お邪魔します
「さあさあ、遠慮なく入ってくれ」
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
カランの家は里長宅からしばらく歩いた場所にあった。
里長宅ほど大きくはないが、一人で住むにしては少々広すぎるくらいの家だ。事前に確認したが、同居人はいないらしい。入り口に置いてあった水瓶の水と植物の汁のような液体で手を洗い、中に入る。
「なかなか立派な家だな」
革の鎧を脱いでいる途中だったカランにそう言うと、彼女は少し得意げな顔をする。
「そうだろう?私はこんなに広くなくても良かったんだが、戦士団の長ならそれに相応しい住まいを、と皆に言われてな。正直持て余し気味だったから、一人くらい泊めてもなんの問題もない」
案内された部屋はそこそこ広く、大柄なブンザバンザが手足を投げ出して寝転んでも余裕がありそうだ。しっかり掃除されているのか埃っぽくもない。
特に家具らしい家具はなく、目につくものと言えば隅にいくつか置かれた小さな樽ぐらい。果実の発酵したような匂いから察するに、食料品だろうか。
「有り難く使わせてもらうよ、悪いな」
「悪いなんてとんでもない。何か必要な物があれば言ってくれ、出来るだけ揃えるから」
「お気遣いなく。あそこの樽、ありゃなんだい?」
「あれは酒だ。この後開けるつもりだが、ブンザバンザは飲めるか?」
「おう。種類は違うだろうが、故郷じゃしょっちゅう飲んでた」
どうやら果実を使った酒らしい。ブンザバンザの故郷では麦を使った酒が作られていたが、果実で、というのは聞いたことがない。どのような味がするのかと、俄然興味が湧いてくる。
「それは良かった。もう夕食時だし、すぐに用意しよう。荷物は置いて、食卓に座っててくれ」
「ありがとう」
そう返事をしたブンザバンザは、もう随分と他人の作った食事を食べていなかったことに気付く。
旅に出る以前から借家に一人暮らしで、自分の食事は自分で作っていた。
「あっ」
突然、カランが入っていった部屋から声が上がる。ブンザバンザが何事かと思っていると、部屋の入り口から奇妙な表情のカランがゆっくり顔を出した。
「なにかあったか?俺も支度手伝うか」
「ああいや、それは大丈夫だ。大丈夫なんだが・・・・その・・・」
「?」
「ブンザバンザは、その、豚の肉は大丈夫か?」
「大丈夫とは?」
「いや、食べるのに忌避感というか・・・」
「普通に食べるが」
「そうか・・・うん、分かった。こっちは大丈夫だから、座っててくれ。ああ、あとこれをタロに」
何やら気まずそうにしていたカランだったが、一人何かに納得すると手に持っていた物を差し出してきた。見れば里に来る途中、ブンザバンザが収穫し損ねた赤い果実だった。
「おっ!あの美味いやつ」
「先程森でなっていたのと同じ種類の実だ。私達は『蜜玉』と呼んでる。甘いからな」
馬は喜ぶだろう、とタロの分をくれるカラン。家に備蓄してあったものだろう。言われた通り部屋に向かうと椅子が二つに小さな食卓が中央に置かれ、卓上には堅そうなパンがいくつか入った籠が乗っていた。
森で蜜玉とやらを齧ってから何も食べていないからか、ぐうと腹の虫が鳴る。
「どれ。タロー、いるかー」
部屋の窓に向かって声をかけると、思った通り日除けを押しのけてタロがにょっきり顔を出した。
カランの家は庭付きで、「タロなら荒らしたりしないだろう」と敷地内に入れるのを許してくれたのだ。
タロに手に持った果実を見せると、すぐに自分の分だと知って早くよこせと首を上下させる。
「お前の口に合うだろうってよ、ほら」
顔の前に突き出してやると、タロはじゃこじゃこと小気味よい音を立てながら蜜玉を齧り、あっという間に平らげてしまった。目つきを見るにお気に召したらしい。それからすぐに、用は済んだとばかりに首を引っ込め離れていった。タロの唾液がくっついた手を見て、ブンザバンザは顔を顰める。
「また手ぇ洗わなきゃなあ・・・」
「お待たせした。出来たぞ」
「おっ」
「パンの籠をよけてくれ」
しばらく食卓で待機していると、エプロンを着けたカランが湯気の立ち上る鍋を持って歩いてきた。食欲を刺激する匂いが漂う。籠をよけた食卓の中央に小さな鍋敷きを置き、カランの手料理がお披露目された。
肉料理だ。脂身の多いぶつ切りの肉と黄色っぽい芋を鍋にたっぷり、見覚えのない香草と一緒に煮込んだもの。なにやら血のように濃い赤色の、どろっとした汁に浸かっている。良い匂いは血のものではないので、何か別の食材の色なのだろう。
カランが鍋から皿に料理をよそい、ブンザバンザの目の前に置いた。
「おお、美味そうだ」
「自信作だ。口に合うといいんだが」
「悪いな、よく考えたら体調も万全じゃないだろうに」
「調子はほとんど戻ってるから気にしないでくれ。あとは酒だな」
「ああ、さっきの樽、一つ持ってきておいたぞ。大丈夫だったか?」
「あはは、助かるよ。じゃあジョッキを・・・」
開けた酒樽がら杓子で酒を掬い、木製のジョッキにざぷりと入れる。手渡されたものを見ると薄黄色で、少しとろみがある酒だ。
「じゃあブンザバンザ、乾杯だ」
「おう。あんたが無事に帰れたことに、でいいかな」
「私は恩人の偉大な善意に。乾杯!」
ジョッキを軽くぶつけ合い、ブンザバンザは思い切って半分ほどを一息に飲む。
すぐに想像していなかった味に驚きの声を上げた。
「甘い!?」
「どうだ、美味いか?」
「あ、ああ、美味い。けどまさか酒が甘いとは・・・」
「んん?どんな味を想像していたんだ?」
「俺の故郷で作る酒は苦くて当たり前なんだよ。麦で作ってるらしいんだがな」
ブンザバンザは飲むばかりで製法などさっぱり分からないが、故郷の酒は麦に木の汁、それに酵母とか言う謎の材料を混ぜて寝かせた結果出来ると聞いたことがある。冷やして飲むのが美味いので、酒場の地下の石蔵でまとめて保管して、飲みたい者が集まったら樽を引っ張り出してきて冷たいうちに飲むのである。
「もしかして麦酒のことかな。黄色かったり黒みがかってたり、注いだ時に少し泡立つ」
「泡!多分それだ」
「私も一回だけ飲んだことがあるよ。あれは私は苦手だったなあ、ちょっと苦すぎた」
「あの苦味が良いんだがなあ。こっちじゃ一般的じゃないのか」
「好きな人は好きなんだろうけどね、ここではあまり作れないんだよ。麦の栽培自体はしてるんだが、もともとの土壌の水はけが麦と合わないと聞いたな」
ブンザバンザの故郷は水はけが良く畑も広大で、収穫時期になれば麦で山が出来るほどの量が集まったものだがこちらは違うらしい。
カランは籠に入ったパンを手に取る。
「このパンも里で作ったものだが、麦は基本的にパン専用だ。余るほど麦があれば酒造りも盛んになるかも知れないが、今ある麦畑は栽培に適する土を用意するのにそれはそれは手間がかかったらしくてな。畑自体を増やそうとするとまた相当の時間と労力が必要になる」
「酒のためだけに畑を用意するまではいかないと」
「そう。酒は嗜好品だが、パンなら殆どの者が食べられるからな、パンを優先した方が有益だ。それに酒ならこっちもあるしな」
カランは片手に持ったままだったジョッキを見、口をつけてぐいと傾ける。飲み干し、ぷふぅと息を吐いた。ブンザバンザもつられるように手元のジョッキを空けた。
「ふうっ。故郷を出て初めて飲んだ酒が甘いとはなあ・・・こりゃいい思い出になるかもな」
「気に入ってくれたかな?」
「驚いたがこの酒もすごく美味いよ。これ何で出来てるんだ?」
「さっき渡した蜜玉だよ、あれに蜂蜜とかを混ぜて作るんだ。私も詳しくはないんだがね」
「はー・・・面白いこと考えるもんだ。おかわりいいか」
「もちろん。料理も冷めないうちに食べよう」




