里長宅
「それで、これから里長に会うって?」
「そうだ。無事に戻った旨の報告と、ブンザバンザ、あなたの紹介をしておく」
おそらく里の大通りと思われる緩やかな坂道を、ブンザバンザはタロを隣にして歩いていた。少し前を行くカランはゆっくり、時折こちらを振り返りながら進んでいる。
「あんたが帰ったのを伝えるのは分かるんだけどな、俺達の紹介ってのは必要なのか?」
「普通はまあ、里長に直接会うこともないのかも知れない。しかし、賊の一味に豚の顔をした男がいたという話をしただろう?あれは里の中では結構広まっている話なんだ。そんな話の出たすぐ後にそっくりの特徴をした旅人の来訪。変な勘繰りをされる前に身分をはっきり示しておきたいじゃないか」
「・・・なるほど」
そんな会話をしながら、ブンザバンザは周囲に視線を流す。
大小様々な粘土壁の家屋の前に、簡素な屋台が並んでいる。何かの肉、見覚えのない野菜、里に来るまでに見た赤い果実を置いている屋台もある。それらの周りには入り口で見た様々な種族の住人が立ち、物珍しそうにこちらを見つめていた。
あちこちから向けられる視線に少し落ち着かないブンザバンザだが、数多の視線の中にごく少数ながら、刺々しい気配が混じっているように感じた。これが気のせいでないのなら、カランの言う通り里の代表たる里長に身の上を説明する意義もあるのかも知れない。
「ほら、あそこが里長の家だよ」
やがて前方を歩くカランが呼びかけ、道の先、他の家屋よりひときわ大きな二階建ての建物を指差した。丘の一番上、里の中心と思われる立地はいかにも里長の家といった風情だ。
石造りの塀の向こうは庭のようなので、ブンザバンザは敷地の外で待つようにタロに言いつける。蹄で庭を荒らしてしまっては失礼だろう。カランは一足先に外門を潜り抜け、里長宅の戸を叩いていた。
「長!エバさん!いらっしゃいますか!」
そう言って少し待っていると、中から人の動く気配がする。やがてぱたぱたと足音がし、円形の木戸がゆっくりと開いた。
「カラン!」
「エバさん」
中から人が出てきた。精霊人の女性で、見た目年齢はカランより上、豚人女性基準で言うところの三十代前半といったところ。カランよりも頭一つ分背が低く、カランよりも耳が長く尖っている。女性はカランの姿を認めると、親しそうに抱擁した。
「ああカラン、戻ってこれたのね!囮になったって聞いた時はどうしようかと・・・!」
「心配かけてすみません、エバさん。無事に戻った報告に来ました」
「そうなのね!・・・えっと、そちらの方は・・・?」
「彼はブンザバンザ、彼が助けてくれたんです。ブンザバンザ、こちらは里長の奥様のエバさんだ」
「あっと、ブンザバンザ、です。初めまして」
「エバです。見慣れない感じのお顔つきねえ、遠くから来られたの?」
「そうですね、少し遠くから来ました」
「そうなのねえ・・・。あっ、報告だったわよね!上がってちょうだい!ブンザバンザさんも!」
そう言ってにこりと微笑むと、エバはぱたぱたと家の中に駆けていった。カランはその後を追って歩きだし、ブンザバンザもそれに続く。
家の外壁は粘土製だったが、中は殆ど木製のようだ。綺麗に掃除された板張りの廊下を進んでいくと、最奥の扉を開けてエバが中の人物と話しているところだった。振り返ったエバの手招きに応え、カランはその扉を横からゆっくりと開ける。
書斎らしき部屋で出迎えたのは長身の男性だった。
褐色の顔には深い皴がいくつも刻まれており、これまで会ってきた精霊人の中でも特に見た目年齢が高そうだ。掻きあげられた長髪と臍の辺りまで真っ直ぐ垂れた顎髭は真っ白で、物語の魔法使いを彷彿とさせる。
草で染めたのであろう深緑のローブに身を包んでいるので輪郭は分かりづらいが、手や少しだけ覗く足を見るに相当線の細い体型だと思われる。しかし椅子から立ち上がる動作に肉体の衰えは感じず、真っ直ぐ立って力強い目つきでこちらを見つめる様は一種の貫録を感じさせた。
「長」
「カラン、今エバから聞いたところだ。良く戻ってきたな」
「ご心配をおかけしました」
「捜索隊には会ったのか?」
「はい、しばらくすれば戻ってくる筈です」
二人が会話する後ろでブンザバンザが挨拶する機を窺っていると、視線を動かした男性と目が合った。男性は少しだけ目を見開き、珍しいものを見た、といった感じの表情になる。ブンザバンザはどう切り出すか思いつかず、取り敢えず軽い会釈をした。
「カラン、そちらの方の紹介を頼めるか」
「あ、はい!こちらはブンザバンザ。危ないところを助けていただいた恩人です。ブンザバンザ、こちらはこの里の長、ダルケイン様だ」
「ダルケインだ。この度は里の者が世話になったようだ。感謝する」
「ブンザバンザです。旅の途中に偶然会っただけで、大したことはしていませんが・・・」
「はっは、命を助けるのは大したことだろう。・・・豚人の先祖返りか。どうも最近縁があるな」
先祖返り。森の中でカラン捜索隊に言われたのと合わせて二回目だ。当のブンザバンザには何のことかさっぱり分からない。
「あー、その先祖返り、っていうのは何なんです?」
「知らないのかね?君のような容姿の豚人のことを言うのだが・・・旅人だったか、文化の違いかな」
ダルケインはそう言って面白そうに微笑む。ブンザバンザも見たことのない異文化を求めて旅に出た口なので未知の物事が楽しいという気持ちは理解できるが、自分が観察対象になるのはどうにもむずむずする。
「森を騒がせる賊とは違って、君とは楽しい話ができそうだな。是非とも外の話を聞かせてもらいたいが・・・今日は疲れただろう?それにもう日も落ちる。また機会を改めようかな。この里にはどれくらい滞在する予定かね?」
「大した急ぎもない旅ですんで、許していただけるなら暫くいたいと思っています」
「おお、そうかそうか。客人は大歓迎だ、好きなだけいると良い」
「どうも。それで、寝泊まりする場所が欲しいんですが、宿はあります?」
「あいにく、この里には宿がないのだ。なにしろ来客自体が殆どないのでな。基本的に客人には我が家の空き部屋を貸しているが、それでも――――」
「それなのですが、長」
ここで、二人の会話を黙って聞いていたカランが声を上げた。
「どうした、カラン」
「彼のことですが、私の家に泊めさせていただけないでしょうか」
「え?」
「お前の家にか?」
「はい」
「お、おいおい・・・」
突然の提案にブンザバンザは困惑する。女性が知り合ったばかりの男を家に上げても良いものだろうか。ここでの勝手は分からないが、少なくとも彼の故郷ではそれは少々不用心な行動のはずだ。
話の流れからして、そのままいけばこの里長宅に泊めてもらえる風であった。わざわざ自分の家に泊めさせようと言い出す理由が分からない。
「別にあんたのとこに泊めてもらわなくても・・・」
「何を言う、ブンザバンザ。私はこの里に着くまであなたの世話になりっぱなしだ。恩を返したい。滞在中だけでもあなたの力にならせてくれ。絶対に不自由はさせない」
「だからって、若い女の家に泊まるってのは・・・」
「大丈夫だ。短い付き合いだがあなたのことは信用している」
「いや、そりゃありがたいが・・・・うううん・・・・」
「頼む!私の誇りの問題なんだ!」
ブンザバンザにかなりの恩義を感じているらしいカランは、ついには彼の両手をがっしり握って頼み込んできた。
「大丈夫なのか、カラン。お前自身の体調など、私は聞いていないのだが」
「ご心配には及びません長!そもそも私がこうして無事なのもブンザバンザのおかげなのです。なんとしても恩返しをしたいのです!」
「ふむ・・・まあ、今のカランが言うのなら任せても構わんか。ブンザバンザ殿、どうかね?」
返答に困るブンザバンザだが、目の前で自分の手を握り込んでいるカランは意見を曲げそうにない。目には恩義の炎が爛々と揺れている。
「ああ・・・・じゃあ、まあ、それで・・・」
「そうか。ではカラン、お前も詳しい報告は明日で良いから、今日は帰って休みなさい。客人に失礼の無いようにな」
「ありがとうございます。お任せください!」
こうして、ブンザバンザの宿泊先が決定した。




