくて本当に良かったです、まさかカランさんの恩人だとは」
若者からの報告に、クジムは思わず顔を顰めた。
森で不審な人物を見つけた場合、極力殺傷を控えて里に連れていき、身元を聞くことになっている。これは極々僅かながら外部からやって来る行商を誤って害することがない様にと、里長であるダルケインが決めた方針だ。
里長の方針は里の方針。立場のある者が軽々に背いて良いものではないというのが共通認識なのだ。
「普段はそんな軽率なことはしないだろうに・・・」
「・・・やっぱり、あれですかね?カランさんと別れてからあんな感じに・・・」
「あー・・・否定はできねえかもなあ。もしそうなら苛ついてただけってことだし、いよいよ馬鹿だが」
「あの二人、なんで別れちゃったんですかね?」
「知らねえよ。ほれ、お前もそろそろ帰りな」
「はい。あ、樽の水は・・・」
「そんくらいこっちでやっとくって」
「くそっ!!」
里長ダルケインへの帰還の報告の後、小さな自宅に帰ったトロゥは怒りに塗れていた。
ジョッキに蜜玉酒を注ぎ、それを一息にあおる。空になるとまた注ぎ、それもすぐに空にする。四回繰り返して、ようやく目の前の椅子にどかりと腰を下ろした。
「くそ・・・何故上手くいかない・・・」
ここのところ、彼は何をやっても思った通りに事が運ばない。苛立ちは日毎に重なり、近頃は平常心を保つことも難しくなってきた。
「カラン・・・どうして分かってくれないんだ・・・」
物事が上手くいかなくなったのはカランと別れた時からだと、トロゥは確信していた。ある日少しだけカランに自分の素を見せて以来、彼女は自分を拒絶するようになった。自分としては素を見せることは今後の二人の関係を深めるために必要な過程の一つに過ぎなかったが、まさかたったそれだけで関係自体が崩れるとは思ってもいなかった。
だが一度拒絶されてもなお、カランへの思いは変わっていない。また二人で生活するため、あらゆる手を尽くしている。前回はカランの心の準備が出来ていなかったために混乱されたのだろう。しかし彼女の心が落ち着くには、今しばらく時間がかかりそうだった。
「どいつもこいつも邪魔しやがって・・!」
カランへの思いで焦りが募る。この焦りと苛立ちは、昨日今日で急加速した。
彼女に自分の勇ましさを見せるための計画を実行中、自分の指示に従わない無能共のせいで怪我人が出
た。そしてあろうことかカランが魔獣の囮になってしまったのだ。
囮になると言った彼女を追いかけようとしたところ、彼女は自分に怪我人を守りつつ団員と里に帰還するよう命令した。他の団員よりも彼女の身を守りたかったが議論する時間は無かったし、団員を蔑ろにする者としてカランからの評価が下がるのは避けたかった。カランならば魔獣に後れを取ることはないだろうと、渋々従ったのだ。
魔獣に追われ走り去るカランの後ろ姿に、自分は罪悪感と共に憧憬の念を強くした。
自分は戦士団の中でも実力者だ。戦いで自分と渡り合えるのは、里内では団長のカランだけだろう。
実力だけ見れば自分が団長や副団長になる事も出来たかも知れないが、戦士団には精霊人以外の種族も多く所属している。立場が上になるとはいえ、指示を出すために精霊人以外の下等種族と関りが増えるなどご免だった。
だがカランは獣もどき共に話しかけられても嫌な顔一つせずに接している。『魔』に愛され精霊人本来の強大な力を持ちつつ、下等種族への慈悲の心も併せ持っている。流石はカランだ。
彼女こそ、生涯を共にするに相応しい。彼女を守るのは自分の役目だ。
夜が明けるのを待ち、朝日が昇ると自分は腕の立つ精霊人を引き連れ直ちにカラン捜索を始めた。
里長は危険を避けるために夜明けに集団で出発しろと言った。悠長で腹立たしい命令だったが、自分以外の者が夜の森で魔獣に出くわした時に対処できるとも思えず仕方なく了承した。
最近は仲間の精霊人にも苛つくことが増えてきた。今回だって、団員全てが自分と同程度の実力を持っていればカランを囮にしなければいけない状況など生まれなかっただろう。
精神状態が穏やかでない自覚はある。だが原因が外的なものばかりではどうしようもない。
自分の内側のささくれ立ちを感じながら森を駆けていたそんな時、あの先祖返りの豚人を見つけたのだ。
「豚めが・・・」
森を荒らす賊の中に先祖返りの豚人が混じっているという話は既に里では広まっている。だが、樹上から観察した結果、自分は目の前の豚人と賊の豚人とは別物だと確信した。
賊の豚人に迎撃されたという団員達の中に、自分は含まれていない。だが自分には分かる。なにせ賊の豚人とは何度も会ったことがあるのだから。
つまり目の前の豚人は、里の住人でもなければ自分の計画に関わる何者かでもない。自分達の住む森で恵みを食い荒らす害獣だ。
ダルケインから、余所者をむやみに傷つけてはならないと言われている。しかしその言葉を自分は無視した。その時は本当に苛々していたのだ。発散先を見つけたと、すぐに攻撃した。
賊でないのなら、攻撃しても自分の計画に支障は出ない。もし死んだとしても、里の者には賊だと思い、危険だと判断したと言うつもりだった。
それがどうだ。不意打ちの炎弾を避けられたうえ、こちらの誰何に対して・・・。
「(カランを助けただと!?獣の分際でっ、精霊人を、俺のカランを助けただとっ!?)」
その後は考えなど吹き飛び、怒りのまま豚面を叩き切ろうと剣を振るった。だが豚は小癪にも槍で攻撃を防ぎ続け、最終的にはカラン本人が現れ戦いを止めるまで凌いで見せた。自分の剣技が下等種族一匹仕留められなかった事実は、表現しきることの出来ない屈辱だった。
そして戦いをおさめたカランは、あろうことか豚人に命を救われたのだと肯定してしまった。そして終いには豚人の操る霊馬らしき馬に何の抵抗も無く同乗し去っていったのだ。
「(カラン!あんな下等種族に精霊人が助けられるようなことはあってはならない!お前は尊い精霊人の血にもっと誇りを持つべきなんだ!!)」
カランとは、そのことを真剣に話す機会を作らなければならないだろう。そしてあの豚面、あの男もカランと共にこの里に入っているはずだ。気が進まないが奴にも会い、彼女を助けたという話を周りに言いふらさないよう厳しく言い含めなければならない。話が広まれば広まるほど、カランの誇りは傷付いていく。
そして今度こそ自分の剣で打ち負かす。里の中で殺すことは難しいかもしれないが、最悪でも早々に里から追い出すくらいしなくては気が済まない。
そこまで考えて、トロゥは協力者の来訪が近いことを思い出す。上手くすれば、あの豚人をそちらに渡して更にこちらの力になるよう話を持っていけるかも知れない。そうなれば未来の良い糧ができるだろう。
そう思考をまとめにたりと嗤うと、トロゥは再びジョッキに酒を注ぎ始めた。




