自己紹介
「美味い」
カランの作った名も知らない煮込み料理は、ブンザバンザの味覚を大いに喜ばせていた。
柔らかい肉、塩気の効いた汁にそれをしっかり吸い込んだ芋。パンにも良く合う。酒も進む。言うこと無しである。
「美味い、美味い」
「それだけ喜んでもらえると作った甲斐があるなあ。まだまだあるからな」
カランは自分も食べつつ、こちらを見ては上機嫌に微笑んでいる。なにやらやんちゃな子供を見守るような視線に感じて少し気恥ずかしくもなるが、美味いものは美味いのだ。反応が大きくなるのは仕方ない。
「こんなのは初めて食べた。うちで作っていた豚肉料理とはえらい違いだ」
「・・・そうだ、聞こうと思っていたんだ」
「んむ?」
少し真面目な顔をして改まるカランに、ブンザバンザは匙を口に突っ込んだまま止まる。何かあったのだろうか。
「その、豚肉の話なんだけどな。あなたは、あ、待って、先に言っておくが、あなたを馬鹿にしようとしてるんじゃないぞ。文化の面で理解を深めたいだけだから」
「お?お、おう。なんだ」
「・・・あなたは、顔がなんというか・・・豚っぽい、じゃないか」
「まあ、そりゃ豚人の男だからな」
「豚肉を食べることについて、何か思うところとかはないのか?他にも自分達を豚と揶揄されることが腹立たしい、とかは?」
「あー」
カランは質問する間もどこか申し訳なさそうにしている。
要するに彼女は、ブンザバンザに対して顔つきの似た豚の話題を出す際、表現によって嫌な思いをさせないように知識をつけたいのだろう。
ブンザバンザが初めて出会った精霊人の文化に疎いのと同じで、彼女もブンザバンザの生きてきた世界を知らないのだ。違う環境で生きていれば文化に違いが出るのは当然だし、場合によっては自分達にとってなんて事の無い発言が相手にとっての侮辱になる可能性もある。
彼女はそういった問題を事前に減らせるようにしたいのだ。心配りのできる優しい人だな、とブンザバンザは感心した。
「豚な。まず俺が豚に似てるとか、そういう表現についてだが」
「あ、ああ・・・」
「別に気にならない。と言うより豚人が豚に似てるのは当たり前だな」
「蔑称扱いにはならないのか?」
「ならないなあ。この里に着いたときにいたお嬢ちゃん、チュリちゃんだっけか?その子が俺に豚って言った時、あんた慌てて止めようとしてたろ。あの様子だと、こっちじゃ人を豚呼ばわりするのはまずい感じか?」
「まあ・・・正直あまり褒められたことではないかな」
「文化の違いってのは面白いな。俺のとこでも豚は家畜の代表みたいなもんだが、なんていうのかな、親しみ深い動物なんだよ、豚は」
そこまで言って、どう言葉を繋げるか考えながらジョッキを傾ける。カランもつられるように酒を喉に通した。表情の神妙さは随分とれているようだ。
「爺様婆様の言うことには、猪を家畜化して生まれた豚は、人の都合で姿を変えられて、食料にするために人の生活に付き合ってもらってる存在なわけだ」
「ふむ」
「そんなこっち都合に付き合わせてる豚達に、人は敬意を抱くべきだってんだな」
「ふむ」
「んで、俺達豚人が・・・男だけだが、豚に似ることは、自分達の糧になっている命を忘れずに意識していられる、とても幸運なことなんだとさ」
「おお・・・・・」
聞いていたカランの目が、少し輝きを増したような気がする。
「そんな訳で、顔が豚に似ることは誇りこそすれ、悪く思うことではない・・・っていうのが故郷の教えだ」
「良い話だな」
「だよな。まあそういうことなんでな、豚に関して俺が何か悪い感情を持つことはないから。あんたが気を使う必要はないよ」
「そうか。わかったよ、変に気を揉むのは止めよう」
カランは安心したように笑った。
先程の話は、ブンザバンザの故郷の子供達が道徳教育として大人から何度も聞かされる定番の話である。この話を知ったばかりの子供達の間では、豚人の男子は一躍格好良い存在として持ち上げられるものだ。ブンザバンザ自身も注目の的になった記憶がある。子供らしくそういう話題はすぐに熱が冷めてしまうものだが、彼としては幼少の自分がちやほやされ続けたら碌な育ち方をしなさそうだったし、冷めてしまって良かったとも思っている。
「これなら今後料理を出す時の制限も少なくて済みそうだ、良かった」
「結構料理するのか。ありがたいが、しかしなあ。もてなされっぱなしでいるのは申し訳ないし落ち着かん。もし本当に暫く滞在させてくれるんなら、俺にも食事の用意をさせてくれないか?せめてものお返しだ」
「あなたに?そちらの故郷の味にも興味はあるけど、客人に働かせるというのは・・・」
「なあ、もうちょい砕けてくれて良いんだぞ?あんたの中で俺がどんな扱いなのかはなんとなく分かってはきたが、正直こっちだって見返り無しで終わろうとは思ってないんだ。恩だ何だってのよりは、協力関係とかそういう方で考えてくれると堅苦しくなくて良い」
「何か欲しいものがあるのか?さっきも言ったが、言ってくれれば出来る限り揃えるぞ」
それぐらい当然だと言わんばかりにカランは胸を張りふんすと息巻く。子供のような所作にブンザバンザも思わず笑みが漏れた。
「あ、でも金銭はあまり用意出来ないかも知れないな・・・お望みだったらすまないが・・・」
「いやいや、そういうのは要求しないから良いよ。そうだな、頼みの内容なんだけどな。簡単に言うと、この里の文化が知りたい」
ブンザバンザの言葉を聞き、カランがきょとんとした顔で固まる。質問の意味が良くわからなかったのだろうか。
「ええっとな、里のことを色々見て回りたいんだよ。わかるか?」
「勉強がしたいということか?里に着く前にも、興味があるとは言っていたが」
「勉強って意識はないんだが・・・まあ間違っちゃいないか。さっき話してた作物とかのことも含めて、俺の知らない文化に触れたいんだよ」
「見返りの要求が、そんなことで良いのか?」
「そんなこととは何だ、俺の旅の目的の全てだぞ」
苦笑しながら言うと、彼女はますます不思議そうな顔をする。
「俺はな、自分の知らない世界、故郷の外を見てみたくて旅に出たんだ。見たことのない種族とか、食ったことのないご馳走とかな。当初の目的地とは違ったが、そういう意味ではこの里は俺の望みを叶えてくれる環境なんだよ。」
「知らない世界・・・」
「そう、知らない世界。そんな難しい話じゃないぞ」
そう言って、ブンザバンザは匙で料理を掬い口いっぱいに頬張る。故郷では考えもしなかった見た目と味に、楽しいという感情がじんわりと湧き上がってくる。たっぷり口の中を幸福で満たしてから、喉を鳴らして呑み込んだ。
「それが俺の楽しみというか、欲求だ。旅先で一人、知らない物事相手に自分の楽しみを探し回るのは色々障害が多そうだろ?だから、カランにはちょっとした手伝いをしてもらえれば、ってな」
知らない世界に行ってみたい。昔同じようなことを故郷の友人達に話したところ、日々の仕事から逃げる怠け者だとからかわれたことがある。
それを言われた時には確かにその通りだと一緒になって笑ったものだが、結局彼は幼少の頃抱いた外の世界への憧れを持ったまま成長した。お伽話の冒険のように楽しくわくわくすることだけでは世界がまわらないと理解しているし、繰り返される日常の中にも幸福は見つけられるとも思ってはいる。しかしどうしても、
『いっぺん、別の世界で生きてみたい』
という欲望だけは捨てられなかった。その結果、こうして故郷を飛び出し旅をしている。
カランは話の区切りを待って、ふうんと息を吐いた。
「そんな理由で旅に出る人は初めて聞いたな。変わった人だ」
「変か?」
「変わっているとは思う。でも変ではない。面白そうで良いと思うよ、私は」
自分も小さい頃は旅人に憧れたよ、とカランは穏やかに笑っている。ブンザバンザとしても少し子供っぽい行動指針だという思いはあり下らないと呆れられるかも知れないという予感もあったが、好意的に受け取ってもらえているようだ。
「俺が分からない物事があったら時々知識を貸してもらいたい、っていうことなんだ、簡単に言えば。受けてくれるか?」
「何の苦にもならないよ。私で分かる事ならいくらでも教えよう」
「ありがたい!これで明日から途方に暮れる心配もなさそうだ」
「ふふふ、こちらとしては要求が少なすぎて拍子抜けだよ。これはブンザバンザへの恩返しについて他にも考えておいた方が良さそうだ」
「だからそういう感じのはいいんだって。・・・あ、そうだ、ならもう一つくらいこっちから頼んでいいか?」
「なんだ?」
「あんた、友達になってくれないか。故郷を出て初めて会った人、初めての友人だ」
「・・・・ふっ、はははは!良いよ、うんっ。今から私達は友達だ!」
カランは楽しそうに笑い、手を差し出してきた。ブンザバンザはその手をしっかり握る。
「じゃあ、改めてよろしくな、カラン。故郷じゃ仲のいい奴にはブン、って呼ばれてるんだ。あんたも好きに呼んでくれて良い」
「ブンか。それじゃあブン、友よ。これからよろしく!」




